なんと優雅な
月の映える夜道を一人で立っていた。
今日は集まりがあるのだ。
主人は今頃ぐぅぐぅといびきをかいているから、全く知らない。
「あら、こんばんは」
「まぁ、こんばんは…今日は素敵な月ねぇ」
「えぇそうですね…本当に」
向かいの奥さんだ。丁度同じ時に家を出て来たらしい。
時間にはまだはやいのに、やはり綺麗な月だからなのかしら。
彼女は自分の黒い髪を撫でて確認した。
「じゃあ、一緒に行きましょうか?」
「いいですわね…丁度一人では寂しいと思っていたところなんです」
本音だ。この集まりの時はいつも怖がりながら行っているし、彼女がいるなら嬉しい。
二人で月下を歩く。彼女の黒い髪が艶やかに光った。
二人で歩くと矢張り到着するのがはやく感じる。
「あらぁ、こんばんは。今日は綺麗な月よ。うちの主人は変わらず仕事で…体調を崩さないか心配だわ」
会場に入るとともに話しかけられる。お金持ちの家に住んでいる方だった。
「こ、こんばんは…そうですか、大変ですわねぇ…私のとこなんか、ぐうぐういびきかいて寝てますわ」
「大変ねぇ〜!お酒なんかも飲むのでしょう?あぁ怖いわ!」
そう言いほほと笑う彼女の首には、ギラギラと光る高級そうなネックレスがあった。重くないのかしら。
ただ、彼女はとても満足し、幸福そうだった。
聞けばこの集会も、彼女が主催しているものだった。
酒に酔い眠りこける主人を思い浮かべて、劣等感に苛まれると同時に軽蔑も感じる。
「酷いわねぇ、あなたのとこの主人、たまたまこの前子供が独り立ちして、気が少し抜けてしまっているのでしょう?心が疲れて寝るのも無理もないわ」
本当は、素晴らしく優しい方ですのに。
綺麗な黒髪を直しながらお向かいの彼女は呟いた。
…そうだ。懐かしい思い出が咲き誇る。
私と初めて会った時も、主人は優しかった。
家まで招いて、ミルクまで出してくれた。見ず知らずの私に、豪華なもてなしだった。
「…えぇ、ろくでもないし、まぁ酷いのですけれど、私、幸せなんですの。主人は優しいのですよ…えぇ、幸せなのです」
そう微笑みながら言った時、足音が聞こえた。
「やだ、人が来てるじゃない!」
ネックレスを光らせる彼女を筆頭に、たくさんの方が悲鳴をあげながら逃げていった。
私は驚いて動かずに目を見開いているだけだった。
「あぁ!ここに居たのか!探したよ…急に居なくなって、びっくりしたんだ」
足音の主…眠りこけてる筈の主人は、私を抱き上げてほっとした声で言った。
「保健所に連れて行かれたらどうするんだ?まったく…私は立派な首輪なんて、おまえに買ってやれないんだよ?」
「にぁお」
私の主人はろくでもないし、酒飲みだし、お金持ちでもないし…マァ酷いのだけれど、良いのだ。
私らは、幸せだ。
誰が言おうと、世界一幸せだ。
私は主人に抱かれながら小さな街灯に照らされて、帰り道を歩いた。