第6話 雪に閉ざされし遺跡
翌朝、レドウ一行は村長の案内で遺跡に向かった。
昨日の話の通り、山間にある小規模な渓谷の底に入り口があるのだが、村から入り口に向かって続くような平坦な道はないため、一度村長の畑まで向かった上で、滑落したという箇所から縄梯子で下に下りていった。
底から上を見上げると身長の5倍くらいの高さはあるだろうか。結構な高低さだ。
「おっさん、よくここ落ちて無事だったな」
「下が新雪だったので、なんとか助かりました」
「ここ落ちてどうやって助かったの?上まで戻れなくない?」
シルフィも不思議そうな様子だ。レドウとちがって落ちたことよりも戻りの心配をしているようだが。
「そもそも私が一人で訪れていたわけではなく、一緒に来ていた村の若者がこの縄梯子を下ろしてくれたので助かったのです」
「遺跡の目的が気になりますね。何のためにこんな人目を忍ぶような場所に入り口を設けたのか」
「遺跡ってもんは遺跡になる前は遺跡じゃなくて施設として使ってたはずだ。こんなとこにあるんじゃ使い道がわからんな」
「で、入り口ってどれ?」
「こちらです」
村長が指差したのはただの雪の壁だ。ただ、確かに天然の壁にしては整然としすぎているような印象を受ける。
「壁……だな。また雪で埋もれたか?」
「正直申しまして、入り口とはっきり自信をもって言えないのです。実は私も若かりし頃少しだけ冒険者をしていた時期がありまして」
村長が遠い目をしている。
「当時遺跡でよく目にした古代文字のようなものが雪の削れた上の方にあったのです。ですので、姿を現したのはほんの一部だったのですが、少なくとも遺跡の一部であろうと。そう判断して連絡したのです」
「ともかくここにあると。まずはそう考えるしかないか」
と、ここでシルフィがタクトを握り締めて壁の前に歩み出た。ずっと被っていたフードもいつの間にか脱いでおり、銀髪が雪の照り返しを受けて輝いてみえる。
「私にまかせて!こんな雪すぐに溶かしてみせるわ。みんな離れてて」
「シルフィ、お願いします」
「ファイアボール!」
シルフィがタクトを上段に構えるとタクト全体がほんのり赤く輝いた。次の瞬間、タクトの先に直径がシルフィの身長と同じくらいの火球が現れる。
魔法を使うには術者のイメージ力が重要だ。
起こしたい事象をどれだけ正確に術者がイメージし、そのイメージをタクトを使って魔晶石から魔元素を抽出できた時に魔法が完成する。
自身の言葉とリンクさせることで毎回同じイメージを思い起こすために、シルフィの今の掛け声のように言葉を紡ぐ者も多い。
シルフィが上段に構えたタクトを雪壁に向かって振り下ろすと、火球はものすごい速度で雪壁に直撃し、爆発した。
立ち上る雪煙が収まったあと、四人の目の前に現れたのは分厚い氷壁とその奥に見える遺跡の石扉だった。
「うそ、全然壊れてない。表面の雪をはらっただけ?!」
「これは手強いですね。まさかあの威力でビクともしないなんて」
「いいえ、諦めない!何度でも」
再びタクトを持ち直し、振りかぶろうとするシルフィ。
「ここは、俺様の出番のようだな」
様子をジッと見ていたレドウがシルフィの前に出た。
「その大剣で?」
「なんで剣を使う必要が……魔法使いだと言ってるだろう?とりあえずみんな出来るだけ離れてな。手加減ができんから」
レドウは腰のモノタクトを抜くと、懐から魔晶石を一つ取り出してセットした。
シルフィ、アイリス、村長の三名が各々背後の壁に張り付くくらい離れるのを確認すると無造作に氷壁に向かって振った。
モノタクトが目もくらむような赤い閃光を放った次の瞬間、氷壁は谷の上まで覆い隠すような業火につつまれた。
「すごい!」
驚くべきはその火がいつまでたっても消える様子がないことだ。あたりの雪まで蒸発させ、あたりは水蒸気と炎しか見えない。
「で、すごいのはわかったけど、これいつ消えるの?」
「んむ。魔晶石に含まれている魔元素を使い切ったら消えるぞ。その頃にはさっきの氷も溶けてるだろ」
