第69話 光の祭殿
レーナがやや遠巻きに様子を伺うなか、レドウとシルフィは中央の祭壇に向かった。
祭壇はレドウたちがこれまで目にしてきたものとほぼ同じ祭壇である。
「ん……石碑はどこだ?」
そう、石碑が見当たらないのだ。神器復活の条件が記されている石碑が。
闇の祭殿の時には、祭壇の裏に空間があって石碑が存在した。
水の祭殿の時には、入り口の壁の脇にひっそりと立てられていた。
こうした経緯からここが該当の祭殿の一つであるなら、どこかにその石碑があると考えるのが普通だ。
ジラールとユーリは中央の祭壇を中心に調査をしているが、祭壇はあくまで神器復活の場であるだけであり、真に調査すべきは復活条件の記された石碑であることをレドウ達は知っている。
祭壇の周囲にそれらしきものがないことを確認すると、今度は屋上の縁付近にある可能性を探る。
屋上はそれなりに広さがあるが、そこに石碑がある気配はない。
『祭殿には必ず石碑がある』という条件を前提に考えるならこれはおかしい。ないはずはないのだ。
長い年月の間に石碑が失われてしまったのだ。と考えることも出来るが、レドウはその考えをすぐに否定する。なぜなら『北の大灯台』は、先ほどレドウが解除するまで魔元素によって封印され、保存されていたのだ。風化や腐食などで失われるはずがないのである。
では祭殿ではないのか?
この可能性も低いとレドウは考える。
【王者のタクト】の持つ力……魔元素の吸収による封印の解除がなくては、そもそも祭殿にくる事が出来なかったはずである。
「待てよ……祭殿に入るための礼拝の間がない?」
レドウはこれまでの祭殿との差異がまだあることに気づいた。
礼拝の間があることが祭殿の必須条件かどうかは分からない。ただ、祭壇のある祭殿に立ち入る際には入り口に何かの仕掛けとそれを解くための古代文字の記載があった。
ここでレドウは一つの可能性に気づく。
『北の大灯台』という遺跡の『入り口を開け』てここに来たが、それはつまり祭殿への扉の封印ではないのか?ということだ。であれば『北の大灯台』そのものが祭殿であり、建物内のどこに石碑があってもおかしくない。
そう考えると、この屋上に到達するまでの間でちゃんと確認していないのは、入ってすぐの入り口のフロアである。足を踏み入れたジラールパーティもレドウパーティも、延々と続く螺旋階段に目を奪われ、上しか見ていなかったからだ。
(一度戻って見てくるしかない……か)
レドウは祭壇の調査に加わるフリを少ししたあと、シルフィと共にレーナのいるところに戻る。
「このフロアには、神器復活のための情報が記された石碑がない。恐らくは……」
「一階ね?」
シルフィもほぼ同じ結論に至っていたようだ。
「そういうことだ。てことで、ちょっと下を見てくる。俺が行かないとちゃんと読めねぇしな」
「よくわからないけど、兄貴はもう一回降りて戻ってくるってこと?」
会話に割り込んできた妹の問いに軽くうなずく。
「石碑さえ見つかれば、すぐに戻ってくる。俺にはさっきの力があるんで、さっと見て戻ってこられる。もしジラール達に俺が居ないことを気づかれたら、そこの階下で用を足していることにでもしておいてくれ」
用を足す……という理由にシルフィはしたくなさそうであったが、ちょっといなくなる間の対応について二人は了承した。やることが決まればすぐに行動に移すだけだ。
ジラールとユーリの視線が外れたのをみて階下に降りる。ヘルマンはまだ浮かんでいるので放っとけば良さそうである。姿の見えなくなったところで転移ゲートを発動し、一階に降りた。
改めて一階広間を観察する。
明かり用の窓は上階にしかないため、かなり暗い。階段がある以外はぱっと見何もないように見えるなか、入り口から入ってまっすぐ進んだ壁の手前に目的の石碑はあった。
「こんなところにあるとは……随分と意地の悪いところに用意したもんだ」
実際ジラール達がそうだったが、入ってすぐに大灯台の上階と螺旋階段が嫌でも目につくため、どうしてもそちらに注意が行く。しかも周囲を意図的に暗くして石碑が目立たず気づきにくいようにしているあたり意地が悪いと感じるのだ。
「ちゃんと石碑があることを理解している者しか気づけませんよ……ってことか?もしくは上に登ってから気づいても【王者のタクト】を持ってる者なら今の俺のようにすぐに戻れるからいいでしょ……ってことか?」
《ご明察です。そのように以前もおっしゃっておられました》
突然タクトの精から回答がある。まあ正解なんだろうとは思ったレドウだが……
(来たことねぇって言ってるだろ?)
