第52話 ミュラー再び
波乱の入団試験と叙任式を終え、やっと落ち着いたと思われたアスタルテ家にさらなる波紋が訪れようとしていた。
マーニス家の三男、ミュラー=イスト=マーニスがアスタルテ家にやってきたのだ。
「私だ。シルフィアを呼んでくれたまえ」
相変わらずの態度である。前回のように門を勝手に開けて中に入ってこないだけましかもしれないが。
『私』という方がシルフィア様にお目通りを求めていらっしゃってますが、いかがなさいますか?と応対した使用人は連絡してやろうかと思ったほどである。
先日の来訪時に使用人の一人に暴力を振るったミュラーは、当事者の使用人を含めアスタルテ家の関係者全員に敵視されていたのだ。
「申し訳ありません。私は当家に仕えて日が浅いため『私』だけでは、どなたがいらっしゃったのかお取り次ぎ出来ません。お名乗り頂けますでしょうか?」
嘘である。
この使用人は、前回殴られた使用人に駆け寄って介抱した人物である。ちなみに打たれた当人はその箇所を骨折して休職中だ。
「なんだ、君は次期当主であるこの私を知らないのか。勉強不足にもほどがあるな。特別に名乗ってやろう。私はミュラー=イスト=マーニスである。シルフィアを呼びたまえ」
「少々お待ちください」
横柄なミュラーの物言いに辟易しながらも使用人は取り次ぎの連絡を入れる。
それに対するシルフィの返答は『会う気はないから帰ってもらって。私が不在と伝えてもいいわ』とのことだった。
要は会いたくないということである。使用人だってこの男には会いたくはない。
だが使用人は少し考える。ミュラーにどう断りを伝えるか。
前回の経験から、普通に断ったところで使用人の返答を無視して勝手に無理矢理入ってくることも想定できる。そこで『不在』と伝えて『実は居た』と発覚するよりは素直に事実を伝える方がいいだろうと判断した。
断ろうが不在と伝えようが、どうせ押し入ってくるような気がするからである。下手したら『帰ってくるまで中で待たせてもらおう』などと言われ、面倒なことになりそうである。
「ミュラー様、お取り次ぎをしたところご伝言を承りました。この場でお伝えしても宜しいでしょうか?」
「言ってみろ」
「は。『会う気はないため、お引き取りください』とのことです」
使用人の発言を聞いてミュラーの顔が一気に赤みを帯びる。明らかに怒っている様子だ。
「貴様、ちゃんと仕事をしているのかっ!シルフィアが私と会う気がないなどと言う訳がないだろう。そこをどけ。貴様では話にならない」
ミュラーはそう言いながら門に手をかけ強引に押し入ってくる。想定内の行動である。
そもそも前回の帰り際にシルフィア様本人から『二度と近づかないで』と言われておきながら、どの口が『会う気がないなどと言う訳がない』と言えるのかと使用人はミュラーの思考回路に困惑する。とはいえ悩んだところで結果は同じ。断ろうが許可しようが結局ミュラーは自分の思うがままに敷地内に入ってくるのだ。
使用人はさきほど騎士団にも連絡を入れていた。『ミュラー様がいらっしゃったのでお出迎えの準備をお願いします……と』
今回は強引なミュラーを強制的に排除するようなことはせず、騎士団に任せることにしたのだ。
使用人のゲートを突破したミュラー。
ずんずんと大股で中庭を突っ切ろうとすると、騎士団の面々がミュラーの行く手を塞ぐように待ち構えているのが見える。
「お出迎えご苦労。さあシルフィアのところまで案内してもらおう」
目の前の騎士団が自分の出迎えに来たのだと理解し、案内を要求するミュラー。
確かに騎士団はミュラーを出迎えに来たのだが、それは案内をするためではなく追い返すためである。
ミュラーの脳内がどこまで自己中心的に作られているか想像に難くない。ある意味これほどの自己中心的な精神は、悩みなどなさそうで羨ましくさえ思える。
