第67話 立ちはだかる扉
翌朝。結局あまりよく寝られなかったレーナは日の出とともにテントから出た。
アルカス山脈から海に向かって吹き下ろしている朝の風がひんやりとして心地よい。
テントの中ではまだレドウとシルフィが寝こけている。
もう一つのテントから最初に顔を出したのはジラールである。
レーナに軽い挨拶をすると、車から機材を出して朝食の準備を始めた。
しばらくすると眠そうな顔をしつつもユーリとヘルマンの二人もテントから顔を出す。
昨晩の出来事を思い出し、この三人のうちの誰かが……と、どうしても考えてしまうがそういう人間が態度でバレるようなヘマをするとは思えない。
結局あれこれ考えてしまうレーナが最も挙動不審である。
「レーナ……さんでしたっけ?」
そんな挙動不審なレーナに、ジラールの弟子であるユーリが話しかける。
「あ!は、ひぁぃ!そうでございます」
返事も実に怪しい。そんなレーナの様子を不思議そうに見ているユーリ。
「えっと……何か驚かせてしまいました?」
「あ、いえいえ。ごめんなさい。何でもないです。あたしがレーナです。ジラールさんのお弟子さんでしたっけ?」
レーナはやや申し訳なさそうにしているユーリに必死に弁解する。
「そうです。ユーリといいます。レドウさんはまだ起きてらっしゃらないのですか?」
きょろきょろと周囲を見渡すユーリ。
「あぁ、兄貴かい?まだ起きてきてないみたいね。何か用?伝えとくけど」
周囲を見渡していた視線がレーナに戻ってくる。
「いいえ。特に用事があるってわけじゃないんです。……レドウさん、格好いいですよね?以前お会いしたときから思ってたんですけど、実は私、ああいうワイルドな感じが好みでして」
「ええぇ?!」
レーナは絶句する。
「私、師匠に謹慎を命じられていたのですが、レドウさんが来ると聞いて必死に頭を下げてお願いしてついてきたんです。昨日の食事の時にはあまり話せなかったので、お話したくてですね……」
昨日、ユーリがレドウと会話出来なかった理由は明白である。
レドウと席が離れていたことに加え、隣にシルフィがひっついて独占していたからである。そうなるよう暗にレーナもシルフィに手を貸していたわけなので、ユーリの言葉がチクリと刺さる。彼女に悪気があるのかどうかは分からないが、レーナにはそう聞こえてしまう。
(しっかし、あの兄貴がモテてる??んなバカな)
変に考えこんで黙ってしまったレーナを、きょとんとした表情で見るユーリ。
「あぁ、ごめんなさい黙ってしまって。兄貴が起きてくるのはしばらく先だと思うよ。あんまり朝に強くないし」
「そうでしたか……。では起きてくるのを楽しみに待ってます」
そう言ってジラールの手伝いを始めたユーリ。
レーナは改めてジラールパーティの様子を観察する。
リーダーのジラールは実に堅実で優秀。個人の行動はもちろんパーティ全体の様子を考えての気配りも忘れていない。
『集団行動を行う場合にリーダーがすべきこと』という教則本があったらそこに書かれていることの全てを行っているような……そんなお手本のような行動を地で行っている。
先ほどレーナと話していたユーリはお弟子さんと言うだけあって、そのお手伝いを献身的にこなしているような、そんな雰囲気である。
比較対象のジラールが完璧すぎるのでどうしても至らないところが目に入ってしまうが、一般レベルであれば普通にリーダーが務まりそうな印象を彼女から受ける。
ヘルマンははっきり言って変人である。
さっきから風移動という風魔法の応用なのか、空中を飛び上がっては降り、降りては飛び上がりを延々を繰り返している。
朝起きてからずっと……である。
いい加減馬鹿なんじゃないのかとレーナが思い始めた頃、今度は行ったり来たりの横移動に変化する。
