我楽多列車
前作「ガラクタ列車」と対になっています。
ことんことん、ことんことん。
軽く小気味よい音が、わずかな振動とともにリズムよく刻まれる。
その為であったのだろうか、青年が目を覚ましたのは。
最初に視界に入ったのは金属の棚と蛍光灯、だらんと紐に垂らされた白い輪っか。
背中に感じるのはざらざらとした、中途半端な心地よさ。
毎朝毎晩見るのだから見間違えようもない。
電車の中で大胆にも縦座席をベッドのようにして眠りこけていたことに気づく。
眠気眼も一気に覚醒し、勢いよく上体を跳ね起こす。
何故、どこ、が頭上で交差する。
窓の外を覗きこむ。
一面の蒼。
それは晴れ渡る大空か、映える水面か、境もない。
蒼の中にも異色は混じる、ぽつんぽつんと。
孤独を楽しむ木々は、不自然であるがゆえにそこに大きな存在感を持って溶けあっていた。
一言、青年の感性を持って表すならば「壮大」であった。
世界から許されない風景の中に、取り残されてしまった感覚。
しかし、列車は取り残された青年を乗せて進んでいる。
間抜けにも口を開けた、純朴そうな男が至近で青年を覗き込んでいた。
それが窓に映る自分自身であることに気付くのには数秒を要した。
外を、窓をいつまで眺めても明らかになることなど何もない。
そして青年は車内へと視線を移した。
まさしく混沌。
席、床を問わず本やコップ、机や時計、
全てが無秩序に歪に投げ出されていた。
吊革の人形はブランコのように揺れながら虚ろに見つめる。
自身の席の辺りをぽっかりと開けて、膨大なガラクタに埋め尽くされていた。
青年が狂気に身をやつさなかったのは、偏にそのガラクタのいくつかに見覚えがあったからであろう。
がたん。
一度だけ大きく、前後に揺れる。
積み上げられたガラクタも彼方此方で瓦解する。
そして根拠もなく、列車が減速していっていることに気付く。
放っておけば止まってしまう。
言いようのない不安。
追い立てられる感覚。
入れ知恵したのは神か悪魔か。
この無数のガラクタを窓から投げ出してしまえば。
根拠などどこにもない。
けれども確信的。
自身の私物さえも投げ捨てる躊躇が消え去ったのは、青年の目に小さな小さなミニカーが映った時であった。
恐る恐る手に取る。
重い。
その小ささが、どこに質量を内包しているのか、青年は思い出せないが知っていた。
無性にこみ上げる哀惜が、それが投げ捨てられるに相応しいものであることを告げていた。
窓を開ける。
まさにそれを投げ捨てんとする時、ふと青年は疑問を得た。
なぜ悲しみは重いのか。
掌のそれを凝視する。
僅かに、光を微かに反射して、後輪の車軸に糸が結んであった。
それは細さと反比例して長く、長く続いていた。
その途中途中に様々な我楽多を結びつけて。
いくつもの我楽多が、それぞれの重みをもって結び付いている。
些細だが、強固。
解けないことを直感する。
故に我楽多は重い。
窓の外を見やる。
列車は減速するばかりだ。
我楽多に満ちて、遅い。
目的は果たせなかったが、不安はいつしか消え去った。
席に腰を下ろし、息をつく。
列車は終着を目指してひた走る。
どれだけ減速しても、たどり着く所は同じ。
読んでくださりありがとうございます。前書きにも書いたように、「ガラクタ列車」と対になった作品です。
文は途中までほぼ同じなので、比較して読んでくださると面白いと思います。