「ミュラー様、ご来訪お疲れ様です。しかし先日の会話にて当家側にはミュラー様とお話しする用件がないと判明しているはずですが、どのような御用向きでいらっしゃったのでしょうか?」
前回も対応したリュート小隊長がミュラーと対峙すると、ミュラーはあからさまに不機嫌そうな表情になる。
「私もお前に用などないな。あるのはシルフィアだけだ。そこをどけ」
前回の経験のある騎士団員は整然とリュート小隊長のやりとりを見守っているが、新団員の三名は落ち着かない様子である。どちらかというと他家とはいえ王家の人間になぜここまで厳しい対応をしているのかが疑問といったところなのだろう。
「当家判断の上、用のない者を城に案内する訳にはいかないので、退けません」
先日と同様ミュラーとリュートのにらみ合いが続く。
前回と違ったのはそこへレドウがシルフィと連れだって現れたことだった。
「おぉ、シルフィア!相変わらずお美しい」
シルフィを視界に捕らえたミュラーは、先日と全く同じ台詞で迎えた。
「げ、ミュラー。もう帰ったのではなかったの」
「あ?ミュラーって誰だ?」
反射的に嫌そうな表情をするシルフィに尋ねるレドウ。
「なっ!貴様は何だ!俺のシルフィアから離れろ!離れるんだ!」
レドウをみて激昂するミュラー。
「『俺の?』誰だこいつは?そもそもシルフィは物じゃないが」
若干ズレたレドウの発言だが、ミュラーがアスタルテ家にとって害なす存在であることは認識したようだ。その証拠にレドウの立ち位置が自然とシルフィを庇う位置となっている。
二人が連れ立って中庭に出てきたことに対して瞬間湯沸かし器のように頭に血が上ったミュラーだが、すぐに少し落ち着いたようである。そしてレドウと騎士団に向かってゆっくりと話し出した。
「そこのお前は先日シルフィアと商業区画を歩いていた付き人だな?私の妻であるシルフィアと親しげに会話などしてほしくないが、付き人ならば仕方ない。私はミュラー=イスト=マーニスである。シルフィアと話がある。お前たちはこの場から速やかに退席せよ」
すでにミュラーの中で『妻』は確定事項のようである。
その発言に反応するのはシルフィだ。
「何度も言わせないで!誰がいつ貴方なんかの妻になんてなることを了承したのよ。気安く呼ばないでっ!それになんで商業区画をレドウと歩いていたことを知ってるのよ。のぞき見?気持ち悪いったらない」
シルフィの方が取り乱している。『二度と顔も見たくない』という本音がそのまま感情に出てしまっている状況である。また、当然ミュラーの退席命令に従う者などこの場にはいない。全員が厳しい表情でミュラーを見据えている。
取り乱したシルフィを見てさらに落ち着きを取り戻したか、ミュラーが淡々と告げる。
「まあいい。『妻』だろうと『未来の妻』だろうと大した差はない。私の申し出はアスタルテ家にとっていい話であるのだ。他に選択肢などあるまい」
ゆっくりとした物言いのまま、ミュラーは落ち着き払って騎士団の包囲を抜けた。
暴れる人間には躊躇なく行動出来るが、無抵抗と言えなくもない行動に対して人は厳しく動けないものだ。その心理をうまく利用したミュラーの行動である。
そのままミュラーはシルフィとレドウの目の前まで歩いてくる。
「これから私はシルフィアと婚儀の詳細などについて、打ち合わせをしなくてはならない。次期当主として騎士団や使用人の扱いなど改善すべきことも多々ある。それらも含めて会話しなくてはならない。やることはたくさんあるんだ。あまり手間をかけさせるな。他の者は解散せよ。さあ来いっ!」
そう言うやいなミュラーはシルフィの腕を乱暴につかみ、自らに強引に引き寄せた。
「嫌っ!」
シルフィが悲鳴を上げたその瞬間だった。
腕に激しい痛みを伴う衝撃が走ったミュラーは思わずつかんだ手を離した。ミュラーから解放されたシルフィは大急ぎでレドウの背後に隠れる。
