第80話 結婚式当日
結婚式の当日は、秋の気配のするよく晴れた日となった。
空を見上げると、どこまでも澄んだ青が広がっている。北西に広がるアルカス山脈と空の青さのコントラストが映え、とても綺麗な景観をウィンガルデ市街から見ることが出来る。
王族の結婚式は国を挙げてのお祭りであり、一大イベントである。第八位のアスタルテ家であっても例外はない。朝早くからウィンガルデ市街もいつもと比べて騒然としている。
普段は封鎖されている特別区への城門も今日だけは解放されるため、警備体制の再確認や午後の披露パレードの為の街道準備などで、都市警備の衛兵たちが急がしそうに行き来していた。
その中にはレドウが初めてウィンガルデを訪れた際に、彼を拘束した衛兵長の姿も確認出来る。あの時はまさかこんな事態になろうとは夢にも思わなかったに違いない。
特別区画アスタルテ家主城では、朝に弱いシルフィが朝から準備に追われていた。
事前に当主アレクが予約した美容師による髪のセットに始まり、ウェディングドレスの着付け、メイクに至るまで専門の業者に依頼してシルフィの改造が着々と行われていたのだ。朝が弱いなどと言っていられない状況である。
もちろんシルフィも自分の為の準備であるため、喜んで臨んでいた。
一方、暇を持て余しているのはレドウである。
「式が始まるまでにこれに着替えて、時間まで待機してて」と使用人長のルシーダさんに衣装を渡されたっきり、誰が訪れるわけでもなく自室でぼーっとしていた。
さすがに着替えは終わっているが、なにせやることがない。
いつ誰が呼びに来るかもわからないため、下手に外出することも出来ず、ただただ部屋で待ちぼうけしていた。
あまりの暇さゆえ強烈な眠気にレドウが襲われている頃、一階では親族としてカザルス家一同が到着していた。親族……とは異なるのだが、何故かジラールも行動をともにしていた。
「おぉ!貴方がたがレドウ君の親御さんたちですな」
満面の笑みでカザルス家一行を迎えるアスタルテ家当主アレク。
そばにはアイリスが控えている。アレクにとって最も身近で頼りになる護衛である。
「これはアレク閣下。ご丁寧にありがとうございます。シーランの町長をしておりますレナードと申します。不肖の息子が大変お世話になったようで」
カザルス家一同、レナードの礼にあわせて一礼する。
「これからわしらは親族となるのだ。そんな堅苦しい挨拶は抜きにして賑やかに楽しくいきましょう。レドウ君は今や我がアスタルテ家にとって居なくてはならぬ存在。大変助けられておりますよ。ささ、そんなところで立ってないでこちらへどうぞ」
アレクのエスコートで城内を案内されるカザルス家一行。
「あら?ジラールさん。いつのまにカザルス家に?」
そばに控えていたアイリスが、ジラールとレーナを交互に見る。
レーナがちょっとだけ顔を赤らめる。
「アイリスさん……でしたね。ウィードルでお会いした以来でしょうか?お久しぶりです。」
「えぇ。お久しぶりです」
アイリスが軽く会釈をする。
「たまたまシーランのカザルス家にお邪魔していたところへ今回の招待状が届いたもので、折角だからとカザルス家の皆さんとご一緒させて頂いたんですよ。……あぁ、こちらのお嬢さんはレドウの妹さんでレーナさんです。今一緒にパーティを組んでまして」
レーナがぺこりと頭を下げる。
「初めまして、レドウの妹のレーナです。貴女が騎士団長のアイリスさんなのですね?お目にかかれて光栄です。兄貴……兄から話は聞いておりました。とてもお綺麗な方で……そしてお強いんですよね?凄いです」
丁寧にとりつろっているレーナだったが一瞬ぼろがでたようだ。
「いえいえ、私はレドウさんと比べたらまだまだです」
「おーい。そんなところで立ち話してないで、早くこっちへ来なさい」
立ち止まって会話していた三人を当主アレクが呼ぶ。
「あ、閣下。申し訳ありません。すぐに向かいます。……さ、行きましょう」
アイリスはジラールとレーナを連れてアレクの元に向かった。
……
中庭では、アスタルテ家直属の騎士団員たちが、今日の警備体制について確認を行っている。
