第79話 秘文字
「『アスタール文字』……」
単語を反芻するようにつぶやくジラール。
レナードはその様子をしばらく見ていたが、思いだしたように茶菓子を一つ頬張り紅茶をすすった。
「話を続けよう。どちらにしても全てを語り尽くすことは出来ない。少なくとも今必要となる情報については知っておきたいだろう」
手にした紅茶をテーブルに置き、再びお茶菓子を手に取るとレナードは少しずつ語り出した。
「まずは神器についてだ。そもそも神器とは世界に混沌を呼び、破滅と再生をもたらす存在であるとカザルス家には伝わっている。それ故、平穏な世の中において決して復活させてはならないものだとの教えだ。だが……」
レナードは再び紅茶を手に取り、少し口に含ませる。
そしてテーブルからさらにお茶菓子を掴んだ。さっきのお茶菓子は既にレナードの腹の中だ。
「だが、意図してか意図せずか分からないが、こうして息子が次々と神器を復活させているということは、平和に見えても何か良からぬ事が起こる前触れなのかもしれん。今はともかく自分の意思で復活を開始させたとは思えんのでな」
「神器とはそのような禁忌であったのですか……認識が甘かったようです。純粋に力を授かる宝であると考えておりました」
ジラールの表情が神妙なものとなっている。
「ある側面から見れば、君の認識もまた正しい。世が混沌に満ちたとき得た力をもって世界を再生せよとの言い伝えだ。ま、もう事は起こっている。それほど気にしなくても良いだろう」
レナードはジラールの見識を認めつつ、話を続ける。
追加のお茶菓子を手に取るのも忘れない。
「次に本題の『アスタール文字』についてだが……これを説明する為には、少々意図的に抹消された歴史を語る必要がある」
「歴史から……抹消された?」
「左様。もちろん抹消したのはヴィスタリア八輝章家だ。昔のな」
レナードが言葉を切る。この先の話を続けることは国家に弓引くことと同義だと暗に伝えていた。
ジラールもその意図を理解した上で静かにうなずく。
「続けて下さい」
「うむ。時に君はこのリーデルの地がヴィスタリア連合王国となる前、とある帝国が君臨していた。という話を聞いたことがあるな?だが、その帝国の名を知っているかね?」
「いえ……深く意識したことはなかったですが、確かに変ですね。『強大な帝国を滅ぼして建国した』と謳っているわりに帝国の名前を誰も知らず、語り継がれてさえいないというのは」
レナードは自分の問いかけにジラールが納得したことを確認し、お茶菓子を手に取る。
テーブルの上のお茶菓子はもう残り少ない。
「亡国の名は『アスタール帝国』と言う。現在でいうアルカス山脈、リーデル平野、リーデル大河、タガデア砂漠、南方のサルバード地方を束ね、魔石加工技術に優れた実に文化的で『温厚な』帝国であったそうだ。そしてアスタール帝国の王侯貴族が好んで使用した、言葉遊び用の文字のことを帝国の名を冠して『アスタール文字』と呼ぶのだ」
「温厚?だったのですか?現在の見解では侵略戦争を繰り返す強欲な帝国であり、侵攻を食い止めるためにヴィスタ聖国が立ち上がり……もしや?」
はっとした表情でレナードを見るジラール。
「大昔の話であるし今となってはどうでも良いのだが、百年に渡る侵略戦争を引き起こしたのはヴィスタ聖国だ。アスタール帝国は文化的な大国であり、もともと国家としての軍事力を持たなかったために標的にされたのだ。神器という宝を狙われてな」
「そういうことだったのですね……気になることがあるのですが」
「なんだね。言ってみなさい」
茶菓子に手を伸ばしつつ、レナードはジラールの質問を促した。残りはあと一つだ。
「名前の響きが似ているのですが、アスタルテ家は……アスタール帝国に関係があるのですか?」
「ふむ……それについてはわしも良く知らんのだ。アスタール帝国が滅んだとき、王族は全て処刑されたとされている。だが一方で、アスタルテ家は帝国王族の末裔だという説もある。帝国の名称が隠匿されている事実を加味しても、矛盾が多い。この点に関して真実は不明だな」
「そうですか」
思案を巡らすジラール。だが何かの回答を得るには情報が少なすぎるのが現状だ。
「さて、少し話題がそれてしまったようだ。歴史の話題はこのくらいにして肝心な文字の話をしよう」
「はい。お願い致します」
レナードは残った最後の茶菓子を頬張ると、やや冷めてしまった紅茶で流し込む。
奥さんの持ってきたお茶菓子は結局全てレナードの腹に収まってしまった。
「アスタール帝国は滅びの間際、神器をヴィスタ聖国に奪われないよう封印した。そして封印を解く手段を『アスタール文字』で記すことでヴィスタ聖国の手から守ったのだ。神器を狙って侵攻したヴィスタ聖国としては、目的が達成できず、躍起になって封印を解くための手段を探したそうだ。だが、解読できる王侯貴族は既に処刑してしまっており、どうにも封印解除の手段が見つからない」
ここでレナードは一息ついた。
「我がカザルス家は、滅んだアスタール帝国に連なる家系の唯一の生き残りであり、闇に紛れて落ち延び『アスタール文字』の守手となったのだ。欲に駆られた者たちが悪戯に神器を復活させないように……な」
「そういう事情があの文字にはあったのですね」
