第78話 カザルス家
ジラールは単身港町シーランを訪れていた。
一人で訪れたことに理由はない。当初、ユーリも一緒に連れてこようと考えていたが、実は最近ユーリの姿を見ていない。
単独で何か依頼をこなしているのかもしれないし、先日の謹慎はともかく弟子だからといって基本的には行動を管理しているわけではないので、いないものは仕方ないとして一人で訪れたのである。
彼が港町シーランを訪れた理由は主に二つあり、どちらもレーナに関係するものだ。
一つ目はレーナの様子を確認することである。
自分の口利きで登録した手前、ちゃんと冒険者として活躍出来ているかが気になっているという親心的な心情から、その後の様子が気になっていたのだ。
そしてもうひとつの理由は、古代文字についてである。
詳しくは聞いていないが、神器復活の鍵となっている古代文字。これをレドウだけが解釈出来るわけではなく、もしかしたら『レーナも読めるのではないだろうか』という期待があった。
仮に読めなかったとしても、シーランに引っ越してきたというカザルス家にヒントがあるかもしれないとジラールは考えていた。もともと幼い頃より知り合いでもあるため、ここから情報を得られるかもしれないという期待値も加味していた。
いずれにしても、まずはシーランでレーナに会う必要がある。
見慣れた街並みを歩きつつ、ギルドのシーラン支部に向かう。と、支部からレーナが飛び出してきた。表情を見るに元気でやってそうである。
「あ!ジラールさんじゃないですか。また用事で?」
「レーナさん、こんにちは。元気でやれてるみたいですね?」
「えぇ、お陰さまで!シーランには登録されている冒険者が少ないようで、私にもちゃんと依頼が回ってくるんですよ。今日もこれから一本護衛があるので、現場に向かうところです」
レーナから予想以上の活躍が聞けてホッとするジラール。目的の一つはこれで達成である。
あとは会話する時間が作れるかどうかだ。
「レーナさん。実は貴女に聞きたいことがあるのですが、依頼のあとで結構なので時間を作れますか?」
今にも現場にすっ飛んで行きそうなレーナを呼びとめる。
「大丈夫ですよ!でも帰りが夜になってしまうので、うちに直接行っててもらえますか?場所はギルドに聞いたら分かるので」
結局レーナは、そのままジラールの返事も聞かずにすっ飛んで行ってしまった。
まあ依頼の始めた当初はそんなものだとジラールはうなずく。偶然だが出がけに会えて良かったと改めて思うジラールであった。
その足でギルド支部に入ると待合にいる冒険者と窓口スタッフが緊張するのが見える。
普通にしてくれていいのだが……とジラールは思うのだが、支部という立場上、仕方ない面もあるのかもしれない。
そのまま一つの空いている窓口に向かった。
「忙しいところすみません。今、支部を飛び出していったレーナ=カザルスさんと会話したのですが、彼女の実家に先に行って待っていて欲しいと聞きました。ところが私はその場所を知らないので、教えて頂けますでしょうか」
「少々お待ちください……えっと。あ!要するにカザルス邸の場所ですよね?」
「カザルス邸?」
応対してくれた窓口スタッフは奥から街の地図を取りだした。
「中央のジラール様なのでご存知だと思いますが、登録冒険者の住まいなどは開示出来ません。ですが、カザルス邸は別です。シーランの人間だったら知らない者などほとんどいないと思いますし」
そう言いながら地図を広げ、中心街にほど近い南地区の一点を指した。
レドウから引っ越してきたばかりと聞いていたが、街の名士かと思われるほどの立地と敷地面積にジラールは驚く。
「この場所ですね。ここからすぐ近くです」
「凄いところですね。ところで何故シーランの人間なら誰でも知ってる?のでしょうか」
ジラールは窓口スタッフとのやり取りの中で、一番疑問に思った点について聞いた。
「それはですね。先日の町長選で初当選された新町長だからです」
「え?!それは本当なのですか?」
つまりこういうことらしい。
もともと頭を悩まされていた盗賊討伐を行ったカザルス家は、シーランの人々にとって英雄であった。
その結果、前町長にこのカザルス邸を贈られたのだがそれだけに留まらず、任期満了の町長選の候補として推薦された上、得票率八割という驚異的な数字で当選したのだそうだ。
それだけ盗賊討伐がシーランにとって大問題であったということだが、本人の立候補なしにここまで支持される町長も珍しい。
結果的にそれだけ支持をもらえるのならと本人の同意もあり、ここに港町シーランの新町長が生まれたというわけである。そういった経緯があったため、シーランの人間で新町長の家であるカザルス邸を知らない人間はほとんどいないのだそうだ。
