第70話 裏切り
レドウ達三人は雑談をしたり寝たり、時に転移ゲートで戻ったりしながらジラール達三人が戻るのを待った。
最初に戻ってきたのはヘルマンだ。
夜中に風移動による飛行で音もなく戻ってきたため、レーナが気配を探知していなかったら、必要以上に驚くところである。
そう考えると、彼の風移動は無音移動術としても、空間移動術としても有用だ。
フワフワ浮いている姿が馬鹿っぽいからといって侮ってはいけない。
明け方近くになってジラールが戻ってきた。
夜明けを待つために全く無駄のない時間だ。こういうちょっとしたところも彼の行動はきっちりしている。
そして東の空が明るくなり、日の出が間近となった時に飛び込んできたのがユーリであった。
「よし、準備は整ったな」
レドウは集まった皆に視線を向ける。
「ところでレドウさん、これから何をするんですか?とりあえず夜明けまで何も出来ることがないと聞いてただけなんですけど?」
ユーリから質問が飛んできた。
ヘルマンもコクコクとうなずいている。こういう大事な瞬間は彼もフワフワ浮くことなくちゃんと床に立っていた。
「あぁ、この祭壇の力を試すんだ。俺の調査によると力を発揮するのが夜明けとというか日の出の瞬間というか、この時間に限られるらしいことが分かったので、これからそれを試してみるのさ」
「なるほど。そういうことか。先に言ってくれても良かったのでは?」
ヘルマンがやや不満そうだ。
「まぁ、ちょっとな。ジラールとは話していたんだが、事前に話さなかった件については勘弁してくれ」
ヘルマンの視線がジラールに移る。不満の矛先がジラールに向かったようである。
そういった細かいことをレドウが考えるはずがないという先入観があるらしい。
「じゃあこれからそれを試すってことですね。どうやるんですか?」
話さなかったことを特に不満に思ってなさそうなユーリから次の質問がとんでくる。
「もうすぐだが、夜明け~日の出のタイミングを待って、俺が持っているアイテムを祭壇に置く。想定が当たりなら結構な衝撃があるはずだから、みんな離れててくれるか?」
そう言ってレドウが祭壇の前に立つ。手には例のサークレットも持ち、準備は万全だ。
祭壇から一歩離れたところに、ジラールとヘルマンが並んで立ち、少し離れてユーリが立っている。
シルフィはヘルマンとユーリの間から前が視認できるやや後ろにおり、最後方にレーナが全体を俯瞰するように立っていた。
そしてそのときが訪れる。
白み始めていた東の空が一気に明るくなる。日の出だ。
レドウは手にしたサークレットを祭壇に乗せた。
一瞬、ふっと周りの音が消えたような錯覚が訪れた直後、朝の光を浴びた祭壇が目映く発光した!
その光は凝視していたら失明しそうなほどの輝きで辺り一面を真っ白な世界に塗りつぶす。
思わず目をつぶるパーティ一同。
パーティには見えていなかったが、祭壇が発光した光は塔全体に広がっていった。
遠目にこの光景を目にした者には『北の大灯台』そのものが輝いているように見えたことだろう。
そうして塔全体に広がった光は一気に収縮し、轟音とともに稲光となって祭壇のサークレットを直撃した。
《マスター、報告があります。光の神器が復活しました》
タクトの精からの連絡で、我に返るレドウ。
あまりの眩しさに目をつぶり、状況の確認をすっかり忘れていた。
目の前の祭壇には中央に白く輝く聖魔晶が埋め込まれた黄金のサークレットがあった。
(これが、光の神器)
レドウは手を伸ばして手に取った。いや、手に取ったはずだった。
実際にはレドウの手は空を切り、目の前からサークレットが消え失せたのだ。
一瞬、なにが起こったのか分からなかったが、次のレーナの行動で判明した。レドウの目の前から奪われていたのだ。
「ぎゃっ!」
悲鳴を上げたのはユーリだった。捻りあげたその手からレーナはサークレットを取り上げる。
「手癖が悪いね。勝手にもっていくんじゃないよ」
「くっ……な、何を!」
「何を!じゃない。しらばっくれないで!」
取り押さえようとしてレーナがつかんだ腕を振りほどいて距離を取るユーリ。
直前にゴキンという鈍い音がしたため、肩関節を外して逃げたようだ。だが、その時本当の悲劇は他所で起こっていた。
「ジラール!」
