変なやつは高嶺の花だった
桜並木の通学路。ヒラリと吹く風。同時に捲れる女子のスカート。
そこに目が行ってしまうのは男子高校生の性であろう。
現に榊 祐斗は視線を下に落とした。
(んー…んー?)
スカートは確かに捲れた。
中も見えた。
だが祐斗の感想は興奮ではなかった。
(あれは…えーと相撲取りがつける…まわし…?)
困惑だった。
1-1の教室に入り、席に着いた後も祐斗は先ほどの光景を忘れていなかった。
(え、まわし…?いや新種のTバックとかなのか…?いやそれにしては分厚いし…?)
悶々とする祐斗に男子が近づく。
「おっはー祐。」
茶髪の男子が挨拶するも祐斗は気づかず考えていた。
「あれー?もしもーし?」
茶髪が祐斗の顔前に手を近づけ振る。
「あ、りょん。はよー。」
祐斗は茶髪ことりょんの存在に気づく。
「どしたの?何か悩み事?」
りょんは冗談交じりのトーンを出す。
「…なーりょん。」
祐斗は真面目な顔で問いかける。
「…ん?何?」
りょんも少し不安になる。
「…スカートの中見たいんだけどどうすればいいと思う?」
「お前まじでどうした?」
祐斗は真面目な顔で言い切ってしまうのでりょんも困惑するしかなかった。
「あー、つまりたまたま見えたパンツがまわしか確認したいって事?」
「そうそう。」
「うん。それは気のせいだ。忘れろ。」
「なんでだよ。」
りょんは祐斗から説明を聞くものの意味不明という感想しか出なかった。
「何でも何もねー…うち相撲部無いから最初からまわし付けてたって線もないし、まわしってつけるの案外めんどいらしいから間違えたって線もないし…ありえんわ。」
「だから俺もめっちゃ気になってんだよ。」
祐斗は頭を抱える。
「まーとにかくそんな馬鹿な事を考えるなって。」
りょんが祐斗の肩に手をポンと乗せる。
「…お前本当にそれでいいのか。」
祐斗はりょんの手首をガシッと掴み引きはがす。
「…何だと?」
りょんはその力に驚く。
「常識に囚われて欲望を出さず、そんな人生で良いのかよ。」
祐斗は目力で訴える。
「お前も見たいだろ。俺の気のせいだったとしてもパンツが見れるし、俺が正しくてもまわし穿いた女子高生という面白い絵図が見れるんだぞ。もうそんなチャンスはこねーぞ!お前はそれで本当にいいのか!?」
祐斗の熱さにりょんは押されてしまう。
「祐…。」
「お前、三年前言ってたろ?パンツ見れないぐらいなら死んでやるって。あの気持ちは嘘だったのかよ。」
その言葉を聞き、りょんはハッとする。
「…ふっ。」
りょんは顔つきを変える。
まるで憑き物が落ちたようにスッキリして、かつ戦う準備ができたような顔つき。
つまり覚悟を決めた顔つきに。
「あーそうだったな。やろうぜ。祐!」
「それでこそ、俺の知ってるりょんだ。」
二人はお互いの手をガシッと掴む。
そして二人は教室から出て廊下を歩きだす。
「…なぁ祐。一つだけいいか?」
「…なんだ戦友?」
「俺らって…出会ったの今年だよな?」
「そうだよ。」
場面変わって1-5の教室前廊下。
祐斗とりょんは1-5を覗いていた。
「あーいた。あの娘だ。例のまわし娘。」
祐斗は一人の女子を指さした。
「へー同じ一年だったんか。どれどれ?」
りょんは祐斗の指した方向を見る。
そこにあった光景にりょんは目を奪われる。
(え、美術品?)