ギルドを後にしたジラールは、随分といろんなことがあるものだと、運命の歯車に思いを巡らせながらジラールは教えられたカザルス邸に向かう。
教えられた場所に向かうと、門のところに二名の警備兵らしき姿が確認できた。
警備兵の意識がジラールに向く。
「用向きをお伝え下さい」
門に立っていた警備兵の一人が機械的に用件を聞いてくる。ジラールを見たことがないために警戒しているようだ。警戒を解くべく、ジラールは自己紹介を始める。
「私はジラール=グレッグスと申します。カザルス家の方々とは昔ながらの知人の間柄ではあるのですが、本日は御息女のレーナさんとこちらで待ち合わせをしておりまして、出来れば中で待たせて頂けたらと思っております。もちろんレナード町長とも面識がありますので、私の名をお伝え頂けたらと思います」
「少々お待ち下さいませ」
警備兵の一人が家の中へ確認に入る。と、思ったらすぐに駆け足で戻ってきた。
「ジラール様。遠路はるばる起こし頂きましてありがとうございます!中でレナード様がお待ちです。どうぞこちらへ」
警備兵に連れられて家に入ると、一階の応接室に通された。そこには既にレナードが待っていた。
敬礼して退室する警備兵。
「おぉ!ジラール君か。何年ぶりかね?立派になって」
「いえいえ。おじさんこそなぜ町長になってるんですか。びっくりしましたよ」
「わはは。なんか気づいたら神輿のように担ぎあげられててだな。まあきっかけは息子なんだがな」
部屋の扉が開いて、奥さんが紅茶と茶菓子を持って入ってきた。
「おばさんも昔と変わらず若いですね」
「あら、お上手ね。レドウにも見習わせないと」
テーブルに持ってきた紅茶と茶菓子を置くと、奥さんもソファに座った。
ジラールも出された紅茶に手を伸ばす。
「今日は一体どうしたんだ?もちろん会いに来てくれて嬉しいが、それだけではないのだろう?」
「えぇ、実はレーナさんの様子を見に来たのですが、どうも忙しいようで、こちらで待ってて欲しいと伝えられまして」
「あぁ。そうでしたね。確かジラール君のお陰で娘は冒険者登録出来たのでしたね」
奥さんも積極的に会話に混ざってくる。
ジラールはその言葉に力強くうなずく。
「えぇ。元気に依頼をこなしているようです。彼女はもともと素晴らしい技術を持ってましたので、あとは私が口添えするだけで活躍する予感はありましたが」
「ふふ。それはきっと私のお陰ですわね。あなた」
「あぁそうだろうな」
カザルス夫妻は顔を見合わせて笑う。その真意をジラールは良く分かっていないといった表情をしている。
「こういうことよ」
そう言った瞬間、奥さんの気配が薄くなる。その時には既にジラールのソファの背後に立っていた。
「素晴らしいですね。そういうことだったのですか。全く知りませんでした」
「そういうジラール君も、全く動揺していないあたり、一流の冒険者ですわね」
ジラールは奥さんの気配が自分の背後に移動したことをちゃんと把握していた。そのうえで紅茶をすすっている。
レーナも含め、これだけの人材が住人なら警備兵なんて要らないだろうとジラールは思う。
「そう。おじさん。これはレーナさんに聞こうと思ってたのですが、レドウ君が読むことの出来る古代文字の事を御存知ですか?彼の話によるとどうもお祖父さまより教えて頂いたとのことなのですが」
ジラールの言葉を聞いたレナードの表情が一瞬硬くなったのを見逃さなかった。
だが、すぐにもとの柔らかい表情に戻る。そしてレナードは、なぜか奥さんを退室させると、厳しい表情でジラールを見据えた。
「……なにゆえ、その情報を欲する?」
ジラールがこれまでレナードから感じたことのない圧力である。素直に話すしかないとジラールは即断する。
レドウが神器を集めており、既に五つのうち三つを手にしていること。
神器を復活させるにあたって、古代文字を読み解いていたこと。
うち一つは八輝章家のどこかが所有しているらしいこと。
残りは一つだが、その鍵であろう指輪を自分が持っていること。
この指輪を神器として復活させようと考えているが、文字が読めず行き詰まり手がかりを探して訪れたこと。
などを、順に追って話した。
その様子をじっと聞いているレナードだったが、ジラールが話し終えると深いため息をついた。
「そうか。事態はそこまで進行してしまっていたか……」
「やはり!なにかご存じなのですね?」
ジラールが問いかけるもレナードは黙ったまま遠くを見ている。
「時を迎えているのかもしれぬ。既に事は起きているようであるし……ならば君に話しても問題はないのだろう」
立ち上がって部屋をぐるぐると歩き回っていたレナードだったが、決意したように再びソファに座りジラールと対峙した。
「君が今欲している古代文字……それは正式には『アスタール文字』と言って、我がカザルス家当主にのみ正しき読み方を伝承される秘文字だ」




