第65話 出発
妹に連れられて向かったカザルス家の新居。
驚いた事に郊外どころか中心街から数本道がズレているだけで、交通の便が良さそうな南地区の一画にある豪邸だった。
「んなバカな。何をどう間違えたらこんな好立地の豪邸が買えるんだよ。さすがにそこまでの金は渡してねぇぞ?」
新・カザルス邸を見たレドウの第一声がこれである。
港町シーランの一般戸建て住宅の二、三倍はある敷地に三階建ての邸宅で、豪華な庭と池までついている。
そもそも豪邸がどうという以前に、両親と妹の三人暮らしで必要な広さとはとても思えない。
最近はアスタルテ家のお陰で広い家に入るのに慣れているレドウではあるが、まだ一般感覚が抜けているわけではない。ロイズ地区で貧乏暮らしをしていたカザルス家がこの家に引っ越して住んでいるということにはかなり違和感がある。
隣を見ても広い家しか見ていないシルフィがいるだけなので、全く同意を求められない。家とはこういうものだと錯覚していそうである。
「とりあえず、親父に話を聞くしかねぇか」
レドウとシルフィが、レーナに連れられて新・カザルス邸に入ると、母親に出迎えられた。
シルフィのことを話すと大歓迎モードだ。
実家のはずが何故か客間に通され、レドウは親父がやってくるのを待った。
さすがにシルフィはそわそわして落ち着かない様子。
よく考えると、レドウが前回ロイズで会った時には両親とも重症で、まともに親父と会話していない。妹はともかく両親とまともに会話するのはそれこそ十数年ぶりということになる。
しばらくしてなんか高級そうなガウンを羽織った親父が現れた。こんな豪邸に住み始めてなんか勘違いをしてそうだ。
「レドウか。久しぶりだな。というか、ロイズの盗賊騒ぎの時の礼も言えてなかった。ありがとう」
「あ、いやまあそれはいいんだけどよ……」
親父の第一声は感謝の言葉であった。あまり想定していなかった反応に戸惑うのはレドウ。
実家に住んでいた頃は怒鳴られてばかりで偉そうな親父という印象しかなかったのもその理由だ。
「てか親父、この家どういうこったよ?養生するようにとレーナのやつに確かに金は置いていったが、こんな豪邸買える金なんてなかったはずだぞ」
「あぁ、それはな……」
親父の説明を要約するとこの家はレドウとレーナによる盗賊討伐の手柄に対して、港町シーランの市民から贈られた報酬なのだそうだ。
盗賊団の被害はロイズ地区とセーリア川流域の住民たちが主であったのは間違いないのだが、特にセーリア川流域の住民はシーランの管轄内なのだそうで、住民からシーランへ討伐要請と被害届が多数届いていたのだという。
だが被害状況を確認すればするほど、盗賊団の首領とその部下達の武力が強大であることを知り、打つ手がなく頭を抱えていたというのが現実であった。そこへレドウたちの手で討伐されたという吉報を受けたということである。
報告したのは、レドウとレーナが介抱した娘達である。
あの娘達の中にセーリア川流域住民の長の娘が混ざっていたようで、話がどんどん大きくなり『ロイズ地区のカザルス家に多大な報酬を』との声が多く上がったのだという。
そんなおり、どこからか親父たちカザルス家がシーランへの転居を考えていることを聞きつけた町長と街の名士からこの家を贈られたのだそうだ。
「つまり、金は使ってないってことか……」
「贈られただけだからな。まあワシも奴らと戦っての負傷だったし、貢献してないわけではないので遠慮なく使わせてもらうことにした。当然盗賊を殲滅したお前の家でもあるので、自分の家として過ごしてくれ。……あぁ、金は使ったよ。怪我の治療にな」
親父が力こぶを作って見せる。元々冒険者になれるレベルの武闘派ではあったが、無駄に元気になっているのではないだろうか。
「まあ、元気ならいいさ」
「で、その隣の可愛らしい方が……アスタルテ家のお嬢さんか?」
レドウの隣にちょこんと座って固まっているシルフィに声をかける。
急に呼ばれてぴょこんと立ち上がるシルフィ。
「あ、はい。私はシルフィア=イスト=アスタルテと申します。こちらのレドウさんには大変お世話になっておりまして、現在は当家で雇わせて頂いております」
「ご丁寧に挨拶頂きましてありがとうございます。ワシが現カザルス家の家長でレドウの父親であるレナード=カザルスでございます。うちの倅が失礼をしてなければ良いですが」
親父とシルフィの馬鹿丁寧な挨拶合戦に唖然とするレドウ。
どちらもレドウの知っている二人とはかけ離れている。
「娘に聞いたが、明日『北の大灯台』に向かうそうですな。今夜はうちで泊まっていきなさい。部屋なら沢山ありますのでな。」
ここで母親が入ってくる。
「ミラ、今日は歓迎会だ。豪勢に頼むよ」
「えぇもちろんですとも。腕によりをかけてご馳走を用意しますわ。レーナにも買い出しに行ってもらってます」
なるほど。姿が見えないのはそういうことかとレドウは納得する。
「よし、じゃあ適当に家の中を見させてもらうわ。急に自分の家だと言われても実感ないしな」
「私もついてく。おとうさま、失礼致します」
聞き捨てならない単語が今度はシルフィから飛び出した気がする。
突っ込むと悪化するだけの予感がするため、レドウは気づかなかったことにして聞き流すことに決めたようだ。
新・カザルス邸の中を探索するレドウとシルフィ。
