第59話 決闘の末に
「レドウゥゥゥゥッッ!!」
決闘場が白く目映く輝く爆炎で包み込まれた。
胸の前で握りしめていたシルフィの手がパタリと太ももに落ちる。
あの一瞬でレドウに何か出来ただろうか?巻き上がる土煙で覆われ、なにも見えない決闘場から目が離せない。
シルフィの手元に【王者のタクト】はない。決闘が始まる前に手元からスッと消えたのをシルフィは知っている。
だから【王者のタクト】はレドウの手元にあるはず。
だから彼は何か対処をしているはず。
だから……。
頭では分かっていても目の前の光景が絶望を突きつける。
信じるしかない。シルフィは強く唇を噛みしめた。
アレクやアイリスたちもジッと目の前の土煙を見つめている。
いや、見つめているように見えるだけで呆然としていたのかもしれない。
……
「ミュラーは使ったか。まあいい。負けよりは引き分けだ」
初老の男、当主ユリウスは自身の髭を触りながらつぶやく。
決闘は相打ちによる両者の死亡の際にのみ、例外的に引き分けとされる。
ユリウスは知っていた。
ミュラーの使った隠し球が『魔導爆弾』であることを。
当然である。ユリウスが指示し、魔導研究所主任エリックに作らせた『魔導爆弾』。ラーギルを使ってミュラーに持たせたのはその試作品なのだから。
そして想定できる威力を推し量るに、爆心地にいる人間が生き残れる術などない。
マーニス家側……正確には当主ユリウスの負けない作戦とは、ミュラーに自爆させることであったのだ。
実際、ミュラーに『魔導爆弾』を与えたラーギルは『これほどの威力である』ことを知らなかった。小規模に圧縮させた魔導爆発を起こすことで『対象を死に至らしめる爆弾』としか説明を受けていなかったからである。
「父上、この威力は?」
「想定内だ」
「では!父上は弟を最初から見殺しに?」
抗議の声を上げるラーギルをユリウスが睨み付ける。
ラーギルにとってミュラーは大切な『駒』であり、ここで失うわけにいかなかったからだ。
「何か問題があるのか?勝手に決闘を申し込み、マーニス家の財産を脅かす事態を招き、なおかつ自身が負けそうだなど大罪であろう?罪人は罰を受けて当然である。違うか?グリフィス」
「その通りです父上。弟ミュラーは我がマーニス家において大罪を犯しました」
ユリウスの発言に同意を示す長男グリフィス。ラーギル一人が孤立する形になる。
「お……仰る通りでございます」
ミュラーを見殺しにしたことというよりは、情報を伏せられていたことに対して納得のいかないラーギル。つまりそれは裏を返せば自分は信用されていないということであるからだ。
「理解れば良い。爆弾の検証も上手い具合に出来たのだ。エリックのやつに実験結果を伝えてやることが出来そうだ」
もう会話に興味がないとばかりに息子たちから視線を外すユリウス。
その背中に歯噛みする次男ラーギルの視線が突き刺さる。
だがマーニス家全体が見据える方向性という意味では、自分と父ユリウスと兄グリフィスの三者とも同じ方向を向いていることは知っている。ただ到達を目指すプロセスが異なるだけなのだ。そのことを理解しているラーギルはこれ以上口応えすることはなかった。自分の計画を見直す必要性に迫られただけのことなのだから……
徐々に土煙が晴れ、決闘場の様子が見えてくる。
まず見えてきたのは全身が血塗れで仰向けに倒れているミュラーだ。
その手が少しだけ動いているのが見える。
「ぬ?生き残った?何故だ?」
その様子に違和感を抱いたのは、魔導爆弾の威力を知っているユリウスだけである。
そもそも人間の身体が形を維持していることからして変なのだ。
黒焦げとなっているか、跡形もなく消し飛んでいるかのどちらかであると予測していたのだから。
そして、土煙が完全に晴れたその中央に、男が一人立っていた。
レドウである。
ミュラーほどではないが身体中のあちこちから出血をしてはいた。しかし、紛れもなく立って歩いていたのだ。
「そんな馬鹿なっ!!何故生きているっ!!」
思わず大声で叫んだユリウス。
そんなユリウスの様子を厳しくチェックしている男がいた。立会人を務めたソーマその人である。
一方で、アスタルテ家サイドは安堵の感で包まれていた。
シルフィの両目からは大量の涙がこぼれ落ちる。アレクが再びその頭を優しくなでた。
《マスター、完全防御には失敗しましたが、最も生存確率が高い手段をとらせて頂きました》
(……ったく冗談じゃねぇぜ。なんだこの魔法は。ありえねぇだろ)
レドウは全身の痛みをこらえながら、視界にミュラーを捉えた。
先ほどまで死闘を繰り広げていた相手の元へゆっくりと歩みを進める。
(結局何をされて、どうやって対処したか簡単に教えてくれるか?)