「何をしたっ!」
ミュラーには何が起こったのか理解出来ていなかった。
というよりミュラーどころか騎士団員もシルフィすらも何が起こったのか理解出来ていなかった。
「特に何もしていないが、だいたい結婚しようという相手に対して行う行動ではないだろう。レディは丁重に扱うもんだ」
レドウがミュラーに向けて言い放つ。ただ『何もしていない』は嘘である。
【王者のタクト】で想像した《不可視隠蔽》魔法でその動きを感知出来ないようにしていたが、レドウはタクトでミュラーの腕を打ち据えたのだ。そもそもその動きがかなりの速度であったため、仮に《不可視隠蔽》を使っていなかったとしても、よほど意識していない限りその動きを捉えることは出来なかっただろうが。
「無礼な!何をしたかわかっているんだろうな。」
ミュラーがレドウに詰め寄る。
「何もしてねぇって言ってんだろ?そもそも俺が何かしたっていう証拠でもあるのか?見たのか?」
「ぐっ。だが、お前以外にこのタイミングで何が出来るというんだ」
レドウを睨み付けるミュラー。しかしレドウは涼しい顔だ。
「勝手に腕か何かの筋を違えておいて人のせいにするのか?それが偉大なマーニス家のすることか?俺が何かをしたとか言いがかりをつけているが、うちの家の誰もそんなことは見ていないし、被害を訴えているお前も見ていないときた。お前が何が言いたいのかさっぱり分からんが、分かっていることはマーニス家のお前が、当家のシルフィに手を出した。という事実だけだ。違うか?」
そこまで聞いてミュラーの表情が変わった。彼もそれなりに王族である。この言い争いでは分が悪いと悟ったのだ。
「いいだろう。では私は私の言い分を正当化するため、お前に正式な決闘を申し入れる。レドウとか言ったな?逃げるなよ」
ミュラーはレドウに向かって指差した。
慌てたのはシルフィだ。
「ダメ、ダメよ受けちゃ。こっちに落ち度がないのになんで命を賭けた決闘なんてする必要があるのよ」
動揺するシルフィを制したレドウがミュラーの方を向いた。
「聞くが『正式な決闘』とやらは、剣の戦いで合ってるか?」
「当たり前だろう?怖じ気づいたのか、ん?」
レドウの質問の意図が分からず、ミュラーだけでなくその場にいる騎士団も全員分かっていない様子だ。シルフィだけは次にレドウが何を言い出すのか分かったようで、額に手を当ててため息をついている。
「俺は騎士でも付き人でもなく、魔法使いなんだが?魔法使いに剣の勝負を持ち掛けて正当を語るのか?」
ラウル小隊長がズルッと肩を落としたように見えた。シルフィに至っては『あぁ、やっぱりそうくるか』という表情である。
皆々が呆れているなか、リュート小隊長だけはポンと手を打ち『なるほど』と納得していたのが印象的である。
「くっ、ふざけたことを!背中の大層な剣はなんだっ!飾りか!」
ミュラーが食い下がる。
「これは護身用だ」
剣を問われた時のいつもの返し文句である。若干レドウの表情がドヤ顔に見える。
「あぁ!もういい!わかった。せいぜい護身でもなんでもしてろ! 恥も外聞も無い!ともかく決闘から逃げるな!わかったな!日取りは王国正規軍立ち会いの騎士から正式に通達させる。首を洗って待ってろ」
ミュラーはそんな捨て台詞を吐きながら、おとなしく?アスタルテ家を去った。
中庭に残された騎士団とレドウとシルフィはその場に残っていた。
「レドウさんが決闘だと?いいのかそんなこと決定してしまって」
「こっちは何を賭けて決闘するんだ?賭けるものあるか?」
様々な会話が騎士団員たちから聞こえてくる。
シルフィは顔色が真っ青だ。唯一王家同士の決闘の意味するところを正しく知っているからだろう。
「はぁ、決闘だ?面倒くせえ」
当事者であるレドウの緊張感が一番足りないようであった。




