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白雷のルシウス  作者: がおがお
真祖討伐編
34/72

五人のS級

「来たか、イザベラ」


 鎖帷子(くさりかたびら)を身につけ、頬に傷のある男が背を向けたまま、酒場に入ってきた男に声をかける。


「あたしを呼びつけるなんて、いつからそんなに偉くなったんだ? ダーウィン」


 イザベラと呼ばれた女は、灼熱を連想させる隻眼ををしていた。閉じた眼は眼帯で塞がれているが、隠しきれない傷が縦に走っている。

 足首まで隠すような黒の外套から、魔術師とも思えるが、前面は動きやすいように大きく開けている。そしてその腰には、一対の短剣が下げられていた。


「そう言うな。いい話を持ってきたんだ」


「一応聞いてやるから早く言え」


「まぁ待て。もう少しで来るはずだ」


「あたしの他にも呼んでるのか。ちっ……めんどくせぇな」


 イザベラはダーウィンの正面に腰を下ろした。面倒とは言いつつも、いい話(・・・)とやらに興味はあるらしい。


「それにしてもなんで王国なんだよ? ここまで来るだけでもどんだけかかると思ってんだ」


「イザベラ、お前が馬車でノロノロと移動するわけもない。そうはかかってないだろう」


「そういう問題じゃねぇんだよ。まぁいい。つまらん話だったら殺すぞ」


「心配するな。お前はきっと喜ぶさ」


「ならいいがな」


 その時、再び酒場の扉がギィィと軋む音を立てた。


「来たようだ」


「……ネイガウスだと? テメェ、S級を三人も集めて王国に戦争でも仕掛ける気か?」


 背に巨大な大剣を背負い、酒場の扉を潜るようにして入ってきた男はネイガウス。肌が露出している腕には無数の傷跡が刻まれている。しかしその双眸には常に薄い笑みを浮かべており、その人物像を伺い知ることができない。


「うん? なんだイザベラもいるのか」


「何しに来やがった。優男」


「それは褒めてくれてるのかな?」


「どうやら殺されたいらしいな」


 酒場の空気が一変する。ピシリと大気が鳴る幻聴さえ聞こえるようだ。せめてもの救いは今ここには酒場のマスターしかおらず、客は三人だけということか。


「待て待て。お前ら俺の話を聞きにきたんだろうが。こんなとこでやり合おうとするな」


「ちっ……それで? 揃ったんだ。早く本題を言え」


「……漆黒の森を攻略する」


 その瞬間、酒場の空気が緊張に包まれた。


「お前、何を言ってるかわかってるのか?」


「もちろん分かっているとも」


「……それでこの三人か」


 ネイガウスは薄い笑みを浮かべたまま、反応を示さない。しかしその口には隠しきれない獰猛な表情が現れていた。


「三人じゃない。ここには来ていないが、他にあと二人声をかけてる」


「全員S級か?」


「そうだ」


「……ハハハ! 面白いじゃねぇか!」


 イザベラはその凶暴な瞳を見開いて、この先の死闘を想像する。戦いこそ己の本分だと信じる彼女は、それに興奮を抑えることが難しかったようだ。


「僕は構わないよ」


「何が僕だよ気持ちわりぃな。ガキかテメェは」


「だからやめろって言ってるだろう。こんなとこで戦力を削ろうとするな」


「わかってるって……それで、いつだ?」


「三日後だ。他の二人にも、もう話はつけてる」


「そうかそうか! よし、わかった。あのくそ吸血鬼の首はあたしが獲る」


「期待してるよ。あの真祖の片割れを落とせるなら、誰がとったって構いはしない」


「じゃああたしは帰るよ」


「ああ。三日後だぞ」


 後ろ手にヒラヒラと手を振りながらイザベラが酒場の扉を出て行く。


「別に飲んでいってもいいんだよね?」


「好きにすればいい。ここは酒場だ」


「君は飲まないのかい?」


「……これから同じ戦場で命を賭ける同行者だ。仲間とはいわないが、まぁ酒くらいは付き合うさ」


「そうか。それは良かった」



「濃い面子をよくここまで揃えたもんだなぁ? ダーウィン」


「あの真祖攻略なんだ。備えてもやり過ぎってことはないだろう」


「黒剣に氷牙、音に聞こえるS級様とはねぇ」


「そういうあなたたちは狂犬に戦鬼ですか」


 黒剣と呼ばれたヴィヴィスが答える。男ながら、肩まで伸びた髪は後ろから見れば女性にも見えない中性的な容姿をしている。その腰には柄の黒い剣が存在を強調するかのように下げられている。