ユーリが逃げるのとほぼ同タイミングでジラールが崩れ落ちる。
手で押さえているわき腹から大量の出血があった。
「や、やはりあなたでしたか、ヘルマン!」
「えっ!」
レーナはユーリを視界から外さない程度でヘルマンの方を見る。
そのヘルマンの手には使っていることを見たことのない、アイスピックのような暗器が握られていた。
「ん~。やっぱりそう上手くはいかないか。さっさと神器をもらって退散するつもりだったのに」
ヘルマンから空気の塊が発せられ、レーナとユーリが縁まで吹き飛ばされる。口調まで変わって別人のようだ。
「全く、未熟なくせに忌々しいね。僕の邪魔をするなんて」
さらに追い打ちをかけるように強烈な風刃がユーリを直撃した。やっと事態を飲み込めたレーナはユーリを抱えてその場から離脱する。そう、ユーリはヘルマンがサークレットを奪おうとした気配を察知して、先に手に取ることで守っただけだったのだ。
そんな二人の様子を一瞥すると、ヘルマンはジラールの方を向いた。
「昔からエリート然していて気に食わなかったんだ。丁度いい引き際じゃないかな?あきらかに僕の方が優秀なのになんで君だけ評価されるのか全く分からないよ」
流れるような動きで背中の両手剣を掴みジラールに振り下ろした。しかしその剣は空を切り地面の石畳が叩き割られる。
「レドウ……」
ヘルマンが苦々しげな表情で睨みつける。間一髪レドウがヘルマンの一撃からジラールを助けていた。
「ヘルマン、てめぇ覚悟は出来てんだろうな?シルフィ、ジラールの手当てを頼む!」
「わかった!任せて!」
シルフィはレドウから動けずにいるジラールを受け取ると、邪魔にならないように隅で回復治療を開始した。ユーリを抱えたレーナもその場に合流し、三人をかばうように立ちはだかる。
「シルちゃん!治療に集中してて!私が近づけさせないから!」
「ありがとう!レーナさん」
患者が二人になって大忙しのシルフィ。特に急所を狙われたジラールが致命傷になりかねない重傷だ。ユーリも風刃をまともに食らって虫の息である。
「覚悟?君らごときを相手するのに何の覚悟がいるというのさ。まともに魔法も扱えないレドウが僕に勝てるとでも思う?」
「はんっ!そういう油断が命取りだ!」
レドウに話しかけるヘルマンをレーナが弓で狙撃した……が、矢はヘルマンに届かずに方向を変える。
「うん、そういう飛び道具は僕には効かないよ。鍛え上げた風の鎧が守ってくれるからね。ジラールが倒れた今、僕とまともに戦えるのはレドウだけかな。君はあとでゆっくり始末してあげるから、まぁそこで待っててよ」
「……ヘルマン。いつの間にそんなくそ野郎になり下がった。反吐が出る」
レドウは吐き捨てるように言うと二刀流の片刃剣を構える。
ヘルマンは先ほどから両手剣を構えつつ風魔法で浮かんでいる。そう、彼はタクトを握っていなかったのだ。しかし、ほぼ完璧な形で風魔法を操っている。
「成り下がる?おかしなことをいうね。僕は冒険者として忠実に依頼人の契約通りに行動しているだけだよ。そして君たちも依頼を受けて調査している。どちらも冒険者として当然のことをしているだけじゃないか。ただここまで僕の方が上手だったというだけさ。さてそろそろおしゃべりはいいよね。僕としてもちゃんと依頼を遂行したいんだ。大人しくそのサークレットを渡してくれるかな」
ふっと空を舞ったヘルマンはレドウを飛び越え、レーナの前に降り立った。
「さぁ。神器を寄越すんだ」
「ふざけんな!」
レドウの斬撃がヘルマンを襲う。しかし空に舞って躱すヘルマン。レーナの鼻先で標的を失ったレドウの剣が空を切る。思わずへたり込むレーナ。
「おい。俺を無視すんじゃねぇよ。お前の遊び相手はこっちだろ?」
「はぁ……つまらない戦いはしたくないのだけど、そこまで言うなら仕方ないね。死んでも恨まないでよ」
ヘルマンの身体の周囲を覆い隠すように勢いを増して風が逆巻く。
その竜巻のような渦はさらに上空へと伸びてゆく。
「本気で相手を出してあげるから、さっさと力尽きてよ?お願いだから。戦うのは面倒だから好きじゃないんだ」
「いい度胸だ。この俺の恐ろしさを忘れてしまったってんなら、嫌というほど叩き込んでやる。復習などいらないくらいにな」
レドウは両手の片刃剣を握り直した。




