第93話 六芒星会議
「これより六芒星会議を開会する」
国王カイル=イスト=ヴィスタリアの開会宣言が、部屋全体に響く。
ここは特別区画ヴィスタリア家敷地内にある国家会議に使われる一室。
アスタルテ家とカーライル家の除く八輝章家の当主が一同に集まっていた。
ヴィスタリア八輝章家には国家存続のために、それぞれ役割がある。
第一位ヴィスタリア家には国家統一の象徴である国王としての役割の他、ヴィスタ聖教の守手という役割。
第二位ロイスウェル家には国家宰相としての役割と、魔導学術研究の管理。
第三位ハズベルト家には国家正規軍の統括。
といった具合である。
もちろんカーライル家やアスタルテ家にもそういった役割があるのだが、その中でもひときわ異質な役割を担っている家がある。
それが、第六位ハイラー家である。
ハイラー家が担っている役割は『真の歴史の守手』である。
八輝章家は国の政の中心にいるのが普通……というよりそれこそが王族の本来の存在意義なのだが、ハイラー家が政の表舞台に立つことはない。
意図的に政治から切り離されているといってもいい。
もちろん先日のレドウの結婚式や、ハイラムの降臨の儀などの国家行事には参加する。しかしそれ以上の干渉も行わなければ必要以上に関わることもない。
思想や先入観、権力争いの一切から離れた中立の立場で、脈々と国の正しい歴史を過去から今に至るまで綴り続ける。人の世の世界観や認識が権力によってどれだけ歪められようとも、ハイラー家だけは常に真実を綴り続ける。
ヴィスタリア連合王国の業を背負い続けるという、ある意味最も過酷な役割を黙々と建国以来続けているのがハイラー家であった。
そういった役割を担っている特異な家なのだ。だがそのためには相応の力が必要である。
ヴィスタリア連合王国は、その建国以来ハイラー家に役割を全うさせるため、意図的に他家がこの家の人間に接触すること自体を重罪としていた。
だが、そんなハイラー家に正式にコンタクトを取ることが許されている場があり、それこそが六芒星会議である。ただしハイラー家に多くを語ることは許されていない。また多くを語ることを強要することも許されていない。
この場にはたまたまアスタルテ家とカーライル家は居ないが、仮に居たとしても六芒星会議に出席の権利はない。第五位までの王家のみハイラー家に尋ねる権利を有しているからである。
なおこの場においても、ハイラー家に出来ることは『はい』か『いいえ』かを答えることのみだ。
国家の存亡を掛ける一大決議の際に、過去の真の事例を問う目的で呼ばれるのである。
「此度の議題は、離反したアスタルテ家とカーライル家の処遇についてである。」
ロム=イスト=ロイスウェル(周囲にはロイ=イスト=ロイスウェルと認知されている)によって議題が読み上げられる。議題について若干部屋がざわつくがすぐに静まった。
「マーニス家当主、グリフィス殿より国家の安寧を揺るがす情報が提供された。まずはその情報を皆々方にお聞き頂き、意見を頂きたい。……ではグリフィス殿」
そう言ってロムは着席した。
代わりにグリフィスが立ち上がる。……以前に比べると少々やつれているようにも見える。
「諸君。これより重大な事実をお伝えする。なにゆえ我らマーニス家がアスタルテ家を『国賊』と称するか?その理由について公開したい」
ハイラー家以外の当主達から「おぉ」という声が漏れる。
「どれだけの信憑性を持ち得ているかは分からないが、皆様ご存じの通り我がヴィスタリア連合王国には『旧帝国復活』にまつわる話が語り継がれている。その中でも最も有名なものが、帝国の遺産による国家転覆である。なんと今、このお伽噺がかのアスタルテ家新当主……つまりレドウの手によって、現実のものとなろうとしているのだ!」
当主たちがざわつく。ハイラー家当主のみ冷静にその話を聞いている。
「あのレドウという男は『帝国の遺産』を集めつつ、言葉巧みにアスタルテ家に近寄りあまつさえ婚姻まで行い、我ら八輝章家の懐まで潜り込んでいる。その企みに気づいた当主アレク殿は残念ながらレドウによってその命を絶たれてしまったのだ。しかもまだその事実に気づいてさえいないカーライル家はレドウの言葉を信じ、結果として国家に牙をむいてしまっている。現在のこの由々しき事態の全ては、悪辣非道であるレドウの行いによって引き起こされているのである」