そしてそのレドウの問いかけには答えないタクトの精である。
(まあいいか。早く調べちまわないとな)
石碑に記された碑文を確認する。
いつものようにここの文字も例の古代文字である。
まるごと封印されていただけあって、ここの碑文も真新しく感じる。大灯台に属する全ての物が、造られてから時が止まっていたかのようだ。
「えっと?『闇より光現れし刻、祭壇にて知恵の象徴を掲げよ』……か。わかりやすいな。今回のは」
碑文を理解したレドウはさっさと転移ゲートで屋上に続く階段の手前に戻る。
歩きだそうとしたところへ、ジラールが上から現れてレドウはちょっと驚いた。ぎりぎりのタイミングだ。
「こんなところで何をしてたのですか?」
「ん。シルフィに言伝てしておいたが、聞いてないか?」
ジラールの表情は納得いっていない様子だ。
「えぇ、用を足しにこっちにと聞きましたが、先ほど見たときには居なかったのでおかしいと思いまして」
なるほど、もう既に一度様子を見にきていたようである。
「ついでに下の方を見てきたんだ。あの中央の祭壇には情報がなさそうだったんでな」
嘘は言っていない。ちょっと下なのか随分下なのかの違いはあるが。
やはり納得は言っていないようだが、ジラールの表情からは警戒が薄れた。
「で……なにか分かったことはあります?」
「夜明けまで待つ。今は何をしても何も起こらないことだけは分かった。夜明けを迎える頃、俺に任せてくれ」
その言葉でジラールは納得する。
神器の復活に、定められた時間があることは伝わったようだ。
ただ、夜明け前まで待つと言ってもまだ昼過ぎである。
風移動で行き来を行うジラール達は一度大灯台を降りるそうだ。夜明け前までには戻ってくるとのこと。
移動が大変(だと思われている)なレドウたちは残ることになった。
「私はここに居たいんだけど、お手洗いにも行きたいし……」
と言いつつ、ユーリもジラールに従って降りていった。
残されたレドウたち三人。
レーナに降りていくジラール達の気配を探ってもらった上でレドウは話し始めた。
「予想通り、石碑は一階にあった。夜明けにこいつを祭壇に捧げたら神器復活だ」
レドウは転移鞄から実家……実際には奪われて盗賊のアジトにあったサークレットを取り出した。
「ちなみにジラールだけは俺が神器復活の儀式を行うことを知ってる。他の二人には伝えないよう約束をしているから伝わってないはずだが、もしこの情報がジラールから事前に漏れている場合、ジラールも信用できないと考えて欲しい」
レドウの言葉にうなずく二人。
「で、レドウ?えっと……」
「どうした?」
シルフィが何か言いにくそうにしている。
「言わねぇとなんだかわからねぇだろ」
「あ、うん。私もお手洗いに行きたいかなぁ?って」
「行ってくりゃいいじゃねぇか。俺に断る必要あるか?」
よく分かっていない様子のレドウ。そして妹に頭をひっぱたかれる。
「痛てぇじゃねぇか!」
レドウは妹に詰め寄る。
「悪いのは兄貴だよ。シルちゃんみたいなレディにその辺でとか。馬鹿じゃないの?」
「別に覗いたりしねぇって」
「そゆことじゃないでしょ!」
再びレーナに頭をひっぱたかれる。
シルフィはそこまでしないでも……といった感じでアワアワしていた。
「あの……うちまでゲートをつないで欲しい。そしたらサッと行ってくるから」
「わかった。……あ、そうだ。どうせ一度戻るならアイリスにも今の状況伝えといてくれるか?これ(通信魔導具)越しでうまく説明するのは面倒くせぇ」
「そうする」
レドウはタクトを振るって消えない転移ゲートを創り、シルフィを送り出した。
「レーナは?」
「じゃあ、あたしも行ってこようかな。なんか食べ物も持ってくる」
「簡易なやつでいいぞ。あんまり豪華な飯をここで食べてるのもおかしいからな」
今度はカザルス家の自分の部屋にゲートをつないで、レーナを送り出す。
戻ってくるのはレーナが早かった。簡単に頬張れるパンやサンドイッチ、飲み物などを持って戻ってきた。
それを食べているとシルフィが戻ってきた。
「あ!ご飯食べてる」
シルフィを待たずに食べ始めたことを責められたが、レドウはどうでもいいことだと思った。
食べられる時に食べておくのが冒険者……探索の鉄則である。
とか適当に言いくるめてシルフィの怒りを強引に静め、サンドイッチを差し出した。
「これ凄い美味しい!」
レーナの持ってきたサンドイッチを絶賛するシルフィ。多分、中身は母親作の海鮮サンドだ。
シルフィの感想を聞いてニマニマしているレーナ。
いや、お前が作ったんじゃないだろ?これ。と心でツッコむレドウ。
「ところでアイリスには会えたのか?」
「大丈夫。ちゃんと会えたし伝えたよ。気をつけてねって言われた」
もしゃもしゃサンドイッチを食べながらシルフィから答えが返ってくる。
大した伝言じゃなくても、先にそれを伝えて欲しかったと思うレドウであった。




