第51話 新団員とレドウ
入団希望者ウルスを暗殺した下手人は結局捕縛することができなかった。
ラピスはその結果にやや落ち込んでいたが、警備体制をより強化することを誓っていた。
ともあれ、アスタルテ家の騎士団に三名の新入団員が加わった。これは喜ぶべきことである。
試験の翌日には、アスタルテ家当主アレク=イスト=アスタルテより、新団員に対しての騎士叙任式が行われた。これで新規団員も本日以降は立派な騎士である。
そして当初の予定通り騎士団を二つの小隊に分けたアイリスは第一小隊の隊長にリュートを、第二小隊の隊長にラウルを任命した。当面のアスタルテ家の自衛体制が整ったと言える。
「団長、質問があります」
叙任式を終え、詰所に戻ったところで新団員のイリーシャが発言をした。
「何でしょう?あ、でも折角小隊を編制したので、今後は少しずつ所属する小隊長を通す形にしていきましょうか」
アイリスがリュートとラウルを見る。
「そうですね、出来るだけ隊ごとに統制を取れるようまとめてゆきたいと思います」
「では、イリーシャ殿は第二小隊所属であるから、私の方で答えられることであれば答えましょう」
リュートとラウルが互いに視線を交わしてうなずき、ラウルはイリーシャの方を見た。
「なるほど、そうですね。ではラウル小隊長にお聞きします。あの……今日はこちらにいらっしゃってないですが、試験官をされたり叙任式の時に閣下の隣にいらっしゃったりしていたあの方はどなたなのでしょうか?騎士団員……というわけでもなさそうですし」
イリーシャの言葉に一瞬考えたラウルだったが、誰のことを言っているか分かって手をポンと叩いた。
「おぉ。もしやレドウの兄さんのことですかな?レドウの兄さんは『騎士団付き宮廷魔術師』という立場の方ですぞ」
「魔術師?」
ラウル小隊長の回答に怪訝そうな表情をするイリーシャ。だが、不思議そうな顔をしているのはイリーシャだけではなく、新団員のエンベルガとオルハも同様だった。
「魔術師殿があのような大剣を背負っているのですか?というより、見た目が戦士というか騎士にしか見えないのですが」
イリーシャは納得がいかない様子だ。
「イリーシャ殿の疑問はよく分かる。私も最初はそう思ったのでな。だがレドウの兄さん本人が魔法使いを自称しているので、魔術師で良いと私は思う。まあかくいう私も兄さんが魔法を使ってるところを見たことないのだがな。わっはっは」
「レドウさんはちゃんと魔法使いですよ。剣も使いますが、実際魔法の方が強いですからね」
笑ってまとめようとしたラウルにアイリスが割り込む。
「そ、そうなんですね?私も剣と魔法を使いますが、魔法はどちらかというと補助的な扱いでしかなかったので、逆の方を初めて見ました」
アイリスが会話に介入したことでちょっとだけ場が締まる。
「それにラウル小隊長、笑ってごまかしてはダメですよ。ちゃんと納得いくように説明するのも上官の役目です。分からなければちゃんと貴方から私に話を振らないと」
「おぉ。それは確かに、以後気をつけます」
ラウル小隊長が軽く頭を下げる。
「レドウさんの実力?は僕も見たことありません。一度拝見したいものです」
リュート小隊長が畳みかける。だがこれにはラウル小隊長からの反論があった。
「兄さんがここに来た最初の時……つまりお主が腹を壊している間に私らは拝見させて頂いたからな。この点については見てないのはお主の都合だ。さて、イリーシャ殿。レドウの兄さんが魔術師であることは間違いないのだが、剣を使っても一流だ。私が弟子入りしたいくらいだ。ああ見えて忙しいようなので、なかなかそういった機会は頂けないのだが」
「そ、それほどなのですか?」
ラウル小隊長の話にイリーシャが目を丸くする。
「ラウル。持ち上げすぎだ。それに兄さんと呼ぶなっつってるだろ?」
いつの間にかレドウがそこにいた。アイリスがクスクス笑っているところを見るとしばらく前から来ていたようだ。新団員の三名はやや緊張気味に固まっている。
「イリーシャにエンベルガに……オルハだっけな。よろしくな」
「「「はいっ」」
レドウはラウルの持ち上げのおかげ?で、緊張感のある存在対象となってしまっているようだ。
「……頼むから堅くなんな。そういうの苦手なんだよ。アイリス、あとで修正頼むわ」
「ふふっ、分かりました」
困ったもんだと言いたげな表情をしているレドウに、優しく笑いかけるアイリス。
「あ、そうそう。三名に試験内容の講評というか……アドバイスしていいか?そのためにこっちに顔を見せたんだよ」
「どうぞ、お願いします」
アイリスの許可を得て、レドウが三名の前に進み出る。
