第62話 港町シーランの夜
『北の大灯台』
それはテール半島にそびえ立つ巨大な建造物である。
テール半島というのは、アルカス山脈にほど近いリーデル平原の北端に張り出した半島のことであり、その形がまるでイルカやクジラのような海洋生物の尾に似ていることから、そう呼ばれるようになったと言われている。
テール半島に向かうためには港町シーランから海岸沿いを北上する必要がある。
『灯台』と呼ばれてはいるが、海に向かって光を放って水先案内をしている訳ではない。だが海沿いに立つ巨大な建造物には他を寄せ付けない威圧感があり、古来より海岸沿いの人々にとって畏怖の象徴として『大灯台』と呼ばれてきたのである。
そんな『大灯台』に向かうべくジラールと合流予定のちょうど三日前の朝、レドウはシルフィを連れてタルテシュの自宅に転移した。
遺跡都市タルテシュから港町シーランに向けて出発する予定である。
港町シーランや途中の宿場町であるサレーンに立ち寄ったことがあるレドウにとっては、直接ゲートを開いても良かったのだが、人通りの多い街道で人目につかない場所を選定するのが難しかった。
たまには乗り合い魔導車で揺られる旅も気晴らしになるだろうと考えて提案したところ、シルフィも乗り気であったため、そのまま決定となった。
タルテシュの東門から魔導車に乗り込み、街道を揺られること半日。レドウたちは予定通り東の宿場町サレーンに到着した。
この宿場町は王都ウィンガルデと東の都と呼ばれる港町シーランを繋ぐ重要なハブ都市である。というのも王都からシーランに向かうには、北、中央、南の三つのルートを選択することになるが、その全てがこのサレーンに繋がっているからだ。
主要な四大宿場町の中ではフューズに次いで栄えているのもこれが大きな理由である。
そのほか、サレーンの特徴としてはシーランから直送している海産物のレストランが有名である。
ただ、本店がシーランにあるため東に向かう人間は敢えてこの店に立ち寄る必要はないかもしれない。
レドウとシルフィもサレーンに長居する予定はなく、カフェで軽く昼食をとったあと早々にシーラン行きの乗り合い魔導車に乗り込む。
すると到着は夜中近くになるが、約一日でシーランに到着することが出来る。
「私、海を見たことがないんだけど……?」
とシルフィ。やや不安気な言動とは裏腹に、内心海を見るのが楽しみな様子だ。
『ちょっと見にはリーデル大河と大して変わらん』と、夢のないことをいうレドウであったが彼自身も海は久しぶりである。
「まぁ、敢えて違うことがあるとしたら……匂いだろうな。」
「匂い?」
「潮の香りってやつだ。ま、行きゃわかる」
シルフィはピンと来ていない様子だ。生まれてからウィンガルデに缶詰で育ってきたお嬢様なのだから、無理もない。
タルテシュであってもそうだが、ヴィスタリア王国民というのは海や川に馴染みのない人間が多い。都市に住む国民では、今向かっているシーランの市民くらいしか海を身近に感じることがないのが現実である。
日は徐々に傾き、シーランに到着する前にあたりは真っ暗になる。
景色という刺激がなくなる頃になると、レドウは居眠りを開始。シルフィも座りっぱなしで疲れたか、レドウの肩を枕に寝てしまった。
「おい、そろそろ起きろ」
レドウに頭を揺さぶられて起きるシルフィ。
「あ、頭はやめて……もっとマシな起こし方をしてよ」
ぶーたれるシルフィだが、魔導車に残っているのが自分たちだけだと気づくと慌てて降りる。
「あんまり良く寝てたのを見て、運転手が『寝かしといていい』なんて言ってくれたんでな。さすがに夜行運転の時間になっちまったから起こした」
「え、それ着いた時に普通に起こしてくれたらそれで良かったのに……」
魔導者の運転手に悪いと恐縮するシルフィ。
ともかく二人がちゃんと港町シーランに着いたと言える時間は、結果的に深夜過ぎであった。
通常のお店の大半は既に閉まっており、この時間に空いているのはアルコールを振る舞う夜の店が集う繁華街である。
以前レドウがオイタした宿場町オピタルとは別の意味で、昼も夜もエネルギッシュな街であった。
「え、えっと。宿を取るよね?」
「ん。あぁでもこの時間だから空いてるのは同伴宿くらいしかねぇだろうがな。ま、我慢してもらうしかないが」
