女傭兵、拾い物をする
雲ひとつない晴天である。ーーそれこそ、嫌味なほどに。
女ーーナティアは自分の不幸に感じた嫌気を隠すことなく肺の中を全て吐き出す勢いで溜め息を吐いた。
何度か目を擦ったり、頭を振ってから視線を戻すが、残念ながら現実は変わらない。
普段見せている男顔負けの勝ち気なナティアの困り果てた様子に、彼女をよく知るものが見たら天変地異を疑うことだろう。
しかしだ。情けない顔を晒していることを自覚しているナティアは胸中で言い訳をする。
だってだぞ、仕方ないじゃないか。ここでなかった振りなんかしたら後で絶対に罪悪感を覚えるのは確実だし、そもそも見捨てたら私は人でなしじゃないか……!
例えそれが、推定ーーいや、確定で面倒事だとしても。
ナティアがうんざりとした目を向けた先には、身形のいい青年が、下半身を川に浸した状態でうつ伏せに倒れていた。
女傭兵、ナティアと言えば、大陸ではちょっと名の知れた有名人である。
太陽を思わせる赤みを帯びた黄金の髪。強い意思を宿した碧の瞳。この世の美の集大成と称しても大袈裟ではない美貌。平均よりも高い身長で、鎧に隠された胸は豊満。緩やかな曲線を描く括れた腰に、やはり豊かな臀部。以前、安産型と嫌らしい目付きと手で撫でた男は全力の蹴りの一撃を顔面に食らっている。ーー以来、姐さんと慕われるようになったことには、ナティアの永遠の謎でもある。
美の女神と言われる彼女だが、しかし中身は並みの男では太刀打ちできないほど剛胆で男前。それに加えて女性ならではの気配りも見せることから、よく同性からお姉様と敬われている。
そんなナティアの性格を知人が評価するなら、お人好し、悪くいうならお節介だ。
だから、ナティアが絶対に面倒事だと脳が警鐘を鳴らしていてもほっとけなかったのは、仕方のないことである。
「サラっ、いるか⁉」
勢いよく、粉砕せんと言わんばかりに乱暴に開かれた扉に、呼ばれた宿屋の娘、サラージャは呆れた顔で腰に手をやった。
「ちょっとナティア、いつもいってるじゃない。扉は静かに開けて入ってきなさいっ……て……」
強い口調で嗜めるサラージャの勢いが、ナティアを視界に入れて徐々に落ちていく。終いには、唖然と開いた口が塞がらない状態に陥った。
荒く息を乱すナティアの傭兵にしては細い肩に、ずぶ濡れなのだろう、衣服が身体に張り付いた薄汚れた青年が担がれていたので。
興奮ぎみにナティアは助けを求めた。
「人を拾った! どうしたらいい⁉」
「元の場所に返してらっしゃい‼」
なんだと⁉ それでは人でなしではないか‼と叫んだナティアだが、そもそも一介の宿屋に運び込む方が間違いである。
犬猫じゃないんだから気軽に拾ってきたらダメでしょ、明らかに怪我を負っている負傷者をほってはおけないだろう、等々……混乱で無駄な口論をする二人に、サラージャの父であるデイルは冷静に魔導通信機に手を伸ばした。
「あ、もしもし、宿屋リースだが。……すまん、治癒師を一人派遣してくれないか。負傷者が運ばれた」
未だに喧嘩をする二人を尻目に、デイルは溜め息を吐いて湯と清潔な布を取りに部屋の奥へと姿を消した。