まず黒髪のサラサラなロング。
更に透き通るような白い肌。ニキビなどは全く見当たらないあまりにも美しい肌。
スタイルのバランス。スリムさは勿論、手足の長さや体のバランスは黄金比という言葉がふさわしい。
そして顔。唇のつや、柔らかい目つき、目の美しさを際立てるまつ毛、謙虚ながら隠し味のように美しさを立ててる鼻。
りょんは今まで美人というのは人それぞれだと思っていた。
だが、万人が認める美人というのを見た時その見解は崩れた。
「…ふつくしい。」
りょんは息を漏らした。
「で、あいつのスカートの中見てみたいんだけど。」
「お前よくあれ見てそんな平然とそれが言えるな。」
りょんは少し引く。
「いやーまわしとかいうから正直メイプル超合金みたいなの想像してたけど全く違くて焦ったわ。正直乗り気にならんわ。」
「えーなんでだよ。可愛い方がいいだろ。」
「んーそれはそうなんだけど、何だろう?あそこまで行くとお供えものにイタズラするかのような罪悪感が生まれるわ。」
りょんは頭をかく。
「んーまー分かった。」
祐斗が納得する。
「俺だけでやっとくわ。」
祐斗は真顔だった。
「お前なぁ…。」
りょんはため息をついた。
そして放課後。
1-5教室前。
「作戦はこうだ。まずまわし娘がここを通ったら手鏡を落とす。するとスカートの中が写るという寸法だ。」
祐斗は手鏡をすっと取り出す。
「手鏡何て持ってたのか?」
「妹の間違えて持ってきちゃってた。」
「おま、まぁいいか。」
りょんは祐斗のギラギラした目を見てもう何もいうまい、と思った。
ちょっとして1-5から椅子が動いた音が聞こえる。
「HRは終了。…オペレーションスタート。」
祐斗はまわしの娘が来るのを待っていた。
「…来た。」
例の娘が教室から出てくる。
「…てかタイミング良くいくのか?」
りょんがボソッと聞く。
「…ふっ。俺を誰だと思っている。」
祐斗は右腕を上げ手鏡を上に掲げる。
「俺はな…地域開催めんこ大会ジュニア部門優勝者、榊 祐斗様だ!」
祐斗は右手に力を込める。
「な!?何だこのオーラは。」
その気合はりょんにも伝わってくる。
「まさか…あれを使うときが来るとはな。」
祐斗は腕を下ろす。
「必殺!『彗星弾』!!」
そして祐斗は必殺『彗星弾』を使用した。
『彗星弾』とは。めんこが一気に三枚裏返る祐斗の必殺技である。
そして投げた瞬間、祐斗は不思議な感覚に陥った。
タイミング、角度、スピード。
何もかも今までで一番うまくいったのだ。
(そうか…老師が言ってた力を入れず、力を入れろというのはこういう事だったのか…。)
手鏡はまるで流れ星の様に早く、娘の前に落ちていく。
(ありがとう。老師。できたよ…『超・彗星弾』。)
祐斗は気が付いたら涙を流していた。
そして手鏡は娘の下に完璧なタイミングで落ちた。
バリーン。
「…え?」
手鏡は割れた。
「きゃっ!?」
娘は驚き後ろに下がる。
「何故だ!?」
祐斗は膝をつく。
「いやそんだけ力入れたらそりゃ割れるだろ。」
りょんが後ろでスッと言う。
「……そりゃそうか。」
素に戻った祐斗はくすっと笑う。
「いや笑ってる場合か!?あーもう何やってんだよ!」
りょんが怒りながらも1-5にちりとりを借りに行く。
「…これなんてリンちゃんに説明すればいいんだろ?」
祐斗はふと妹の顔を思い出す。
「……あっ。終わったな。」
祐斗は妹を怒らせた時を思い出し、静かに絶望する。
「楽しい、人生だったな。」
涙を流しながら割れたガラスを拾おうとする。
だが横から手が伸び、止められる。
祐斗はその手の主を見ると娘だった。
「素手で拾うのは危ないよ。貴方の友達がちりとり持ってくるから待ってな。」
娘はにっこりと笑う。
「あ、はい。」
祐斗は思わず敬語になる。
「そういえば足大丈夫ですか?」
「ん?あー大丈夫。なんも刺さってないよ。君こそ大丈夫?」
「はい。大丈夫です。」
「良かったー。」
娘は祐斗の無事を知って本当に安堵してる様子だった。
「…すんませんでした。」
祐斗はボソッと言う。
「え?何が?」
「あ、いやなんでもないです。」
祐斗は罪悪感でいっぱいだった。
「?、まあいいか。あ、そうだ。」
娘は祐斗に耳打ちする。
「今日朝見た事、誰にも言わないでね。」
「朝?」
「その…間違えちゃったの履くやつ。」
「!?」
祐斗は唖然とする。
「いい?」
娘は確認をとる。
「あ、分かりました。」
祐斗はまた敬語になってた。
「良かったー。それじゃーね。」
娘は安心してそのまま帰っていった。
「待たせたな。ちりとりが何故か無くて探してたわ。」
入れ替わりの様にりょんが帰ってくる。
「あーありがとう。」
祐斗はちりとりを受け取り、ガラスを入れる。
「先生がこの袋に入れてゴミ捨て場に持ってけってよ。」
りょんは祐斗に袋も渡す。
「…なーりょん。」
「ん?どした?」
「まわし、間違えて穿いたらしいよ。」
「ん!?聞いたの!?」
「いやあっちから言ってきた。」
「んん!!??」
りょんは一瞬嘘だと思ったけど、しんみりした表情を見て本当だと悟った。
「…それはすごいな。」
りょんは反応に困り適当に返した。
「てかあの娘何て名前なの?」
「え、知らない。」
「本当にまわししか興味無かったのか…。」
りょんは苦笑いする。
「ん?生徒手帳?」
祐斗は生徒手帳が落ちていた事に気づく。
「この写真、さっきの娘だ。」」
祐斗はりょんに渡す。
「ん?本当だ。来栖 岬って名前なんか。」
りょんは裏をチラッと見る。
「とりあえず職員室に預けるか。」
祐斗はガラスを全て袋に入れて職員室に向かおうとする。
「…いや、とりあえずゴミ捨て場行こうぜ。」
りょんが呼び止める。
「え、だってゴミ捨て場外だし。」
「いやさ、これ俺達で届けに行かね?」
「え?」
りょんは生徒手帳の裏を祐斗に見せる。
「だからさ、職員室に届けないで俺達で直で行こうぜって事。」
生徒手帳の裏には、住所が書いてあった。




