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白雷のルシウス  作者: がおがお
真祖討伐編
39/72

満月

 古城の跡地、黒こげになり確かに死んでいたヴァレリアの炭が剥がれていく。それが全身に広がっていい、ゆっくりと元の姿へと再生した。


「ローエン様!? ご無事でしたか!」


 駆け寄る配下を一瞥したヴァレリアは、暴食の魔法で配下を喰らう。


「ヴァレリア様!? なぜ……? うがぁああ!」


「人間……絶対に殺してやるぞ……」


 ヴァレリアは奇跡的に再生していた。本来ならば、あれほどの魔力が凝縮された魔法を受けて再生することは難しかっただろう。


 しかし、ルシウスは魔力反応でヴァレリアの死を確認し、完全に滅することをしなかった。

 そして今宵は満月。吸血鬼、特に真祖は月の影響を大きく受ける。それが満月となれば尚更だ。

 完全に滅されることなく、放置されたヴァレリアは、満月の月光を浴びることで奇跡的に生き延びたのだ。


 その内に広がるのは、己を死の淵へ追いやった人間への憎悪。数十年は命の危機など感じなかった真祖である自分を、一撃で死へと追いやったあの魔法。


 尋常ではない破壊力を持つのは既に体験したところだ。しかし、あれは油断もあったとヴァレリアは考えている。自身への絶対的な自信が、敵が自身の攻撃をかいくぐるとは露程も考えていなかった。


