第64話 レーナの大作戦
「じゃあ、貴女がアスタルテ家の?」
「そうよ。でも畏まられても困るから普通でお願いね」
レーナが加わって、シルフィとの女子トークに花が咲く。
最初の店で服を見ながら楽しげに会話している。
レドウは若干置いていかれ気味だが、妹の登場に正直救われた気持ちでいた。
あとのことを妹に任せ、表で待っていようとこっそり外に出ようとしたところをシルフィに見つかり「ちゃんと店内にいてよ」と釘を差された。あれだけ会話と服選びに集中しているのによくもまあこっちまで気がつくものだ。
手にしている服は、最初にレドウと着たときに試着していたパターンの服の色違いや、ちょっとしたデザインの違いを吟味しているようである。
既にそういう系の服を着ている妹の意見も参考にしているようで、彼女もつきっきりで相手をしている。妹も楽しそうにしているので、まあこれでいいのだろう。
気に入った数着の服を手に店を出る三人。
「はい、これお願い」
と、渡された服をレドウが特製の魔法袋にしまう。
これは転移ゲートを利用したレドウの鞄で、アスタルテ家のレドウの部屋のクローゼットと直接繋がっている。
要するにクローゼットにしまえる分の荷物を持ち歩いている感覚である。
着替えや日曜品などは全てここから出すし、しまうことにしている。洗い物などは時々アイリスが持って行ってくれるので、便利かつありがたい仕様だ。
ちなみに入り口を大きく作ってあるので、緊急時に人が逃げ込むことも出来る。まあそんな事態は起こって欲しくないが……。そんな兄の様子を不思議そうに見ていた妹だったが、特に問い詰めることもなく普段の様子に戻る。
分からないことは深く考えない性格は兄のレドウとそっくりである。
「ねぇ、レドウ?レーナさんにお家に誘われたんだけど行かない?」
「別に良いけど。ん?レーナの家って要するにうちの実家だろ?あれ?」
妹の方を見るレドウ。
「もう引っ越し終わったのか?」
「あぁ、あの後すぐにね。連絡はこれからするところだったんだけど、兄貴がここにいるんならそのまま連れて行きゃいいかと思って。ちょうど彼女さんもいるし」
何か聞き捨てならない単語が混じった気がする。
そんな言葉聞いたか聞いてないか、シルフィは次の候補店を見つけたようで目標に向かって駆けていく。
「まて。彼女って誰のことだ」
「え?違うの?シルちゃんの雰囲気から、そんな感じだと思ったんだけど?昨日同伴に泊まったんでしょ?」
妹は既にシルちゃん呼ばわりである。
レドウとしては同伴に泊まったことなど妹には話してないはずだが、シルフィのやつは何をどこまで話しているのやら。余計な尾ひれがついてないことを祈る。
「確かに泊まったが、何もしてないぞ。着くのが遅かったからな」
「ふーん?……とっくに手を出してたかと思ったんだけど?」
ちょっとシルフィが離れているせいか、ぐいぐい突っ込んでくる。心なしか妹の表情がニヤけているようにも見えた。
「特に何もしてねぇし、俺は雇われているだけだ。変な勘ぐりをするんじゃねぇ。ところでどこに引っ越したんだ?」
話題を強引に変えるレドウ。
この話を続けられないことにちょっと不満そうな妹だったが、後でゆっくり聞き出せば良いと思ったようだ。切り替えが早いのもレーナの良いところである。
「それがね、結構いいとこがたまたま空いててね?兄貴からもらった資金と親父がこっそりため込んでいた金を合わせたらすごいとこが買えたんだ。場所も家も行ってのお楽しみ」
「まぁ、いいけどよ」
思わせぶりな妹だった。
「まだ?」
「いま入るよ」
シルフィが店の入り口から顔を覗かせる。店の前で会話しているレドウとレーナの様子を見に来たようだ。
待たせても可愛そうなのですぐに入ることにする。
今度の店はさっきの店のようなカジュアル系とは異なり、いわゆるガーリー系とでも呼べそうな服がディスプレイに並んでいる。
レーナと一緒に勢いで入ったものの、その場にいるのはなかなかつらい。
「よし、わかった。兄貴は外にいていいよ」
「え?」
レーナがレドウに助け船を出す。恐らくはレドウと一緒に居たいシルフィから一瞬抗議の声が上がる。
そんなシルフィを笑顔で制するレーナ。
「大丈夫、あたしに任せといて。ちゃんと一緒に選んであげる。兄貴も自由に街見て回っていいから、集合場所は南街道のカフェ。それでいい?」
「あぁ助かるわ」
妹の提案に即座に乗るレドウ。
さっさとお店から出て行った。
むぅとちょっぴり残念そうなシルフィと向き合うレーナ。
「兄貴はどうかしらないけど、少なくともシルちゃんは兄貴をお気に入りなんだよね?」
「えっ……あっ……いや。その……」
レーナの問いかけは直球である。相手が誰でも変わらないようだ。
