第5話 山奥の村
「あれ、レドウさん。こんなとこで……あ」
不意に声を掛けられ一瞬で現実感を取り戻すレドウ。周りをよく観察観察した。
うん、目の前には見覚えのある二人組がこちらを見ている。
先ほどまで一緒にいた二名に間違いない。
「なるほど、別行動の理由はこういうことだったんですね」
そう。目の前にいたのはアイリスとシルフィだ。
シルフィは相変わらずフードを被っているが、この宿場町オピタルにおいてアイリスの美貌とスタイルは非常に目を引いている。
アイリスの冷ややかな言葉に、レドウとアイリスの周りにお祭り好きの人々があっという間に集まり、人だかりの輪が出来上がった。
(ま、まずいぞ俺。これはどう乗り切る?)
そんななかいち早く状況を察した女性が、さっとレドウから離れた。
「お兄さん、こんなに素敵なお連れ様がいらっしゃるならそう言ってくれないと……。じゃあ私はここで失礼するわね」
すばやい身のこなし?で雑踏に紛れ、女性の姿はあっという間に見えなくなった。
「……不潔」
動揺したレドウにシルフィの止めの一言が突き刺さる。
「パーティの為にもシルフィの信頼をこれから勝ち得ていかなきゃならないって時に、これでは目が離せないですわね」
レドウはアイリスに腕をつかまれ、歓楽街とは真逆の宿場通りに連れて行かれた。
刺激好きの行商人たちの間ではしばらくこの件について、やれアイリスが美人だの、連れてかれた男は誰だの、浮気現場だの、不倫現場だのとどんどん尾ひれがついて噂話がされていたが、ほどなくして、オピタルの繁華街はもとの喧騒を取り戻したのだった。
……
宿場町オピタルから北のノオム村への定期便は日に2便しか走っていない。
早朝と昼前の2便だ。利用する客がほとんどいないため、2便あるだけマシかもしれない。
レドウたちが乗った早朝の便は貸切状態だった。
遠くに見えていた行く手を阻むようにそびえ立つ山脈は、レドウたちからは壁のようにしか見えない。
しばらく北上すると草原だった景色に白いものが混じり始め、徐々に雪原へと変わってゆく。
抜け殻のようになっていたレドウは、生気の抜けた表情でアイリスとシルフィに付き従っていた。
二人に見つかったことよりも、肝入りのへそくりの半額が無駄に吹き飛んだことの方がダメージが大きいようだ。
それでも単純なレドウのこと。魔導車が終着地に到着し、降りる頃にはすっかりいつもの調子を取り戻していた。
ノオム村は雪深い山奥の村。
定期便は山のふもとまでであり、そこから村に入るためには少し歩いて山を越える必要がある。
この地に住んでいる者たちにとっては日常だが、来訪者にとってはなかなかに険しい山道だ。
「おい、手を貸そうか?」
「だ、誰があんたの手なんて……」
一刻ほど歩いたあたりで明らかに二人よりペースが落ちてきたシルフィから強がりが聞こえる。
先頭を歩いているアイリスが振り向いたが、彼女もあまり余裕がなさそうだ。
「シルフィ。もう少ししたら上り道が終わるようです。まずはそこまで頑張りましょう」
声をかけるも、返事を待たずに再び歩き始めたあたり、アイリスもあまり余裕がないようだ。
アイリスのすぐ後ろを歩いていたレドウは軽やかな足取りでシルフィのところまで下りてくる。レドウはまだまだ余裕らしい。
「完全に足が止まってるだろ。無理するなよ」
顔を上げて、レドウと先を歩くアイリスの方を見たシルフィだったが、次の一歩がなかなか出ない。
「ここで止まってるわけにもいかねぇから……よっと、失礼するぜ。暴れんなよ」
「!?」
シルフィをひょいと抱き上げて肩で抱えると、レドウは再び山道を登り始めた。
「え、嘘!は……離せ!」
「だから暴れんなって。上まで連れてったら下ろしてやるから」
「私は荷物じゃない!」
じたばたと足を動かして暴れるシルフィ。レドウは顔の前でバタバタする足を掴み、その足のバタバタをとめる。
「あ、足を?!セクハラ!」
「文句あんなら、大人しく運ばれててくれ。ガキの足なんざ見たとこで興奮なんてしねぇから心配すんな」
「そ、それはそれで失礼な!」
「たく、どっちなんだよ」
シルフィを抱えたレドウがアイリスに追いつく頃、山間の高原地に辿りついた。
「もう村が見えるな」
「そうね。私もさすがにここまで上るのは大変でした」
流石のアイリスも疲労が見える。着込んでいる鎧のせいなのではとも思う。かなりの重さがあるだろう。
「今日はここまでだろ?村で一休みして……」
「この村には商業施設がほとんどないので、身体を休めて明日に備えるだけになりますね」
「おーろーしーてー!山道は終わったんでしょー!」
レドウの背中あたりから抗議の声が聞こえる。
「わかったわかった。ちょっと待ってろ」
肩に担いだ荷物を丁寧に地面に下ろす。
「ありがとう。連れてきてくれて」
「ん。どういたしまして。ちったぁ素直になったか」
「ひとこと余計」
ややむくれるシルフィ。
「じゃあ準備は整いましたね」
「よし、いこうか」
「村長さんに事前に話を通してありますので、まずはそちらに向かうとしましょう」
三人は踏み固められて出来た雪道を集落の方へ歩いていった。
……
村長宅は村の集落で一番大きな建物だった。といっても大した屋敷というわけでもない。
「ちょっと話してきますので、そこで待っててくださいね」
二人をおいてアイリスが先に中に入った。程なくして入り口からひょいと顔が覗いた。
「今日はこちらでごやっかいになれるそうです。どうぞ」
アイリスに促され、二人は村長宅にあがりこんだ。
囲炉裏を囲んで座ると村長が暖かい飲み物を持ってやってきた。
「ノオム村特産のお茶です。熱いのでゆっくりお飲みください」
三人にお茶を振舞うと、村長も囲炉裏端に腰をかける。
しばらくお茶をすすったあと、アイリスが口をひらいた。
「村長、今回お邪魔する遺跡は村長が発見されたとのことですが……」
「そうです。一月ほど前、茶畑の見回りをしている時に足を滑らせまして、そのまま裏の谷に滑落したのです。幸い怪我等はなく無事で良かったのですが……」
と、一度言葉を切ってお茶を飲んだ。
「私がおちた場所の雪が大きく削れたことで、隠された遺跡の入り口のようなものが見えるようになったのです。とはいってもずっと雪の埋もれていたわけで、入り口は凍っておりますから、溶かさないと入れない状況で、中の様子はよくわかりませなんだ」
「問題ない。凍ってるなら火の魔法で溶かせばいいだけだ」
自信満々のレドウ。
「おぉ、魔法をお使いになられますか。入り口までは私が案内しますので」
「火の魔法なら私も使える」
「威力なら自信があるぞ」
さらに自信満々のレドウ。ここまでくるとやや心配である。
「ていうか、入り口溶かすだけじゃなくて遺跡を崩落させたりしないでしょうね」
「どうするかは現地を見てから考えましょう」
口論が始まりそうな二人をアイリスが目で制した。
「ともかく夜の山には入らないほうが良いですので、明日の朝出発ということでよろしいですかな。ではお食事のあと2階でお休みくださいませ」
「ありがとうございます。お世話になります」
三人は村長に促されるまま2階へと向かった。