風魔法の鍛錬……なのかもしれないが、彼はレーナの中で理解出来ない人の筆頭にこの一時で上り詰めてしまったのだ。
でも一応聞いてみた。「何をされているんですか?」と。
返ってきたのは「見て分からないのか?」とのお答えである。
(うん。残念ながら分からないんだよね。だから聞いているだけど……)と、ぶっちゃけたい気持ちをほんのちょっとだけ抑えつつ、でも結局は「えぇ、全く分からないです」とぶっ込むレーナ。
回りくどい言い方や探りなどは大の苦手なのだ。直球勝負である。何も抑えられていない。
「……鍛錬だ」
ここまで引っ張っているのにヘルマンから普通の答えが返ってきてレーナは納得がいかない。
丁寧に礼を言うとさっさとその場を離れる。
今度はクルクルと回り始めたヘルマンを尻目に、良い匂いのし始めたテーブルに座る。この雰囲気はキャンプのようでちょっと楽しい。
「おぅ。美味そうな飯が出来てるじゃねぇか!」
ここでレドウが起きてきた。後ろにはシルフィもついてきているがかなり眠そうだ。
すかさずユーリがやってきてレドウの腕を取る。
「こちらへどうぞ」
後ろにいたシルフィの目がくわっと見開かれる。先ほどまでの眠そうな顔が嘘のようだ。
ユーリの大きめの胸が腕に押しつけられるのを見てさらにシルフィの髪が逆立った……ように見えた。
「エスコート付きの朝食とは贅沢な待遇だな」
「そんな待遇をするよう依頼した覚えはありませんが……」
ジラールがユーリを嗜めると、ペロッと舌を出してレドウから離れた。
ちょっと残念そうなレドウ。だが、その視界にまだふわふわと飛んでいるヘルマンの姿が飛び込んでくる。おもちゃを見つけたとばかりに大声を出した。
「ヘルマン!ふわふわ遊んでねぇでこっちきて相手しろよ。飯だぞ!」
「遊びじゃなく、鍛錬なんだが?」
「んな鍛錬あってたまるか。無駄だ無駄。さっさと降りてこい。それともそれやらないと魔元素の制御が出来ねぇのか?」
「……」
不満そうなヘルマンだったが、レドウの言葉に大人しく従って降りてきた。その様子を見てこっそりガッツポーズをしたのはレーナである。
自分が言いたかったことを代弁してくれた兄貴に感謝である。
ジラールの絶品朝食を堪能した六人は、ジラールの案内で『北の大灯台』の入り口に到着した。
遠くから見ても天を突き上げるようなその建造物は、近くで見るとその圧倒的な存在感はよりリアルに冒険者に迫ってくる。
言葉にするなら『来るなら来てみろ。攻略出来るものならやってみろ』と言わんばかりと言えば伝わるだろうか。
「凄いを通り越して……怖いかも」
「シーランからも見える程だからね……」
シルフィとレーナのそれぞれの感想は『畏怖』であった。
それも仕方ないことかもしれない。これほど高さのある建造物はヴィスタリア連合王国において、ここをおいて他にには存在しないからだ。
一方でヘルマンとユーリの反応は好奇心が先に立っているように見える。
既に調査で何度も来ているジラールに反応がないのは、今さらなのだろう。
「レドウ、あれ!」
シルフィが思わず大きな声を上げる。
高さ10ルード、幅8ルードはあろうかという大灯台の巨大な扉には、見覚えのあるレリーフが描かれていたからである。
よく見るとその周辺には例の古代文字も彫られているようだ。
「あぁ『南岸遺跡』でも見たな」
「う、うん」
レドウの返しで、失言に気づくシルフィ。レリーフや古代文字のことは秘密である。
ジラールはその意匠や文字がレドウにとって意味があることを知っているが、その他の者……レーナに対してでも秘密にすべきことであることを思い出す。
だが、シルフィが声を上げた時に一瞬漏れ出た殺気にも似た気配があったことにレーナは気づいていた。