レナードはまっすぐにジラールを見据える。
「そういった理由で君には申し訳ないが『アスタール文字』の読み方を教える訳にはいかない。だが娘を伴うといいだろう。娘には既に伝承済みだ。息子に正式な伝承をした覚えはないので娘の方が正しく読めるはずだ。あとは……そうだな。わしやレーナから教える訳にはいかないが、君が独力で研究し、解読できるようになることを止めるつもりはない。時代が求めているのであれば成せるはずだ」
「分かりました。お話頂きましてありがとうございます」
話は終わったということで、レナードは退出した奥さんに声をかける。そして何事かを伝えるとレナードは再び元いたソファに戻ってきた。
「娘も遅くなるとのことであるし、今日はうちに泊まっていきなさい。夕食を御馳走しよう」
「それはありがたいです。楽しみですね」
家の中は好きに見て回っていいとジラールに伝えると、レナードは応接室から退出した。
一人残されたジラールは、神器復活の鍵となる指輪を取りだして見つめる。
(あんまり愉快な話ではなさそうですね……)
レナードの話を聞いてしまった今、この手元にある指輪を復活させるべきか否か。決心が揺らいでいた。
神器が生み出す混沌、破壊、再生。それらは五つの神器が揃った時にこそ起こるのではないか?という仮説がジラールを悩ませていたのだ。
既にこの世に四つの神器が復活している。
であるならば、ジラールが神器を復活させること。そのことが混沌のトリガーとなってしまうのではないか?ということである。
ジラールもベテランになったとはいえ、一人の冒険者であり探索者である。
神器などという人類の宝を、自らの手で復活させてみたいという純粋な探索者欲求こそが、彼を冒険に駆り立てる。しかし、そこに大きな責任が発生してしまうと知ってしまった。行き着くところのない葛藤にさいなまれる結果となってしまったのだ。
(知らなければ良かった……?いや。知らなくてはこの手で復活させることは出来ない。結局ついて回る問題か)
その後夜レーナが帰宅してディナーが始まるまで、ジラールの葛藤は続いたのだった。
夜、奥さんの豪勢なディナーが振る舞われた。これほどのディナーが振る舞われるのは、レドウとシルフィの時以来である。
「本当はもっとディナーを作る機会が欲しいのだけど、気軽に訪れてくれる人がいなくって。この人が町長になってますます減っちゃうわ」とは、奥さんの談。
ジラールもカザルス家の会食レベルのディナーを食べたのは初めてだったが、非常に美味しかった。
そのままお店でも開けそうですねとジラールが伝えると、まんざらではなさそうな雰囲気である。
資金はありそうなので、気づいたらレストランでも出来ているのではないだろうか。
「そうそう、ジラール君。わしから提案があるんだが、聞いてくれるかね」
並べられた食事を一通り食べ終え、落ち着いたところでレナードが切り出した。
その手にはデザートが握られている。甘い物が大好きで止まらないらしい。
「はい。なんでしょうか」
「うむ。先ほどの話だが、わしからのギルドを通した指名依頼としようと思うのだが……依頼の達成条件は神器の入手。達成期限は無期限。実施条件として冒険者レーナを同行させること。どうかな?」
先ほどまでのジラールの葛藤を見透かしたかのような提案だった。
報酬のある指名依頼であれば、実施責任を個人で被る必要はなく、踏ん切りもつくというものだ。明らかにレナードの配慮が感じられる申し出だ。
「すみません。ありがとうございます」
「お!じゃあ私も行くのね。ジラールさんよろしく」
深々と首を垂れるジラールと、楽しみで仕方ないという様子のレーナ。実に対照的な二人である。
「あと、依頼とは異なるのだが一つお願いしたい。神器はな、持ち主に能力という形で恩恵を授けるもので間違いないのだが、その……真の力を引き出せるのは、今や【王者のタクト】に選ばれた息子だけのはずだ。もし息子が真の力を必要とする機会が訪れたら、どうか手に入れる神器を貸してやって欲しい」
「承知しました。心に深く刻んでおきます」
その後食べきれないほどに運び込まれる奥さんの料理たち。「四人しかいないんだぞ」というレナードの悲鳴に、急遽表にいた警備兵や使用人も参加し、大宴会に変わったのだった。
そして宴もたけなわといったあたりで、カザルス家に一通の手紙が届く。
手紙は速達で差出人はなんとアスタルテ家であった。家紋で封蝋されている立派な封筒だ。
使用人から手紙を受け取った奥さんは、驚きの声を上げる。
「あら大変!うちの子が結婚するみたいよ。相手は……先日いらっしゃったあの可愛い娘ね」
騒然とする一同。
レーナは小さくガッツポーズ。「やったね!シルちゃん」という心の声が聞こえてくる。
その手紙はレドウ=カザルスとシルフィア=イスト=アスタルテの結婚式の招待状であった。
こないだ大阪で地震があったと思ったら今度は北海道……
水害や台風も含め、なんか不安なことだらけですね。いつ自分のところに来てもおかしくないというのは非常に怖いですし、災害にあわれた方は突然の事態に大変な日々をお過ごしのことと思います。
嫌なことが続く年ですが、から元気でも出して明るく過ごしたいと思います。




