『ウンディーネさんと湖の調査 ②』
まさかここがエリミア湖だったとは……。
池と化した湖を見て、わたしは驚きを隠せずにいました。
信じられませんが、事実なんでしょうね。
地図がそれを証明しています。
さらにシリフィさんから預かった鍵が決定的でした。
ログハウスのドアが開いてしまったので……。
あのお家は紛れもなく、エリミア様のお屋敷のようです。
でもまあ、この状況なら水不足にもなりますよね。
水位など図るまでもありませんから。
一応湖の周りを一周してみましたが、水たまりがあるのは中心部のみのようです。
それと湖の右端に溝のようのものがありました。
恐らくこの溝が、川に続いているのだと思われます。
中心部にあるお水は、その溝にギリギリ届く感じです。
このままでは、町に流れている川が、もっと細くなることでしょう。
うーん、これは困りましたね。
報告とかしている場合では無いように思えます。
ならばやるべきことは、ひとつだけ。
わたしは湖に向かって両手を伸ばしました。
「ウォーターボール!」
名前の通り、何の変哲もない、ただのお水の球体です。
ただし、その大きさは昨日生成した『デュアル・アクアシールド』の3倍ほど。
なので直径が300メートルはあるかと思います。
それでも、湖を満たすほどではありません。
「全然足りませんね。ではもう一度」
同じ作業を何度か繰り返し、ようやく湖のお水が一杯になりました。
なんとも言えない充実感。
そしてわたしは思います。
エリミア様も同じことをしていたのではないかと……。
この湖はお水が溜まりにくい環境なんでしょうね。
初めから、ただの池だったかもしれません。
誰にも知られていないと言うのが、その証拠。
そんな無名の湖をここまで大きくしたのは、他ならぬエリミア様のお水の魔法があったからこそ。
湖の管理をしていたのも、水不足に対応するためだったと考えられます。
なぜそうしたのかは、わかりません。
ただ……フレイムドラゴンさんの襲撃だけでなく、色んな意味でイールフォリオの町を守っていたと思います。
エリミア様は本当の意味で、真の水の守護神だったのです。
……などと湖に向かって祈るように両手の指を組んでみましたが、全てわたしの推測にすぎません。
そうだったら素敵だなあ、と勝手に思っているだけです。
それはさておき。
立て続けに魔法を使ったからか、少しだけお腹が空きました。
そこでバッグから、リンゴをひとつ取り出します。
このリンゴは王都の食材屋さんで購入したもの。
もちろん、ゲーム内のものです。
果たしてその味は?
もぐもぐもぐ……。
歯ごたえはリンゴそのものですね。
でも、味が全くしません。
神様……現実世界での再現は不可能でしたよ。
残念です。
そう言えば、聖なる森にはブドウとかオレンジの木がありましたよね~。
わたしの人生において、味がしないものなど、ドロドロのお粥だけで十分です。
なので果物を探しに行くことにしました。
来た道を戻ること数分。
森の奥にオレンジの木を見つけます。
「これはこれは、美味しそうではありませんか♪」
ワクワクしながら、オレンジの木に近づきました。
ところが、どこか様子がおかしいのです。
「あれ? あの枝……上下に動いていませんか??」
それもかなり激しく。
その枝には一際大きなオレンジの実がついていました。
むしろこのオレンジに問題があるのかもしれません。
と言うのも、黒い縞模様をしているからです。
そもそもオレンジに希少種なんてありましたっけ?
少なくともゲーム内では見たことがありません。
しばらく眺めていると、枝の動きがピタリと止まりました。
真相を知るため、わたしはオレンジを下から見上げます。
「こ……これは! キラービーさんではありませんかっ!!」
キラービーさんは、森に生息する巨大なハチさんです。
ヴァイパーさんと同じく、毒を持つモンスターさん。
オレンジだと思っていたのは、キラービーさんのお腹だったんですね。
頭部が葉っぱで隠れていて、気づきませんでした。
いやはや、お恥ずかしい限りです。
さらに良く見てみたところ、キラービーさんは枝に挟まっていることがわかります。
無理に動いたせいで、体中傷だらけ。
これは放っておくと大変なことになりますね。
そこでわたしはオレンジの木から数歩後ろに下がります。
そしてキラービーさんが挟まっている枝に向かって右手を鋭く振り下ろしました。
空手のチョップみたいに。
「ミズイタチ!」
掛け声と共に、指先から刃渡り50センチほどのお水の刃が放たれます。
このミズイタチも、わたしが編み出した、お水の魔法のひとつです。
カマイタチをイメージして作ったので、ミズイタチ。
我ながら安易なネーミングセンスだと思います。
普段は薬草の採取などに使っていますが、その威力は十分。
過去に氷の柱を切断したこともあるほどです。
その威力が示す通り、枝は綺麗に切り落とされました。
一緒にキラービーさんも落ちてきましたが、全く動きません。
かなり弱っているようです。
ならば、お次は……。
「完全回復!」
両手から放たれた白い光が、キラービーさんを包み込みます。
もっと低位の回復魔法でも良いと思うんですけどね。
治療するなら完全に治したいのです。
それが神官さんのお仕事。
少なくとも、わたしはそう思っています。
やがて白い光は粒子となって消え、キラービーさんの羽が動き始めました。
元気になったみたいですね。
良かった、良かった。
では……逃げるとしますか。
プレイヤーさんを見たら襲ってくる。
モンスターさんとは、そう言う生き物です。
わたしはキラービーさんを見据えながら、後ずさりします。
ところがキラービーさんは、わたしではなく、オレンジの木に向かいました。
そして、オレンジの実をひとつ取ると、こちらに戻ってきたのです。
そのオレンジは、わたしの足元に置かれます。
「え? もしかして……治療のお礼ですか??」
信じられませんが、そうみたいです。
驚くわたしを他所に、キラービーさんは再びオレンジの木の止まります。
そこで新たなオレンジの実を手にすると、森の奥に飛んでいってしまいました。
こんなことって、あるんですね……。
このあと、キラービーさんからもらったオレンジを食べてみました。
甘酸っぱくて、とっても美味しかったです♪
魔力だけでなく、心も満たされました。