 脆弱な人間相手であれば、それも仕方のない考えだっただろう。しかし、その油断が、まともにあれを喰らう隙を作った。


 真祖の瞳からは油断は完全に消えていた。その瞳はただ一人の人間への憎悪で満たされていた。



「お、起きたようだぜ」


「ん……ここは?」


「よく寝ていたな。ここはギルドの酒場だ」


 イザベラ、ダーウィン、ヴァネッサがエールの入った杯を傾けて、喉へと流し込んでいく。


「傷はないようでしたから、そのまま寝かしていたのですわ」


「……あぁ、そうか。魔力を使い果たして……ありがとう。助かりました」


「ははは! そりゃこっちの台詞だぜ!」


「そうですわ。もう死ぬしかないと諦めてましたもの」


「よく言う。最後まで逃げようとしていただろう」


「そういうことじゃないですわ。逃げても逃げられる相手じゃありませんでしたもの」


「違いねぇ。ホントよく生きてるもんだぜ」


 あの死地にいた三人が、地獄を思い返すように語る。しかし、そこには黒剣ヴィヴィスの姿はなかった。


「あれ? もう一人いませんでした?」


「あぁヴィヴィスな。S級なのに一人だけ魔力にあてられて何もできなかったことが許せなかったんだろうぜ」


「戻ってきたら一人でどこかへ行ってしまいましたわ」


「そうですか……」


「まぁあんたも飲めよ。弱った体には酒だ」


「何を言ってるんですの? 子供にお酒なんて勧めないでくださいな」


 イザベラが自身の持つ杯をルシウスに勧め、ヴァネッサがそれを止める。どう見ても十歳かそこらのルシウスが酒を飲める年齢には見えない。

 人でなければそれも分からないが、自分たちを助けた時点で、少なくとも魔物ではない。


「ははは。酒はまだやめておくよ。背が伸びなくなると嫌だし」


「そうか? まぁあんたが言うならいいけどよ。」


「それにしても、イザベラが随分丸くなったな?」


「あぁ? あたしが認めてんのはこの人だけだ。テメェらを認めたわけじゃねぇ。勘違いするなよ」


「まぁまぁいいじゃありませんの。今はあの死地から生還した祝いの席ですわよ」


「悪いな。珍しかったもんで」


「ちっ。分かってるさ。それで? あんたは何もいらないのか? 奢るぜ」


「今日はイザベラの奢りですの!?」


「死ね! テメェらは自分で払え!」


「ははは! あんたら面白いな」


 ルシウスは初めてまともに話を交わす冒険者達の、自由さに小さな憧れを抱いた。仲が良いわけではないようだが、それなのに随分と楽しそうに酒を飲んでいる。

 全員経験豊富な冒険者なのだろう。小さな傷は無数に体に刻まれているが、それ以上に冒険者の生き方というものを感じていた。


「それで、あんた名前はなんていうんだ?」


「ルシウスです」


「ルシウス……聞いたことがないな」


「ギルドには入ってないんですの?」


「入ってませんよ。王国の白雷隊ってとこに入ってるんですよ」


「白雷隊!? あの対深淵のために新設されたっていうあれか!?」


「なるほど。これ程の手練れがいる組織だったか」


「対深淵なんてあれを見たら絶対無理だと思いましたけど、実際に倒しましたもの。空いた口が塞がりませんでしたわ」


 白雷隊の名前自体は、隠されずに公表されている。故に知っているものは多い。三人も例外ではなかったが、やはり隊員のことまでは知らなかったようだ。


「つーか、ルシウスみたいなのが、いっぱいいるのかよ?」


「それなんて深淵(アビス)ですの?」


「あの深淵(アビス)を殺せる人間が何人もいるってのはさすがに想像が難しいな……」


「あ、いや、俺が隊長してるんですけど、今のところはまだ俺だけだと思いますよ。他の隊員は五人いるけど、多分三人と同じくらいじゃないかな。」


「マジかよ。つまり最低でもS級五人の隊員がいるってことだろ?」


「ヤバい組織ですわね」


 思い上がっていた三人が、深淵(アビス)を討伐するために過剰とすら思って集めたのが、S級五人だ。結果深淵(アビス)には全く届かなかったが、それでもかなりの戦力だということに代わりはない。自分たちが宮廷魔術師を越えている実力だというのは認識しているのだ。


 加えて言えば、この三人はS級の中でも化け物に分類されていた。今の白雷隊の隊員たちと同程度の魔力ということは、以前のルシウスの母、リエルの優に二、三倍はある。

 本来ならば国が是が非でも取り込みたい戦力だった。しかし彼らは冒険者。そして無理を通す力があった故にそれは叶わなかったのだが。


「しかもそのトップがこれか」


「これって……」


「おいダーウィン! ルシウスに失礼だろうが! ていうかルシウスも冒険者に敬語なんて使わなくていいぜ!」


「あなたホント変わりすぎですわよ?」


「うるせぇ! あたしより強い男なんてルシウスが初めてなんだよ!」


「……もしかして、あなたこんな子供を狙ってますの?」


「だ、黙れよ! よ、よし。ちょっと向こうで話そうか。なっ? それがいい。酔ってるんだろう」


「ちょ! ちょっと! 引っ張らないでくださいまし!」


 ヴァネッサがイザベラにドナドナされていく。それを見て二人は笑みを浮かべていた。


「本当に楽しい人たちですね」


「さっきイザベラも言っていたが、俺たちに敬語なんて使う必要はないぞ。それに俺より遙かに強い相手に敬語を使われるのも居心地が悪い」


「そうか……ならそうさせてもらおうかな」


 ダーウィンが新しく杯に注がれたエールを、喉を鳴らしながら流し込む。


「うわ。よくそんな一気に飲めるな」


「こんなのは水みたいなもんだ」


 前世で酒に弱く、あまり良い思い出のないルシウスの前には水が置かれている。


「それはそうと、気になっていたことがあるんだが」


「うん?」


「あの真祖、完全に体を破壊しなくてよかったのか?」


「え? 魔力反応はなかったし、死んでたはずだけど」


「そうか……ならまぁ大丈夫、なのかな」


「なんだよ? 気になるじゃないか」


 もしあれが生きているとなれば一大事である。これまで人間社会で遊んでいたのとは違う、明確にルシウスを殺しにくるであろう。そして、王都にいるルシウスが狙われれば、その被害は想像するのも恐ろしい程である。


「いや、今日は満月だな、とね。吸血鬼の力が、特に活性化する夜だ。死んでいたのなら問題ないとは思うが、どうにも気になってな。いや、忘れてくれ」


 ルシウスの頭の中を満月(・・)という言葉がループする。そして嫌な予感が脳内を駆け巡る。


「……悪い。ちょっと出てくる」


「手伝おうか?」


「いや、いいよ」


「そうか。気をつけろよ」


 扉がギィィと音を立てる。出て行くルシウスの背からは、魔力が漏れ出していた。


「頼んだぞ……白雷の魔術師」


 ダーウィンの呟きが、酒場の喧騒に消えていった。

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