今日の警備責任者として、団長のアイリスから指名された第一小隊長のリュートは張り切っていた。
「尊敬するレドウさんの一大イベントである!我ら騎士団一同、本日の成功の為に全力で警備を行うのだ!」
「「「はっ!」」」
リュートの号令で騎士団全体の士気が上がる。大分成長したようである。
「守備に優れたラウル殿以下第二小隊は、各会場の守護にあたるように。式典の流れにそって会場は次々に移動する。遅れることのないよう各自持ち場を改めて確認すること」
「「「はっ!」」」
「兄貴の為に全力を尽くすぜ」
ラウルもやる気である。
「次に我ら第一小隊だが、新郎新婦とご親族であるカザルス家の警護との身辺警護を主に行う。なおアレク閣下の身辺警護はアイリス団長が自らお努めなので、そちらの心配は不要だ。我々は担当の持ち場の警護に専念せよ!」
「「「はっ!」」」
「それでは各自、改めて自分の持ち場を確認せよ。不明な点があれば今のうちに、私かラウル小隊長に確認すること。以上だ!」
「「「はっ!」」」
騎士団はリュートを中心にしっかり纏まってきているようである。
……
アスタルテ家の一階応接室には、各町の代表などの来賓が集まり始めていた。
遺跡都市タルテシュからは市長のほか、ギルドの代表としてギルド長のキプロス=カリガとチーフのリズ=メルローズの姿が見える。
他にも四大宿場町の各町長や、なんとアルフ……アルフォンス=ガウェイン=セクレ=マーニスの姿も見える。
アルフに関してはマーニス家に連なる家系なのだから、マーニス家で待機することも出来るのだが、直接の招待状をもらったことを理由にアスタルテ家の来賓待合室に陣取っている。関係の薄いマーニス家にいるより、一緒に南岸遺跡で探索したアスタルテ家にいるほうが気が楽なのだろう。
死線を共にした仲間であるとの意識も強そうである。
各八輝章家の王族は、自家の城で待機するのがならわしなのだが、先ほどカーライル家の当主ニキが息子のユーキを伴って訪れていた。
ギルド長とリズを息子のユーキと引き合わせるのが目的である。とはいえ、八輝章家の中でもカーライル家はアスタルテ家と最も親交の厚い家であることから、様子を見に来たというのも目的の一つに違いない。
なお、先日までアレクを助けていたサンデル=フォン=ギズマンを筆頭に、商工会官吏のギズマン家の面々も到着していた。
一階と二階が来賓達で賑わうなか、四階のシルフィの自室では着付け、メイク、髪の準備がバッチリ整っていた。
シルフィは準備が終わるなり、一目散に三階のレドウの元に向かう。
誰よりも早く自分の晴れ姿を見てもらいたかった。
扉をノックすると「あいよ」というレドウの声がする。
シルフィは静かにドアを開けて中に入ると、ベッドに腰掛けて暇そうにしているレドウがいたが、入ってきたのシルフィだと分かると意識のスイッチが入ったようだ。死んだ魚のような目に光が灯る。
「ど、どうかな?バッチリ決まってる?」
レドウの前にくるりと一回転するシルフィ。
「あぁ……めちゃくちゃ綺麗だよ。くそガキと呼んでた頃のことが嘘のようだ」
「もう言わせないし、言わないよね?今のわたしがこれからのわたしよ」
シルフィから優しい笑顔がこぼれる。笑い方からして大人になったようだ。
レドウはゆっくりと近づき、そんなシルフィを抱きしめる。
「あ、あんまり強くすると衣装とかメイクとか……」
「大丈夫だ。そんなもんでお前の価値は変わらんだろ?」
そう言いつつ、ちゃんと手加減しているレドウである。
「さあそろそろ時間かな。誰かがきっと呼びにくるぞ」
「あ……でも、もう少しだけこのままで」
シルフィがねだる……が、それを邪魔するようにドアがノックされた。
「レドウさん、時間ですよ……ってまぁ」
レドウを呼びに来た使用人長のルシーダさんに、二人が抱き合っているところを見られてしまった。
「コホン。仲の良いことは素晴らしいことですが、今日は一日大変ですからね。ちゃーんとお二人の幸せな笑顔を皆さんに見せてあげるんだよ」
いよいよ結婚式本番である。




