泪の素性
多分、泪の記憶喪失は嘘なんじゃないかと確信しつつあるナティアは、夕食を摂った後、病み上がりを理由に泪を無理矢理部屋に押し込めて強制的に休ませた。
サラージャは到着の遅れた宿泊者を部屋に案内しているため席を外している。
デイルは朝食つき宿泊、夕食無しの形態を取っていることから次の日の仕込みが終われば割りと暇になる。その為、ナティアの向かいに座って一服に付き合っていた。
「デイル……」
「……なんだ?」
重々しい声音で名を呼ばれたからには反応を返さずに入られず、デイルは少し躊躇したがややあって顔を上げた。
「泪のことなんだが……どう思う」
「どう、とは?」
煮え切らない態度のナティアに、デイルは首を傾げながらも先を促す。
「いや、今日、実はガストに絡まれたんだが……」
「ああ、話は聞いてる。見事な体捌きで一蹴したんだろう?」
憲兵が興奮ぎみに教えてくれた、と愉しそうにするデイルに、ナティアは苛ついて拳を机に叩きつけた。
「その体捌きが問題なんだっ!
記憶のない人間が、あんな動き、普通出来るか?」
唸りながら困惑を隠せないでいると、デイルはさてな、と頬杖をつく。
「秘泪眼の持ち主なら、可能かもしれん。秘泪眼なら、相手の動きを予兆することなど訳はないだろうしな」
「しかし……」
「記憶無しで使いこなせるものなのか、だろう? だが泪にとって、産まれ時には既に持った力であって、特別なものではなかったはずだ。そもそも『視る』という行為すら、呼吸同然なのだとしたらーー記憶がなくても当たり前のように使いこなせるだろうな」
魔術などの特別な力は、努力を重ねることによって得る後天的な能力とは違い、秘泪眼のように先天的に持っていた力がどのようなものなのかは、ちょっと人より剣が使えるだけの凡人のナティアには理解できない。
難しい顔をして俯いてしまったナティアに、デイルは耳寄りの情報を教えた。
「それより、気になることがある。
……泪の着ていた服だが、ギルマスに聞いたところ、あれは東の大国、蒼焔国のものだろうとのことだ」
「蒼焔って、あの?」
海外に旅をしたことのないナティアでも知っている、『神聖国 蒼焔』。
ラディウス国とは河一つで繋がる、穏やかな気候に緑豊かな国で、国土の大半を蒼く澄んだ海に囲まれた水が豊かな国である。
何処よりも文明が進んだ先進国で、また閉鎖的な文化が長年続いたことにより古い風習が今なお色濃く残る神秘的な国として知られる。
他所の血を拒絶してきた歴史ゆえか、他国と比べるまでもなく、強い魔力を国民全員が有している。戦争しようものなら一夜にして敗戦することは考えずともわかるだろう。
泪が蒼焔国の出身かもしれないーー。
ナティアは目を丸くして話の先を待つ。
「蒼焔国の噂は、徹底した情報管理によって殆ど流れてこない。だが、五年前、偶々あの国を訪れた冒険者の話を、ギルマスが覚えていてな」
五年前、蒼焔国国王の実弟が、蒼焔国が祀る一神教の神官長に着任した。
その王弟は、美しすぎるほどの顏に宵色の髪に藍色の瞳の青年だという。
そして何より、その王弟は希少な秘泪眼の持ち主であったと随分と騒がれたのだというーー。
それがもし、泪のことなのだとしたら、ナティアはとんでもない人物を保護してしまったことになる。
「真偽のほどはわからん。……だかな、もし本当だとしても、泪が何らかの事情で河に流されこの村に辿り着いた。ーーこれは、簡単に済ませられる問題ではないのは、確かだろうな」
もたらされた新たなる情報に、頭を痛めるしかないナティアであった。