「えっと……じゃあ試験実施の順に言ってくぞ。まずはエンベルガ。君は剣を繰り出すときにやや力任せになっている傾向がある。悪く言えば力んでるってとこか。魔物相手ならそれでも通用するかもしれないが、対人戦ではその力みが反応の遅さに繋がって致命傷になる可能性がある。打撃じゃなく斬撃なんだから、力だけではなく技を磨いてみてほしい。次に、イリーシャ。君は魔法と剣を巧みに操るのが売りだったな。だが、折角の売りも剣から魔法、魔法から剣にシフトするタイミングで大きな隙が出来てしまっている。初見の相手なら良いが、すぐに対策立てられて狙われるぞ。ちょっと工夫が必要だな。最後にオルハ。君はかなり片手剣の練度が高い。このまま練度を高める方向でいいと思うが、足さばきがおろそかな部分がある。俺が君と戦うならまず足を狙うだろうし、下手したらそれだけで勝負が決まる。意識はどうしても手にいってしまうだろうけど、自身のためだと思って鍛えてみてほしい。……と、大体こんなとこか」
「「「……は、はいっ!」」」
的確なフィードバックにリュートもラウルも驚きを隠せないでいた。普段が適当なレドウだからなおさらである。
「に、兄さん。私にも講評を!」
ラウルが思わず申し出る。
「……お前は試験してないだろうに。分かった。一言だけ伝える」
「はい!」
「兄さんと呼ぶな。俺はお前の兄さんじゃない」
「まあそれはいいじゃないですか」
ラウルには改める気がなさそうだ。相変わらずめんどくさいやつである。
「じゃあ、俺は戻るんで」
そう言って詰め所を後にするレドウ。本当に講評を伝えにきただけのようだ。
「お待ちください!」
中庭に出たレドウを呼び止める声がした。二刀流のオルハである。
レドウは足を止める。
「なんだ?」
「レドウ様から頂いた足さばきの未熟さについて、実は過去師匠に指摘頂いたこともあったので事実なのだと思いますが、私自身の自覚がなくて困っています。実践で教えて頂けないでしょうか!」
レドウが振り返ると、二刀流のオルハはなんと土下座をしていた。
「お、おい。そこまでしなくていいよ。少しなら時間はあるから教えてやる。片手用の木剣を四本持ってきな。アイリスに言えばわかるはずだ」
「分かりました!」
駆け足で詰め所に戻るオルハ。そして木剣の他に大量のギャラリー(騎士団員)を引き連れて戻ってきた。
「……見世物じゃないんだが」
「まあいいじゃないですか、兄貴。滅多に見られるもんじゃないですし」
ラウルの呼び方が『兄さん』から『兄貴』にレベルアップしている。
「ちょ待て、ラウル。それは確かに『兄さん』じゃあないが『兄貴』もねぇだろ」
「兄貴、細かいことを気にしないで」
「だから兄貴と……」
「持ってきました!」
レドウとラウルの掛け合い?を遮るようにオルハが木剣を差し出す。レドウは無言でその中から二本を受け取った。
「見世物になっちまったが、勘弁な。オルハ」
「いえ、問題ありません。呼んだの私ですから」
「呼んだのかよ……」
レドウは手にした二本の木剣を軽く素振りすると、腕をだらんとさせた。以前この場でアイリスと模擬戦したときと一緒の構えだ。
「では、よろしくお願いします」
オルハが一礼をして構えた。左手の剣を前に出したオーソドックススタイルである。
大きく大地を踏みきってレドウに向かって突進する。そして左の剣でガードを払って右の剣で攻撃を仕掛ける。そこから始まる連続攻撃こそがオルハの最大の必殺技『剣舞』である。レドウが強者であることを認めた上での、最初から全力の攻撃である。
だが、勝負は一瞬でついた。
レドウの勝利である。
オルハの繰り出した『剣舞』を三、四回左の剣でさばいたあと、右の剣で踏み込まれたオルハの足を思い切り打ち払ったのだ。たまらず足を押さえて転がるオルハ。この時点でレドウの勝ちである。
「そこまで!」
特にお願いをしていないのにラウルの奴が勝手に審判を行っているようだ。
「どう?分かったかい?君の剣舞は腕だけなんだ。足というか下半身が全く動いてないから、今のように完全に剣をさばける相手には大きな的になってしまうってことだ」
「あ、はい。ありがとうございます。分かりました。でも一つ教えて下さい。」
ゆっくりと立ち上がったオルハ。
「ん?」
「先日の試験では、アイリス団長は今のように攻めてきませんでした。どうしてでしょうか?二刀流じゃないから?」
レドウに指摘された弱点は上位者だから突けるものだと分かった結果、アイリスとの試合でそうならなかったことに疑問が生じているようだ。
「そらそうよ。あれは戦いじゃなくて試験だからな。君の剣舞が素晴らしいと感じ、もう少し見てみたいと思えば長引かせるだろ?」
「つまり……分かっていたことですが、団長は全然本気じゃなかったってことですね」
ややがっくりきた様子のオルハ。憧れの団長アイリスに少しでも届き得たかと感じていた自信を崩された瞬間である。
「オルハさん。私たち騎士団は完成された貴女を必要としているわけではなく、これからの伸び代があると思ったから入団を認めたのです。エンベルガさんもイリーシャさんも同じです。一緒に頑張りましょう!」
イリーシャに向かってアイリスがにっこり微笑んだ。