笑顔だが、レーナから逃げられなさそうな雰囲気を察し、観念したシルフィは小さくうなずく。
「やっぱり。でね?多分このままだと何も変わらないと思う。だから私に任せて。思いっきりお洒落して兄貴の心をグッと掴むのよ!」
レーナが天を仰いでガッツポーズを決める。やる気満々である。
「よ、よろしくお願いします」
若干レーナの勢いに押され気味ではあるが、女性陣によるレドウ囲い込み作戦は開始した。
一方、身軽になったレドウは改めてシーランの街並みを歩いていた。
レドウが拠点にしていた当時から結構な都会感があったが、王都に負けない賑わいを見せている。
公式には遺跡都市タルテシュがヴィスタリア連合王国の第二都市なのだが、住んでいる人種が違うというか真の第二都市はシーランなのではないかと思う程である。
タルテシュに住んでいる人間のほとんどが冒険者か商人であるのに対して、シーランに住んでいるのはいわゆる一般市民であるのが一番の大きな違いである。
変わらない街の雰囲気を懐かしく思いながら歩く。十年でずいぶん変わったと思うところもあれば、全く変わらない景色もある。
そんな新古の差を楽しみつつ、レーナに指定されたカフェに向かう。
このカフェは、当時ほとんどお金を持っていなかったレドウとジラールを受け入れてくれた思い出の店である。
「はい、いらっしゃい。……んん?君はもしかして」
カフェのマスターが顔をのぞき込みにくる。口元に蓄えたおしゃれ髭がレドウの顔付近まで寄ってくる。
「はは。マスター、久しぶり。相変わらずの変わり者だな」
「おぉぉ!やっぱりレドウ君!いやぁ何年ぶり?こっちに戻ってきたのかい?」
マスターがカウンターに戻りながらコーヒーの準備を進める。
レドウが好きだった水出しのやつだ。
「いや、今はウィンガルデにいるんだ。仕事でこっちに来たんで寄った。明日はジラールと合流するんだがな」
「そう。ジラール君も懐かしいけど彼は時々来てくれていたのよ?レドウ君は全然来てくれないから寂しかったわぁ」
テキパキと用意した水出しコーヒーをレドウの前に置く。
「相変わらずマスターの水出しは美味いな」
「でしょう?もっと味わいにきてよ。いつでも準備できてるんだから」
レドウはひとくちひとくちを味わうようにして啜る。普段コーヒーなど飲まないレドウだが、ここの店のコーヒーだけは別格の美味さだった。
そんな絶品のコーヒーを飲みつつ、客足の少ない店内でマスターと昔話をしながら、レドウは久しぶりのゆっくりした時間を堪能したのだった。
しばらくしてレーナ達がカフェに到着する。
「あら、ずいぶんと可愛らしいお客さんだこと。レドウ君のお客さん?」
マスターが驚いた感じでレドウのところにやってくる。
レドウのところからはレーナの姿だけしか見えないが、後ろに誰か隠れているようなのでそれがシルフィだろう。
「ほら、シルちゃん。」
レーナにつつかれて後ろから姿を現すシルフィ。
「ど……どうかな?」
チューブトップと膝丈のフレアスカートが一体化したようなワンピースに、レースのカシュクール風トップスを緩めに合わせた服になっていた。
と、言ってもレドウには女性物の服の細かい分類分けなどは分からない。
髪型も服に合わせてゆったり目に纏めている。それにレドウが気づいたかどうかはわからないが……。
「お?おぉ……いいじゃないか」
大人しくしていれば元が美少女であるだけに、至上の美しさに仕上がっていた。
コーディネートから髪型の合わせまで、レーナの自信作である。
珍しくレドウの視線がシルフィから離れずにしばらく見入っていた。
「どこかのお嬢様かしら?とてもレドウ君の知り合いのようには見えないけど?でも隣にいるのはレーナさんね」
マスターが茶々を入れる。
レーナがレドウの妹であることはマスターも知っていたのは、昔ジラールと一緒にここに連れてきたことがあるからだ。この様子だと最近もよく訪れているようである。
「マスター、俺の今の雇い主の娘さんだ。今回訳あって一緒に連れてきているんだが」
「そうだったのね?」
納得した様子のマスターがカウンターに戻る。
「じゃあこれから自宅に案内するよ。兄貴もシルちゃんに見とれて転ばないようにね?」
「さすがにそれはねぇ。じゃあマスター今日は失礼するよ。また来る」
「またきてねぇ」
レドウたちは艶っぽいマスター挨拶を背にカフェを後にした。
向かうはカザルス家の新居である。
出がけにレーナとシルフィは顔を見合わせてガッツポーズをする。
普段シルフィに興味なさそうなレドウの視線をシルフィから離せない時間を作ったことで、二人のミッションの初戦は大成功であった。
ここのカフェのマスターはおねぇ系です。上手く書けていると良いですが補足しておきます……