「同伴?」
「簡単に言えば、俺とお前が同室でベッドが一つって意味だ」
「?!」
シルフィが真っ赤になって固まる。
「この街のこの時間は、普通の宿が意図的に空いてねぇ」
その昔ロイズ地区から出てきたレドウにとっては、最初に目にする大きな街であり地元と言っても良く、街の慣習をよく知っている。
冒険者ギルドの規模も本部のあるタルテシュに次いで大きく、実はレドウとジラールが最初に冒険者登録をした街でもある。タルテシュに来る前に二人はこの街を拠点にして活動をしていたのだ。
ちなみに現在もジラールと共に行動しているヘルマンはこの街出身である。
「……わ、わかった」
「じゃ、どっか適当に入るぞ」
レドウは同伴宿の建ち並ぶ繁華街の裏通りに入ると、その中でも割と綺麗だと思えるところを選んで中に入る。
フロントの兄ちゃんが、弾けんばかりの営業スマイルで迎えてくれた。
「いらっしゃいませ!ご休憩ですか?それともご宿泊ですか?」
「泊まりだ。あと朝食も頼むわ」
「承知致しました。それでは鍵をどうぞ。前金制になります。朝食込みで1,500リルになります」
金貨一枚と銀貨六枚を渡すレドウ。
「こちらは?」
「とっとけ」
「ご利用ありがとうございます!それでは朝までごゆっくりお楽しみくださいませ」
フロントのお兄さんから鍵を受け取るとシルフィを促して部屋に入った。
「え。なにこの部屋。すごい豪華じゃない!」
シルフィは予想していなかった内装に驚いている。
レドウがチップを握らせたことで、お兄さんがワンランク上の部屋を用意してくれたようである。
しばらく部屋を興味津々でチェックしていたが、やや恥ずかしそうな顔で入り口の収納棚で荷物を解いているレドウのところに戻ってきた。
「……ね、ねぇ聞きたいことがあるんだけど?」
部屋の内装に驚いていたシルフィだったが、ベッドが一つしかないことで現実に戻ったようだ。
「なんだ?」
「最初にお兄さんが言ってた『ご休憩』ってなに?」
いきなり答えにくい質問が直球で来る。
「あぁ、まぁ気付いていると思うが、本来はそういうことをするための宿だし部屋だからな。するだけして帰ることを『休憩』って表現すんだよ」
「!!」
真っ赤になるシルフィ。普段はシルフィを子供扱いしているレドウだが、さすがにこの表情のシルフィは可愛いと思っている。
「……それって!」
「あぁ『休憩』って表現するが、全然休憩してねぇよな。むしろ運動するというか……」
「そうじゃなくって!」
シルフィがレドウを睨みつけている。でもあまり怒りの感情は感じない。
「レ……レドウもそういうつもりで私をこの部屋に……」
最後が消え入るような声になるシルフィ。
「お前、俺の話聞いてなかったのか?この時間じゃこういうとこしか空いてねぇからって最初に言っただろ?もう遅いから風呂入ったらさっさと寝るぞ」
「そ、そうだった。うん。そうよねっ……て!なんで裸になってんのよ!」
そこには装備品と服をさっさと脱いで全裸になったレドウがいた。
「風呂入るっつっただろ?先入るぞ」
そう言ってレドウはさっさと浴室に姿を消した。
一人広い部屋に取り残されるシルフィ。
「……同室ってことはそういうことよね。うん」
一生懸命現状を納得しようとしているシルフィであったが、そうこうしている間に風呂から上がったレドウが全裸で出てくる。
「ちゃんとお前も入れよ?汗臭い女と寝るのはやだぞ?」
「だ、誰が汗臭いって!……じゃなくて、せめて前を隠して出てきてよね」
シルフィはアカンベーをして浴室に逃げ込んだ。
長風呂のシルフィが浴室から部屋に戻ると、そこにはベッドで大の字に寝ているレドウがいた。
(……これ、わたしの寝るスペースないじゃない……)
部屋の備品として用意されていた簡易な寝間着の上に、ガウンを羽織ったまましばらくソファで寝こけているレドウを見る。寝顔はとても安らかで平和な表情をしていた。そんな寝顔を眺めながら、自分のため……かどうかは分からないが、命を賭けた全力の決闘で満身創痍になった時の姿を思い出す。
(あんまり無理しないでよね。……い、一緒に寝てあげるけど、これは決闘のご褒美なんだからね)
羽織っていたガウンを脱ぎ部屋の明かりを消すと、シルフィは意を決してレドウの隣のスペースに潜り込んだ。




