第91話 ギルド長
タルテシュのレドウの部屋に、先ほど牢屋で出会った髭の冒険者ゴルドとレドウの二人がいた。
防音設備のない安宿の一部屋から急に人の声がし始めたり、明かりが灯ったりするのは怪しすぎるので、まずは《防音空間》で部屋をまるごと囲む。
次にアスタルテ家居城五階で使用した、壁紙偽装を応用した《入場制限空間》を展開する。この状態なら声も光も漏れないだろう。
ここまでした上で、部屋の魔導照明をつける。
「ゴルド。もう話してもいいぞ。俺たちがここにいることは外には漏れない」
レドウの合図でゴルドはぷはーと息を吐く。まさかこいつ移動の間、ずっと息を止めてたんじゃないだろうな?それで死んだら馬鹿だぞ。
「いやぁ。生きた心地がしなかった。いろいろ聞きたいことは……まああるが、細かいことはどうせ覚えてらんないし……大事なことだけ聞きたい。ここはどこなんだ?」
ゴルドは口に蓄えた大量の髭を弄びながら聞いてくる。
そういえばこいつずっと牢にいたんだっけな。牢にいると気にならないが、こうした普通の部屋にくると結構臭う。
「まて、その前に水浴びしてこい。……あぁ湯でもいい。ここは昔の俺の家だから気にしなくていい。あまり長居は出来ねぇが……それよりその、牢の臭いがそのままじゃ何かとマズい」
「おぉそうか。流石に長いこと牢暮らしをしてたからしかたねぇ。ちっと待っててくれ」
ゴルドが浴室に消える。
その間に、レドウは自分とゴルドの着る服を用意した。幸い同じような体格なので、レドウの昔の服がそのまま着られそうである。
レドウは自分の服も魔法袋から取り出す。
ここから服が消えていく様を見れば、それだけでも自分が無事なことをシルフィに伝えられるとも思った。
そのほか、もう一振りの|片刃剣も取り出して身につける。ウィンガルデとタルテシュはそれなりに距離があるため、すぐに手配が回るとも思えないが用心にこしたことはない。
いずれこの部屋にも調べが入ることだろう。それまでの間に少なくともギルドとコンタクトを取っておきたい。
ゴルドにはこの部屋に昔から置いてあった両手剣を渡すことにした。
大した武器ではないが、どうせ間に合わせである。
「いやぁ久しぶりの水浴びは気持ちがいいなぁ」
いろいろと準備をしているとゴルドが浴室から戻ってきたので、彼に服一式と間に合わせの両手剣を渡す。
「おぉ、ありがてぇ。流石に下着で動き回るわけにはいかんよな」
もっともである。そんなことをしたら別の不名誉な容疑で捕まってしまう。
「剣は間に合わせだが、まあとりあえず持っとけ。なんか手元にあると違うだろう?」
「そうだな。こう……冒険者としての血がうずくな」
そう言ってゴルドは剣を振り回した。
「馬鹿!こんな狭い部屋でそんなもん振り回すな。しかもお前、剣の扱い素人だろ?」
そう、ゴルドの剣捌きはお世辞にも冒険者とは言えない腕前だったのだ。
「あっはっは。すまんすまん。確かにこういう武器は俺は使ったコトねぇ」
「じゃあどんな武器使ってたんだ」
ったくしょうがねぇといった表情で、レドウはゴルドを見る。
体格からして弓や短刀という雰囲気ではない。斧……なら可能性はありそうだ。
「ん?俺か?俺はコレよ」
そう言って自慢気に拳を握りしめて見せた。
どうやら格闘専門ということらしい。じゃあ武器要らねぇじゃねぇかと言うとそうでもないようで、拳の保護の為にナックル、足の保護の為に専用のグリーヴを身につけるらしい。
まあ、そんなものはレドウの部屋にはないのでしばらく我慢してもらうことにする。
そんなことを話していると少しずつ空が白み始めた。昔と変わらないのであれば、この時間リズがギルドの外で掃除をしているはずである。
部屋の魔法を解いたレドウとゴルドの二人は静かに部屋を出て中央通りのギルドへと向かった。
タルテシュ中央通りを北上すると、中央交差点の向こうに冒険者ギルドの建物が見えてくる。
そして……その前には箒を持って道を掃いているリズの姿があった。想定通りである。
想定通りでなかったのはその時点で、リズの方から手を振ってきたことだ。
「レドゥ~おひさぁ。こんなぁ朝っぱらにぃ、こんなとこでぇ何してるのぉ?」
リズは相変わらずの舌っ足らずな話し方である。
「あぁ、リズ。すまねぇ火急の用があるんだ。ギルドの協力を得たい。結婚式の時に隣にいたお偉いさんに取り次いでもらえるか?急いでるんだ」
「やっぱりぃ?そうじゃないかと思ってたんだぁ。ぜぇんぶ承知の上だからぁ、ちょぉっと待ってねぇ。あ、でもついてきてねぇ?」
待っていれば良いのか、ついて行けばいいのかよく分からない発言でレドウ達をギルド内に案内するリズ。
分かりづらいが、多分ついて行った先で待てばいいというコトだろう。
大人しくリズの後についていくレドウとゴルド。
