第92話 動乱の兆し
「何故だっ!何故こうまで上手くゆかぬ!これが全て彼奴の力だとでもいうのかっ!ありえぬっ」
グリフィスは荒れていた。企みというものは想定通りの動かないのが常である。そんなことはグリフィスも痛いほど理解している。
全てが上手く運ぶと信じ込んで事を起こす弟ラーギルとは違う。
だから何通りも伏線を張り、不測の事態に対してのパターンを練った。
これなら最悪のパターンであっても確実に神器を抑え、少なくともアスタルテ家の力を削ぐことが出来る。そこまで算段して行動に移したのだ。
だが、結果はどうだ。
当主アレクの暗殺とレドウを容疑者に仕立てて拘留、神器を奪うところまでは上手くいった。
しかしそのあとが悉く想定の斜め上を行かれている。
レドウは脱獄していなくなった。
魔導錠で施錠された金庫に保管したはずの神器は忽然と消えうせている。
ならばとレドウを匿った罪でアスタルテ家の一斉検挙を狙って踏み込むも、城はもぬけの殻。
そこにいるはずのシルフィアですら行方知れず。
それどころか、アスタルテ家への不法侵入罪をカーライル家から宣言され、窮地に立たされたグリフィスはやむなくアスタルテ家の幇助を行ったとして、カーライル家への捜索と検挙を実施するもこちらももぬけの殻。
結局全ての行動の辻褄をあわせるため、カーライル、アスタルテ両家を国賊として国内手配をするに至ってしまったのだ。
大ごとになってしまった時点で、グリフィスの企みは大失敗である。
下手をすれば暗殺の証拠を押さえられ、逆に糾弾されることで自分が失脚する可能性すらある。
それを回避するためには攻め続ける以外の選択肢がなくなってしまったのだ。
(……下手人を始末するか?いや、当家の者ならともかくアレはロイスウェル家から借りた暗部。消せばロイスウェル家まで敵に回すことになる。そんなことになれば本格的に終わりだ……)
選択肢はもうあまりない。
今のグリフィスには、どんな結果が待ち受けていようとも前に進む以外の手段はなかった。とっくに退路は断たれていたのである。
……
報告を受けたソーマ=イスト=パーンは、中庭をウロウロしながら考え込んでいた。
(……あのレドウ君がアレク殿を殺害だと?しかも拘留中に脱獄し国賊?まさか。そんなことがあり得るのか?あり得るとしたらどういう状況であろうか?)
ソーマは決闘で会ったレドウを思い出した。
立ち振る舞いに品位はなく、ただの粗野な冒険者ではあったが、自己の研鑽に真摯に取り組み、強く義を重んじる男。そういう印象を持っていた。一時の迷いであったとしても主の殺害を企てるような人物には見えなかった。
(仮にわしの色眼鏡が正しかったとして、その場合は嵌められているということになる。その場合嵌めているのは彼の罪を声高に主張している……)
「マーニスか……だが」
真実がどうあれ、法的には立証できない事実は事実認定出来ない。
公の立場であるソーマとしては、事実認定できないことには協力出来ないのもまた事実なのである。
その時中庭の入口付近で、当家の者とは異なる気配と物音がした。
「誰だ!」
ソーマはすぐにその場に駆けつける。
既にそこには誰もいなかったが、ある物を残していったことでそれが誰であったかを理解することが出来た。
そこにはパーン家の至宝、デュランダルが置かれていたのだ。
まるでソーマが中庭にいて気付くのを待ったかのようなタイミングである。
「国賊扱いをされている今、堂々と会うことも出来ず、またこれを持っているのは相応しくない……か。そんなところまで律義でなくて良いのにのぅ……」
ソーマはその場に丁寧に置かれていたデュランダルを手に取る。
そしてまた彼女にこの剣を渡せる日が来てほしいと、ソーマは強く願ったのであった。
……
「父上!今こそ私の力が試される時ではないでしょうか!この時が訪れることを予見したヴィスタ聖教神が私にこの剣を授けたかと!」
血気盛んな若き騎士が練達の騎士に向かって熱く語っている。
この若き騎士こそハズベルト家次男ハイラム=イスト=ハズベルト……そう、降臨の儀で【勇気の神剣】を復活させたあの若者である。
そして語っている相手こそ、王国正規軍総帥にしてハズベルト家当主ライゼル=イスト=ハズベルト……要するにハイラムの父親だ。
「国賊であるアスタルテ家討伐に、王国正規軍の派兵があると聞き及んでおります!であるならば、ワイズランド連邦に睨みを利かせる必要がある父上に代わって、この私が【勇気の神剣】を掲げて討伐して参ります!どうかこの私にご命令を!」