一階は豪華なエントランスの他に、リビング、応接、食堂、台所、客間などがあり普段使いに利用する階のようだ。
二階は両親の寝室があった。そのほか何に使っているのか知らないが書斎っぽい内装になっている部屋と、母親ミラの趣味の部屋があり、その他は空き部屋になっている。
三階は全てが空き部屋となっていたが、その全てにその部屋だけで生活出来るほどの調度品やベッドが置かれている。それぞれの部屋が住人の個室として利用できそうな豪華さだ。部屋一つ一つが昨晩の同伴宿の部屋と同等の豪華さであったのは驚きである。
結局、レドウとシルフィは三階の二部屋を使うことにした。
そして夕食。
妹の買ってきた新鮮な海の幸を、母親が腕によりをかけた海鮮ディナーが並んでいく。
シーランにきて腕が上がったのか、それともレドウが実家を離れていた間に少しずつ上達したのか知らないが、レドウの記憶のなかのどれよりも美味い料理だった。
「実家の味は身体が覚えていて美味いと言うが、昔の記憶より格段に美味くなってる気がする」
レドウの率直な感想に満足気な母親の笑顔が印象的だった。
翌朝、レドウとシルフィが待ち合わせ場所であるシーランの北門に向かう準備をしていると、何故か妹が後をついてくる。
「『北の大灯台』には、あたしもついていくからね?」
と、言い出す始末。そもそもついてくることを想定していないし、ジラール側の正確な人数も分かってないので多すぎる可能性があるとレドウは即座に断るが、そう簡単に引き下がる妹ではない。
港町シーランに来たことで、これまでの「狩人」としての仕事はなくなったため、身体を動かして仕事をしたいレーナは持て余し気味なのだそうだ。そこでレドウのように冒険者ギルドのシーラン支部で冒険者登録をすることも考えたが、そもそもやっていけるかどうかを「お試し」するにはちょうど良いので連れてって欲しいと、そういうことらしい。
性格的に引き下がる気配が全くないため、実際にジラールと合流した上でパーティの空きがあるようなら連れて行くし、多い場合は置いていくことを条件に少なくとも待ち合わせ場所まではついてくることになった。
「絶対に役に立つって!」
妹は簡単に言ってくれるが、遺跡の中はスペースが限られていることが多く、最も優位性のある弓の実力を発揮出来るかが心配である。
もちろんこないだの盗賊討伐の時に実力を理解しているので、バゼラートによる暗部系の身のこなしを身につけていることは知っているが、その練度は弓に比べたら一歩劣るのは事実である。
「レーナさんも戦えるのね?」
「もちろんよ。百発百中の弓と母さん直伝の暗殺術が冴え渡るわよ!」
シルフィの問いかけに明るく自慢気に返す妹。百発百中というのは盛りすぎだろうと思いながらも、その受け答えに驚いたのはレドウである。
「マジか?母ちゃんが暗殺術?!一般人じゃなかったのかよ」
父親が、元傭兵であったことは知っていたが、母親は一般人だと思っていたのだ。そもそもそんな素振りすら見せたことはない。
だが妹によると事実であり、完璧に一般人を装っていたので分からなくて当たり前なのだそうだ。
余談だが、二人の出会いは要人警護を請け負っていた父親のところへ、その要人を暗殺するために母親が襲撃したのが最初のきっかけだそうである。知らなくて良かった事実かも知れないとレドウはため息をついた。
そんなことなど微塵も感じさせない二人の明るい見送りで、妹を加えたレドウたち三人はシーランの北門に向かう。
新・カザルス邸が南区画の一等地であるため、北門に出るには街を縦断する必要がある。
街の中を移動するために定期的に走っている魔導車に乗り込んだ三人。港町シーランは非常に広く、街の中の移動のために乗り合い魔導車が走っているのもこの街の特徴である。
本気で歩いて行ったらそれだけで一日が終わってしまうほどの規模だ。
北門付近で降りると既にジラールの姿が見えた。
付近には、以前見たお弟子さんくらいしかいるように見えない。
「お、待たせたか?」
「いいえ、私たちも着いたばかりです。三人ですか?」
「それなんだがな……」
もともとシルフィと二人でくるつもりだったが、妹がついて行きたいと聞かないので仕方なく一旦ここまで連れてきたことを告げる。
「まあ六人ならギリギリ大丈夫じゃないですか。うちは合流が遅れてますが、あと一人増えるだけですし」
「ヘルマンか?」
「そうですね」
レドウとジラールのやりとりを聞いていたレーナが目を輝かせる。
「じゃあついて行ってもいいんだな?」
「ジラールに迷惑かけんじゃねぇぞ?」
「大丈夫だって!」
レドウが注意をするが、妹にはまるでこたえてないようである。
「そういう意味では、うちのユーリも似たようなものです。先日やらかしたので謹慎中にしていたのですが、レドウが来るならどうしても行きたいとごねたもので、仕方なく連れてきたのですから」
傍らのユーリが申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
その後互いに自己紹介をしていると、遅れてヘルマンが風移動でやってきた。実家から来たのだろうが、相変わらずヘルマンは風移動を使いすぎである。
ヘルマンを加えた六名は、ジラールが借りておいたレンタル魔導車に乗り込み、一路、海岸線を北へ向かったのだった。