「とっくに溶けてるでしょ!」
レドウのタクトからは未だに赤く輝くエネルギーが炎に向かって供給され続けている。おかげで炎は衰えるどころかなおその勢いを増しているように見える。
「あまり長く続くと危険なのは間違いなさそうですね。炎周辺の岩も熱で赤く溶け始めているようです。下手したら崩落するかも」
「わ、私は退散したほうが良さそうですかね」
既に腰が引けている村長は、恐怖に引きつった表情だ。
「いえ、今動くのはかえって危険です。しばらくは私たちと一緒にじっとしていてください」
「わ、わかりました」
「……お、そろそろ魔元素が尽きるぞ」
言葉どおりレドウのタクトの輝きは明るさを失いつつあった。
それに連動して、天にも昇る勢いだった炎の壁は徐々に低くなっていき、魔元素の共有終了と共に消え去った。
あたりを覆っていた水蒸気が晴れると、行く手を阻むように立ちはだかっていた氷壁は綺麗に消失し、その奥に豪華で巨大な石扉が全貌を現した。
扉には、大きな鳥をデフォルメしたような生き物とその生き物が足でツタの巻きついた大きな岩?を掴んでいる。そんな文様が左右対象的に扉にレリーフで描かれていた。
良く観察すると、扉の周りはレドウの炎で熱せられた岩石が赤熱状態となっているのに対し、扉には特に目立った変化は見られない。
本当にただの石なのか疑わしく、おそらくは熱に強い聖銀などの鉱物が含まれていると考えるのが妥当だろう。
「こいつはすげえな」
目の前に聳え立つ扉を前にレドウは立ち尽くす。
「圧巻です」
「扉から威厳が伝わってきます。存在感が普通じゃないですね」
村長を含めた四人はしばらく扉を眺めていたが、ふいにレドウが首をかしげた。
「ん?そういえばこのレリーフ、どっかで見覚えがあるな。どこで見たんだっけな……」
「旧帝国の紋章とかじゃないの?この地の遺跡って、ほとんどが旧帝国の遺産なんでしょ?」
「レドウさんならいろんな遺跡に入ってるわけですし、どこかで目にされていても不思議ではないと思います」
アイリスの言葉を受け、レドウは再び扉の文様に目をやる。
「いや、まあ思い出せないんだが、遺跡で見たんじゃないと思う。ん、ダメだな。やっぱり思いだせん。ま、いっか」
「軽すぎ。どうせならもうちょっと真剣に悩みなさいよ」
思い出せないことを真剣に悩む様子もないレドウに呆れ声のシルフィ。
「わかんねぇことを必死に考えたって、わかんねぇんだ。時間の無駄。遺跡に入ろうや」
「そうですね。そのために来たのですし。村長さんはどうされますか?」
アイリスは完全に腰を抜かしている村長を振り返った。
「あ……いや、私は村へ戻ります。縄梯子はそのままにしておきますので」
「わかりました。探索にどのくらい掛かるか分かりませんが、もし明日戻らないようでしたら、一度様子を見に来て頂けると助かります」
村長はアイリスの言葉にこくこくとうなずくと、縄梯子を上って帰っていった。
「ねぇ……。これどうやって開けるの?ビクともしないんだけど」
気づくとシルフィが扉をグイグイと押している。
「おいガキ!勝手に扉に触れるな!罠や仕掛けがあったら死ぬぞ!」
レドウの警告にあわてて扉から飛びのくシルフィ。そしてそのまま後ろに転びそうになるところをアイリスが受け止めた。
「そ、そういうことは早く言ってよね!」
「言う前に勝手に触ってただろうが。こういうことは俺たち冒険者に……」
レドウが二人のところまで来たとき、扉は静かな音を立てて開き始めた。
「お?お?……ほらな。計画通りだろ」
「いまのは偶然でしょ!」
「偶然にしても気味が悪いですね。さっきまで開かなかった扉が、なぜ急に?しかも自動で?きっかけは?動力は?そもそも扉が罠?」
悩むアイリスをよそにレドウは入り口に向かって一歩踏み出した。
「罠だったらわざわざ氷の中に隠れちゃいねえよ。三人揃ったところで『どうぞいらっしゃいませ』と開いたんだ。仕掛けはあるんだろうが、入ってやろうじゃないか」
そう言って先陣を切って遺跡に足を踏み入れたのだった。