グリフィスは力強く言い切った。その場に机がもしあったのなら、ダンッ!と強く拳を叩きつけているのではないかという勢いであった。
「ちょっとよろしいかな?」
パーン家当主ソーマが割り込む。
「中立の立場で話すことをヴィスタ聖教神に誓おう。その上でグリフィス殿に問いたい。わしはお集まりの皆様の中では彼……レドウ君のことを知っている方だと自負しているが、わしの知る限りでは彼はそのような策を懲らせるような器用な男ではない。まあそのように「普段見せる姿すら策の一つである」と言われてしまうと返す言葉もないのだが、グリフィス殿がそうまで強く語るには理由があるはずだ。その理由と根拠について教えてもらえるかな」
「いいでしょう。こちらをご覧下さい」
グリフィスはそう言って一つの水晶玉のようなものを取り出した。
「これは、まだ世の中で出回ってはおりませんが、当家の誇る魔導研究所で最近開発された映像を記録する魔導具です。まぁそれはどうでも良いのですが、こちらの映像をご覧頂きたい」
そう言ってグリフィスはレドウから一時的に奪っていた3つの神器の映像を映し出した。
「皆様は『帝国の遺産』についてどこまでご存じか分かりませんが、私はロイ殿より純度の高い魔晶石……そういわゆる『輝石』の一種である可能性が高いとお聞き致しました。この3つの魔導具は、拘束したレドウが持っていた魔導具です。私はこれを見たとき、恐怖に震えました。彼がそれと知らずに一つ持っていたのなら偶然かもしれない。ともかく、同様の魔導具が3つも集まっていたのです!これは偶然とは思えない。明らかに意図的に集めております。この事実と『旧帝国復活』の話を重ねると……もうおわかりでしょう。彼は紛れもなく『国賊』なのです!」
なんということだ……という声が聞こえてくる。
「グリフィス殿、勇気をもって発言頂き非常に助かる。これは真に由々しき事態である」
国王カイルからグリフィスに向かって労いの言葉が掛けられる。
と、ここでロムが立ち上がった。
「ここで余は六芒星会議の開会に踏み切った。アカルシス殿、余の質問に答えて頂きたい」
そう言ってロムは沈黙を保ち続けている黒髪で細身の男の方を向く。
この男こそアカルシス=イスト=ハイラーである。
「まず問おう『帝国の遺産』とはこの魔導具で相違ないか?」
皆の視線が一斉にアカルシスに向けられる。
「その通りだ」
アカルシスは静かに答える。
その瞬間当主達から低いうなり声が漏れ出る。
「次の質問だ。今回の件を除き、過去『帝国の遺産』が使用された事例はあるか?」
「……ない」
アカルシスが質問に答えるたびにうなり声やため息があちこちで漏れる。
「レドウとは何者だ!本当に国家転覆を狙っているのか!」
「……その質問には答えられぬ」
グリフィスがロムの質問を遮るように質問を叫んだが、『はい』か『いいえ』かで答えられない質問に、アカルシスは答えない。
この場合質問が悪いと言える。
一瞬、ロムが「この馬鹿め」といった蔑んだ表情を見せるがすぐに元に戻る。
「では、俺からも質問させて頂こう。過去八輝章家が現在のように反目したことはあったか?もしあったならそのときは話し合いで解決したか?」
アカルシス以上に沈黙を保っていたライゼル=イスト=ハズベルトが、アカルシスに質問する。
「初めの問いについては『ある』だ。次の問いについては『いいえ』だ」
「わかった。ありがとう」
ライゼルは再び沈黙する。
とここで国王が立つ。
「朕も決断せねばならぬ時が来たのかもしれぬ。この事態は紛れもなく国家を揺るがす事態に発展しかねない重大な問題であると分かった」
そして手にした錫杖を鳴らす。
「正規軍を派兵する!反逆者レドウ=イスト=アスタルテを捕らえよ!手段は問わぬ。捕らえる余裕のない場合、討ち取っても構わぬ!よいな」
「「「はっ!」」」
国王カイルより王国正規軍に勅命が下った。
ヴィスタリア連合王国建国以来、史上最大最悪の内乱はこうして勃発したのである。