「そうだぁ。そういえばぁ、ゴルドぉさんはおひさしぶりぃよねぇ」
「おぉ!リズさん。俺のこと覚えてくれていたんですね?随分昔に一回お会いしただけですが」
びっくりした様子でゴルドが返す。
「そりゃぁ覚えてるわよぉ。冒険者ギルドにぃ登録してぃる人はぁ、みぃんな頭に入ってぇるんだからぁ。最近ではぁ、レドウぉの妹さんも売り出し中よねぇ」
リズはレーナのことも知っているようだ。
「じゃぁここで待っててねぇ」
リズが案内したのは一見壁に見える扉の先にあった部屋であった。隠し部屋……のようである。
本当にこちらの事情を察知しているかのような振る舞いだ。
そう時間をおかずに、ギルド長と共にリズが戻ってきた。
「やあレドウ君。こんなに早く会うことになるとは思わなかったよ」
「俺もだ」
ギルドマスターはレドウと堅く握手をする。
「事態は概ね把握している。まさか最初にここタルテシュに現れるとは思っていなかったが……一応、君の話を聞かせてくれ」
レドウはアスタルテ家当主のアレクが、目の前でどこかの暗部に暗殺され、助けることが出来なかったことから始まり、何故か自分が殺害犯として連行されて牢に入れられたこと。マーニスの現当主グリフィスが仕組んだのだと本人から情報を引き出したこと。翌朝……つまり今日には裁判の上処刑される予定になっていると聞き、さっさと脱獄してきたこと。ついでに牢で忘れ去られていたゴルドを連れてきたことを伝えた。
「まぁ、よく話を聞いたらこいつに何ヶ月も拘束されるような罪はなさそうだしな。俺の協力者として動いてくれるそうだ」
「なるほどな……それで、こういう事態になったか」
ギルド長キプロスは、レドウが捕まっていたあとから脱獄したあとのことを教えてくれた。
レドウが捕まったあと、シルフィがカーライル家に協力を仰いだこと。レドウが恐らく脱獄してくることを予測したアイリスは、その後の展開を予測して使用人たちに暇を出した上で、騎士団達を少しずつアスタルテ家から退去させていること。
そしてその騎士団メンバーは、カーライル家の子飼いの商人達と共に変装してタルテシュに集まりつつあること。
予想通りにレドウが脱獄すると、マーニス家からアスタルテ家は国賊指定され、アスタルテ家は武力で占拠されたそうである。
だが、アイリスが家の者たちを避難させたあとだったため、マーニス家が血眼になってアスタルテ家に対して指名手配を掛けている……のだそうだ。
「かなりマズいことになってたか……で、冒険者ギルドの立場は?」
レドウがギルド長キプロスを見る。するとキプロスはニヤリと笑った。
「わからんか?我らカーライル家は、全面的にアスタルテ家を支援しとるんだ。おかげで一緒に国賊扱いだ。がっはっは。……くそ忌々しいマーニス側になんぞつくわけがないわ」
「レドウぉはぁ、知らなかったぁかもぉ、知れないけどぉ、私もカーライル家側の人間なのよぉ?」
キプロスの豪快な笑い声に加え、リズも何故かカーライル家を主張してくる。
まぁ冒険者ギルドが敵ではなく味方なら心強いとレドウは思った。あのアスタルテ家にヘルプに来ていたユーキという優秀な若者も味方ということである。
「でな、一つ良くない知らせなんだが、混乱の最中にシルフィア様の姿が消えてしまってな。今も行方知れずになってるのだ。上手く雲隠れできているのなら良いのだが、敵の手に落ちていたらと心配で……」
キプロスの話を聞いて、レドウはうなずく。恐らくレドウも行こうとしていたあの場所に潜伏しているに違いない。
「大体こちらも想像がついた。シルフィは恐らく潜伏している。俺に心当たりがある。俺も同じところにしばらく身を隠すつもりだ。俺とシルフィへの連絡にはアイリスを経由してくれ。アイリスに伝われば間違いなくその情報は俺に伝わる」
「わかった。そうしよう。こちらとしてもレドウ君を匿っている状態のままいろいろ画策するのはハードルが高い。他には何かあるか?」
キプロスはレドウを見る。
「こいつ……ゴルドを預かって面倒みてくれねぇか?潜伏先には連れていけないんでな。装備品を整えるのにはこいつを使ってくれ」
レドウは魔法袋から金貨5枚を差し出した。
「お?おぉ!マジか。レドウさま……さん」
ゴルドがきょどっている。
「ちゃんと働くにはちゃんとした道具が必要だろ?」
「ありがてぇ」
「彼の面倒は引き受けよう。脱獄したばかりの彼がうろうろと装備品を買いに出歩くのも都合が悪いだろう。その金を使ってギルドでゴルド君の装備を整える」
キプロスはそう言って、レドウに力強くうなずいた。
投稿が遅くなってしまいました。申し訳ないです。
そして明日は仕事の関係で投稿出来ません。拘束時間が長くて書いている時間がないためです。
20日に再開予定です。よろしくお願いします。