シルフィが何故声を上げたかなどは知らないし興味もなかったが、この気配はレーナを戦慄させた。昨日感じた気配と同じものであったからだ。
慌てて消したようで、レーナには誰から漏れた気配なのかは分からない。
しかし疑いは確信へと変わる。やはり昨日の出来事は夢などではなく『間者』は居るのだ。
「各自、これから自由調査としましょう。最初の目標は扉を開けて中に入ることです。これまで誰も開けたことがないとされている扉なので焦らずじっくり調査していきます。何か気づくことがあれば情報の共有をしながら解錠条件を探っていきましょう」
一瞬ジラールの視線がレドウに向けられる。「任せましたよ」とでも言っているかのようであった。
ジラールの調査開始の合図に真っ先に行動を開始したのはヘルマンである。
風移動を使って扉の前に誰よりも早く到達すると、そのまま空へと舞い上がる。そしてそのまま扉を越えてどんどん上昇していった。
「……やっぱりアホなのか」
思わず声に出してしまうレーナ。そんなつぶやきを逃さずキャッチするレドウ。
「あっはっは。戻ってきたらそのまま言ってやれ」
「いやよ。何でわざわざ喧嘩のもとを作らなきゃならないのさ」
「でも、あんな風に魔法で飛べることは凄いと思う」
素直に魔法の使い方を賞賛するシルフィと、レドウやレーナの反応は対象的であったがヘルマンの行動が三人の目を引いたことだけは間違いなかった。
「じゃあ俺たちは、空以外から調査するか」
レドウは大灯台の扉がよく見える真っ正面に移動した。
この位置からだと扉のレリーフと文字がよく見える。巨大なレリーフと巨大な文字が扉いっぱいに彫られているため、距離を開けて遠目に眺めないと何が彫られているのかよく分からないのだ。
長年海風に晒されている割に、腐食なども起こらずはっきりと文字が確認出来るのは不思議だったが、彫られている文字を読むとその理由がすぐに判明する。
(えっと?……『光を求めし者、闇をもって扉の封印を払え』……か。つまり魔法で封印されているから【王者のタクト】で封印魔法を吸い取れということかな?タクトの精君)
《ご明察です。なお、扉の封印を施したのはマスターです》
(あん?……俺はそんなことしてねぇぞ?来たこともねぇし)
もう一つの疑問にタクトの精は応えない。
レドウはジラールが調査している扉の前に近づいてゆく。空からヘルマンが舞い降りてきた。
「ところどころに窓のような穴が開いているが、なぜかそこからは入れないな。なんというか結界のような……よくは分からないが、何かでふさがれている印象だ」
ヘルマンの報告が的を射ている。ただフワフワ飛んで遊んでいたわけではなさそうだ。
「ヘルマンありがとう。レドウは何かわかりました?」
「あぁ、ちょっと試してみたいことがあるんで、二人とも少しどいててくれるか?」
さすがに間近で見られることを避けるため、人払いを伝える。後ろに控えていたシルフィのところまでジラールとヘルマンが下がった。
それを確認した上でレドウは懐から【王者のタクト】を取りだして振るった。
(よし、タクトの精君。扉にかかった封印魔法を吸いつくせ)
《承知致しました》
と、次の瞬間バチッと稲妻のような音がしたかと思うと、レドウと扉の間で魔元素と思われるエネルギーがスパークした。眩い光と共におびただしい量の魔元素がレドウの持つタクトに流れ込んでくる。
ほんの一瞬の出来事だったのかもしれないが、その場に居たパーティにはかなり長いこと光っていたように感じられたのだ。
そして、発光が止むとともにレドウへの魔元素エネルギーの吸収が完了したのである。
「お、終わったぞ。多分開いたはずだ……」
扉の前に集まった五人が目にしたのは、その場に尻もちをついたレドウと、一千年の時を経てようやく開いた扉の隙間であった。
1話分書き終えたので投稿しました。




