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大人になった君たちへ

作者: 佐倉硯

成人の日でしたね(過去形)

私は自分がいつ大人になったか定かではない。


一般的には二十歳になれば大人であるという認識だが、じゃあ二十歳の誕生日を迎えた瞬間に、成人式に何が起こったかと言えば「あー、大人と言われる年になったんだなぁ」というぼんやりとした客観的なものだった。


あと、十八禁もここまで年取れば後ろめたさなく観れるとも。


年齢を問われる時「はい」を選択できる嬉しさと言ったら。


多分、大人になってよかったと思った一つである。



二十歳位の頃はいつだって無敵だった。


きっと自分は特別であり、素敵な人生を今後も歩んでいくであろうと漠然と信じていた。


素敵な人――できればイケメンで金持ちと結婚生活を送り、自分は仕事に趣味に好きな事をして過ごし、いつかは大切な人との間に愛の結晶である子供が生まれる。


かたや、結婚せずとも自分の趣味が仕事になり、恋愛はそこそこ楽しみながらバリバリ稼いで一人で悠々自適な生活を送ることもできただろう。



あの頃、漠然と自信に満ち溢れていたと同時に不安だった。


誰かを思いやる事なんてわからなくて、自分が一番正しいと信じていた。


誰かを傷つけても、自分の方がもっと傷ついたと悲観して同情を買うのに必死だった。


一人が怖くてずっと依存する相手を探していた。


独りよがりの恋をした。


相手がどう思っているかなんて想像もしなかった。


生きることが辛いと嘆くことだってあった。


それでも寄り添ってくれている人がいたのに、見えないふりをした。


傲慢で、我儘で、自分が正しくて、誰かが間違っていて、世界が間違っていると思っていたのだ。


あれはたぶん、大人になったつもりの子供の私。



そして、現実はありきたりな人生。


結婚は晩婚だったし、相手はイケメンとは程遠い真ん丸体系の頑固者。


仕事と結婚生活を両立できる器用さが私にはなく、精神的に参ってしまうとも思っていなかった。


子供も授かるまでも自分が勝手に責任感と重圧を負い、授かってから出産するまでも大変であれば、子育ても聞くに勝るものだった。


趣味は何となく続けている程度で稼ぎなんてないし、期待に応えられるような事は何もしていない。


特別でもなんでもない、普通の家庭におさまったことに、色んな意味で「こんなはずじゃなかった」とたまに思うこともある。




でも、幸せなのだ。



毎日のニュースでコロナの感染者数に不安になりながら、今日も無事に乗り越えられたとマスクの在庫を確認し。


ユーチューバーがテレビで活躍する時代になったのかと感心し。


子供がフローリングに落書きしたのを、しこたま叱りながらもちゃっかりスマホで撮影し。


スーパーで暴れる子供をカートに乗せ、半額シールが貼ってある商品をゲットして浮かれ。


匂いや汚れが落ちてないなと、洗濯の下手さに嘆きながら洗濯物を干し、パパのパンツデカい……と思ったら私のパンツもデカいって冷静になって。


ドルチェ&ガッバーナの香水も自分のせいばかりにされて大変だなと思い。


時々、無性に食べたくなるコンビニのオニギリを食べて、海苔がパリパリでうめぇと貪り。


新人の俳優さんの名前が思い出せず。


メルカリで何か面白いもの売ってないかなと眺めながら煎餅をかじり。


脱衣所の鏡で自分の裸体を見て、贅肉やべぇと毎日見ているはずなのにご飯をお替りし。


スプラトゥーンをしながら叫び。


曲名なのかグループ名なのか区別がつかず、最新曲も追いかけなくなってしまって。


在宅ワークになった旦那のところに、おかずが美味しくできたと突入し。


鬼滅の刃は一応漫画に目を通したけれど、昔ほど熱烈にオタク魂が揺さぶられることもなくなってしまったなと落胆し。


子供と雪遊びしてはしゃぎすぎて腰をやらかして。


イケメンじゃない旦那は朗らかで、いつだって私を世界で一番大切にしてくれているし。


子供はヤンチャ盛りでイヤイヤ期もあるけれど、可愛いしいつだって私を必要としてくれる。



私は、幸せになった。



私は特別じゃなかった。


世界にとっては一般人だった。


世界が滅亡する映画に出たら、真っ先にフェードアウトするタイプだ。


死んだら転生もしないだろう。


悪役令嬢を演じる自信はあるが、旦那と子供がいない世界に生まれ変わりたくはない。


そもそも前世の記憶を覚えている自信がない。



それでも私はとても楽しい。



このありきたりで普通の人生が、とても楽しいと思えて私は大人になったのかもしれない。


大人になる物差しは人それぞれで。


私の場合は、ということだったけれど。



今の若い子は…と言い嘆くような大人にはなりたくないと、それだけは思っている。


今の若い子はあの頃の私達だったから。


流行を追えなくなっても、若い子が意味の分からない造語を使い始めても、新しい文化を生み出すのはいつだって君たちだ。


大人になりたくなかったと言われてたくはない。




きっと「誰か」の特別である君たちへ。



大人になった君たちへ。



半額シールの貼られた商品が手に入る幸福を。


洗濯物からいい匂いがする幸福を。


コンビニの新商品のオニギリが美味しい幸福を。


メルカリで何か面白いものがゲットできる幸福を。


ごはんが美味しく食べられる幸福を。


ゲームで勝利できる幸福を。


最新曲が好きになれる幸福を。


おかずが美味しくできた幸福を。


熱烈にオタク魂が揺さぶられる幸福を。


誰かと幸せになれる幸福を。


幸せを幸せと思える幸福を。



自分が自分で特別だと思える幸福を。




――少しだけおすそ分けさせてください。



大人になってくれて、ありがとう。



ここまで健やかに育ってくれてありがとう。



きっと明日も、頑張ろう。

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