「その名であたしを呼ぶな。殺すぞ」


「それでは灼眼とでも呼べばいいのかしら?」


 氷牙のヴァネッサが髪を耳にかけながら問いかける。彼女の属性を象徴するような鮮やかな碧の髪が風に揺れる。体の線を強調する体に張り付くような白の服を纏い、その胸部は大きく強調されていた。

 腰には氷の呪印を施した短剣が差さっている。彼女の魔法を更に強化するための魔法具の役割も果たしているのだろう。


「普通に名前でいいだろうが。二つ名で呼ぶんじゃねぇ」


「あなたが先に二つ名で呼んだのでは……」


「もういい。少し黙れ」


 ダーウィンが皆を制止する。


「何をしにきたか分かってるのか。相手を考えろ。ふざけている余裕などない」


「ちっ……」


 イザベラが言葉を飲み込む。狂犬とはいえ、ここの危険性は変わらない。無駄なことをしている余裕がないことは理解していた。


「これは失礼しました。気をつけることにしましょう」


「私もこんなとこで揉める気はありませんわ」


「うんうん。相手は吸血鬼だよ。仲良くいこう」


 ヴァネッサ、ヴィヴィス、ネイガウスも同じ意見のようだ。場を埋め尽くしていた殺気が瞬時に収まった。


「五人のS級が揃った。これで深淵(アビス)の首を獲る。目標は漆黒の森の最奥の古城にいるはずだ」


「これだけの戦力、過剰ではないですか?」


「国が天災だと討伐を匙を投げる程の化け物だ。念をいれておきたい」


「まぁそうですわね」


「それで? どうするんだよ」


 漆黒の森は深い。低層は大した魔物もいないが、中層を越えると別次元のように強力な魔物の住処となっているのだ。

 吸血鬼(ヴルコラク)の配下と言われているが、恐らくその通りなのだろう。この森をどれだけ体力を消費せずに抜けられるかが攻略の鍵になる。


「お、さっそくお出ましだぜ」


 五人に向かって近づく影があった。それは近くまでくると、影から這い出るように吸血鬼が姿を現した。


「おいおいマジかよ。こいつ下級じゃねぇぞ」


「あぁ。最低でも上級だな」


 その吸血鬼は、血の気のない白い顔に黒い髪を携えていた。真祖の髪が白というのは有名な話であり、この吸血鬼が真祖でないことは明白だった。

 そしてその程度の吸血鬼はこの五人の敵ではない。討伐するか、と動きだそうとする直前、吸血鬼が声を発した。


「我が主がお前達を城へ招待すると仰せだ」


「へぇ……どうやらあたしらの事はバレてるみたいだぜ」


「どうしますか? 罠の可能性が高いと思いますが」


「僕はいいと思うよ。それならわざわざ森を抜けなくてもいいんだし」


「私も賛成ですわね。罠など踏み潰せばいいのですわ」


 四人の瞳が、仮初めのリーダーであるダーウィンを捉える。


「ダーウィン、お前が決めろ」


「あぁ……受けよう。無血で森を抜けられるのは大きい。罠の可能性を考慮しても、な」


 罠という言葉に吸血鬼(ヴルコラク)の眼光が鋭くなった。


「主がお前達如きに罠を張る必要などない」


 至高の主が人如きに罠を張る。それがただの警戒の上での想像だったとしても、絶対と崇める主を貶める発言は見逃せなかったが故の発言だ。


「雑魚は黙ってろ」


 しかしその発言はイザベラに一蹴される。それに対して吸血鬼は何をいうでもなく、静かに佇む。その内には怒りが渦巻いていたが、主の命を遂行することを優先したのだ。


「まぁ……招待を受ける、ということでよろしいですね?」


「あぁ。それでいい」


「おい吸血鬼、案内しろ」


 吸血鬼の手が蝙蝠へと変わった。そしてその蝙蝠は空へ飛び立つと弾けるように消えた。

 蝙蝠へと変わった手はいつのまにか元に戻っている。


「なんだそりゃ?」


「合図……か」


 次の瞬間、吸血鬼のすぐ側に次元の裂け目が現れた。それは内に全てを吸い込むかのような様相で、森の中に浮いていた。


「入れ」


 そう一言だけ言うと、吸血鬼は次元の裂け目へと消えていった。


「まさか……転移魔法ですか?」


「……ハハハ! どうするダーウィン! 今なら逃げられるかもしれないぜ?」


「……馬鹿を言うな。ここまで来て引く選択肢なんてあるわけないだろう」


「行きましょうか」


「そうだね。行こう行こう」


「早く終わらせますわよ」


 五人も次元の裂け目へと消えていく。そこがただの罠であればどれだけ良かっただろうか。地獄の刻が動き出す。

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