《知識解放レベル2の範囲でお答え致します。魔元素を強制的に圧縮させたことによって発生する反発運動を利用した魔元素暴走が発生しました。このエネルギーは周辺をすべて焼塵と化す事が出来るレベルのものであり、約一千年前帝国が崩壊した際に使用された大破壊と呼ばれる爆弾と原理が同じです》
(お、おう。さっぱりわからねぇが、要するにとんでもねぇ攻撃だったってことだな?)
《……はい。そしてマスターを生存させるため、衝撃に対しての最小限度の魔力結界を構築した上で、周囲の暴走した魔元素を最速かつ最大の効率で吸収しました。そのためマスターの周囲における爆発エネルギーは最小で抑えられております。また副作用として今回の爆発エネルギー規模は約3分の1に縮小されました》
(ということは、それのおかげであいつも一応生きてるってことなんだな)
手がピクピクと動いてるミュラーを見る。
全身のダメージがレドウより激しいのは、爆発の衝撃をまともに食らったことと、あとは爆弾の周囲を包んでいた破片が突き刺さったためだとレドウは理解した。
すでに動けないミュラーのもとにレドウがたどり着く。
ミュラーの視線がレドウを追う。
「近くにいるのか……生きているのか……もう俺には何も見えない」
「あぁ、なんとか生きてるな。お前よりは元気だ」
ミュラーの口が弱々しく動く。
「もう……終わりだ……こんな結果になるくらいなら……騎士として……堂々と……戦って死にたかった」
「そうか。最後のはともかく、お前は手強かったよ。ちゃんと騎士として戦えていたと思うが」
「そう……言って……くれる……か。あり……が……た……い」
どんどん声に力がなくなっていくミュラー。
「さい……ご……に……ひと……つ……つた……え……て……」
「なんだ。言え。ちゃんと言え!」
「す……ま……なか……た……と……シ……ル…………」
ミュラーの命の炎は静かに消えた。
レドウはその場にかがみ込み、後悔の涙であふれているミュラーのその瞳をゆっくりと閉ざしてやる。
「ちゃんと伝えておいてやるよ。安心しな」
ゆっくりと立ち上がったレドウは、立会人であるソーマの方を向く。
そして自らの剣を掲げた。
「立会人であるこのソーマ=イスト=パーンが宣言するっ!勝者!レドウ=カザルス!」
アスタルテ家観覧席がどっと勝利に沸く!
一方のマーニス家サイドは完全に沈黙している。
「……何者だ?あの魔導爆弾を生き延びる?……いや待て!カザルスだとっ!そんな馬鹿な」
ユリウスの顔面が蒼白となる。
そして彼の頭の中でいくつかのピースが埋まってゆく。
(いや、馬鹿なそんなわけが……しかし矛盾はない。南岸の『種』失敗作、討伐したアスタルテ側の人間……アイリスと共に行動……魔導爆弾の回避……そしてカザルスの名!)
ユリウスの視線が改めてレドウを捉える。
(奴なのかっ!奴が選ばれし行使者!だがっ!)
その姿を脳裏に焼き付けると、ユリウスは急いでその場を退席しようとする。
「父上?どちらに行かれるのですか?」
「すまぬ。グリフィス。火急の用が出来た。この場はお前に任せる。よいな」
「承知致しました。お任せ下さいませ」
足早に決闘場を後にするユリウス。
その姿を見とがめた立会人ソーマが声をかける。
「ユリウス殿。どちらに行かれる?まだ儀式は終わっておらぬぞ」
「火急の用事が出来たのだ。この場は当代代理の息子グリフィスに一任しておる。御免!」
ソーマの呼びかけを振り切ってユリウスは決闘場を出た。
そして足早にとある場所に向かう。
急ぎこの事実をあの方と共有しなくてはならない。それは彼にとって何よりも優先順位が高い事項であった。
明日、仕事の関係で書く時間が取れそうにないため、一日更新を空けます。申し訳ありません。