総帥ライゼルはふぅと深くため息を吐く。
息子の若さ、覇気は頼もしいのだが、まだ全体が良く見えていないのだとライゼルは痛感する。
「ハイラムよ。まだアスタルテ家が国賊と決まったわけではないのだぞ。それを声高に主張しているのはマーニス家だけだ。パーン家は中立を保って状況を観察しておるだろ?それにどうもマーニス家は国賊の汚名をアスタルテ家に着せている気配がある。その上カーライル家がすぐに擁護に応じていることからも、まだ判断を下すべき時期ではない。そもそもマーニス家は先の決闘でアスタルテ家に煮え湯を飲まされているからな。復讐心を表には出せなくとも反撃したい気持ちがないと言ったら嘘だろうよ」
「ですがっ!事態は刻々と動いていると私は考えます!」
一旦冷静になれ。というライゼルのメッセージは若きハイラムには届いていないようだ。
「……とりあえずだ。ヴィスタリア家による正式な下知がない限り、正規軍が動くことはない。これは総帥であるこの私がそう決めているのだ」
「では下知があった場合は……」
ハイラムが食い下がる。
「真偽に関わらず、正規軍を動かし討伐に向かう。王命は絶対だ」
「では、その時はこの私に御命令くださいませ!」
そう言ってハイラムはライゼルの部屋を退出する。
ライゼルはそんな息子の背中を見つつ、結婚式で見たレドウという男を思い出す。
マーニス家が言っているような悪辣な男であるようには思えない。聡明……とはかけ離れていそうだが、どちらかというと自分と似た匂いを感じとっていた。
(あれは根っからの武人だ。マーニス家が言うような策謀家ではない。ソーマが気にかけるのも理解出来る。しかし……)
先ほどの言葉通り『王命』が下るのであれば、立場上ライゼルは正規軍を差し向ける他に選択肢はない。
(一度ゆっくり語ってみたかったのだが。その前にこんな事態になるとは)
ライゼルは自席に深く腰をかけ、静かに目を閉じた。
……
ギルド長キプロス、リズ、ゴルドの三人と別れたレドウは、秘密基地……要するにドレスアップした『水の祭殿』に向かって転移ゲートを開いた。ここがレドウが真っ先に考えた潜伏先であり、話を聞く限りでは恐らくシルフィが先客として籠もっているはずだ。
レドウは秘密基地に足を踏み入れる。相変わらず滝を通して部屋を照らす光は部屋の中を美しく、優しく照らしている。
運び込んだキングサイズのベッドの中央がこんもりと膨らんでいる。彼女は間違いなくそこにいる。
そっと近づいて布団の隙間から覗いている銀髪に顔を近づけた。
「シルフィ、朝だぞ」
もぞもぞと布団の中で動くシルフィ。が、ハッと気づいたように布団を跳ね上げる。
そしてシルフィはレドウの胸に飛び込んで来た。
「レドウ……無事で良かった。わ、わたし……絶対にここに来てると思って。でもレドウ居なくて……グス……心配で。でもお城囲まれちゃって……もうここ動けなくて」
半泣きのシルフィをギュッと抱きしめる。シルフィこそよく無事で居てくれた。
「あぁ、よく頑張ったな。そして無事で何よりだ。この空間がこんなに役に立つとは思わなかった」
「えへへ」
シルフィはやっと笑った。
「『通信魔導具』の指輪は持ってるか?アイリスに現状を報告してくれ。そして俺たちはしばらく潜伏するが、用があればいつでも出るからそのときに連絡をくれるように伝えて欲しい」
「分かった。任せて!レドウのは壊れちゃった……壊しちゃったんだよね?」
「そうだ。捕まって取られるわけにはいかなかったからな」
それを聞いてシルフィは指輪に向かって話し掛ける。ちゃんと連絡が取れているようだ。
しばらくして交信を終えたシルフィがレドウの方を向く。
「アイリスから伝言。しばらくここで潜伏してて欲しいって。いまアイリス中心にタルテシュで護衛用の騎士団を組織しているみたい。目的は自衛……らしいんだけどウィンガルデから正規軍が討伐に来るかもしれないから、迎撃……まではいかないまでも互角に渡り合う為の準備してるって。ギルド所属の冒険者達が協力してくれてるみたい」
「なるほど。それはギルド長の力だな。カーライル家と手を組んだのは正解だったな」
レドウは、なるほどとうなずく。すると「それ、私がお願いしたんだよ」とシルフィがアピールしてくる。
よくやったとシルフィの頭を撫でるレドウ。そして次第に頭以外の所も撫で始め……
数刻の後、冷静になった二人はしばらくここから動けない今、何をすべきかよく考えることにした。
第五章はこれで終了です。
いよいよ物語は佳境に突入していきます。




