第50話 騎士団入団試験
アスタルテ家の中庭では騎士団の入団試験が行われていた。
アイリスを中心に筆頭のリュート、ラウルなど見知ったメンバーを含め総勢20名の騎士が並び立つなか、なんと100名もの入団試験希望者が殺到していた。
アスタルテ家の騎士団はハズベルト家やパーン家などと比べると王家の騎士団としてはかなり少ない人数である。その一番の理由はアスタルテ家にはあまりお金がなく多くの騎士を抱えられないという背景であったが、そもそもアスタルテ家は王国正規軍の資格を持っていないため私設騎士団という扱いであったことから、あまり人気がなかったからである。
しかし、最近は入団希望者が後を絶たない。
理由はもちろん最近上り調子にあるアイリスの勇名である。
二、三名ほどの団員増強を考えての募集であったのだが、想定以上の希望者が集まってしまったため急遽入団試験を行っているというわけだ。ちなみに今回の増員でアイリスは騎士団を二つの小隊に分けることを考えていた。リュートとラウルをその小隊の隊長とし、それぞれに十名程度の部下を配置する構成である。
試験は、第一試験、第二試験、団長戦の三段階で行う。
まず入団希望者は、ピートやセルゲイなどの若手と戦いその経過と結果でふるいにかけられる。
ここで三分の二以上の希望者をふるい落とす予定であり、選考基準は希望者の年齢と実績で決めている。
伸び代が期待できる若手に関しては、結果より戦いぶりが重視される。未経験者でも光る物があれば……というやつだ。
一方で経験者や熟練者は加えて結果も求められるという基準である。
ピートやセルゲイに苦戦するような経験者はいらないというわけだ。
ちなみに選考にはレドウもお手伝いとして参加している。
ちょっと眠そうな様子であったが、試験が始まれば真剣な顔で見つめていたため、仕事はきっちりこなしているようである。
第一試験(足切り)を通過したのは23名。
ピートもセルゲイも一般基準では非常に優秀であるため、ほとんどの希望者に後れをとることがなかったのは立派だったと言えるだろう。
次は第二試験である。
騎士団中堅である、ケリーを含めた多くの騎士との模擬戦である。基本的には第一試験と実施要項は変わらないのだが、選考しているアイリスとレドウの審査観点が変わる。
希望者たちには『勝利が選考通過の絶対条件である』と伝えてた上で、その実で二人が見ていたのは『何が何でも勝ちに行こう』とする姿勢を重視していた。
これがなければ、先の成長は見込めないからである。
こうして第二試験まで通過した希望者は若干四名。
屈強な歴戦の戦士、エンベルガ
魔法と剣を巧みに使い分ける女魔法剣士、イリーシャ
二刀流の女性剣士、オルハ
レイピアの使い手、ウルス
「なぁ、もう四人とも採用でいいんじゃねぇの?」
レドウがだるそうにアイリスに告げた。
「……真剣にやってます?アスタルテ家騎士団の増強は必須命題ですよ」
レドウの言動を嗜めるアイリス。
「だからこそだよ。この四名なら問題ねぇだろ?特にウルスってやつ、実力を隠してるが多分リュートより強えぞ」
「レドウさん。この入団試験はアスタルテ家のためのものです。下手に他家の暗部や斥候を紛れ込ませるわけにはいきません。実力があれば良いというものではないのです」
試験の在り方について諭すアイリス。強いだけで騎士が務まる訳ではないと言うことだ。もちろん弱くては話にならないのだろうが。
「でもよ?アイリスと剣を合わせたからって分かるものか?強さしかわからなくねぇか?」
レドウが素直に疑問を投げかける。
「レドウさんも感じている通り、剣をあわせただけでは強さしかわからないですが……そもそも本来の実力を隠している場合は暴けると思っています。試験で実力を隠すなど怪しいの一言に尽きますし」
「なるほどね……そのための最終試験か」
アイリスが席から立ち上がる。その瞬間、場の空気が明らかに変わった。
「これより最終試験を行う。一人ずつ前に出よ」
ラウルの号令でまずは一人目、エンベルガが前に出た。
「始め!」
エンベルガは開始の合図と同時に抜刀する。
一方で抜刀せずに様子を見るアイリス。が、油断している様子はなくすり足で間合いをとっているようだ。
最初に動いたのはエンベルガだ。
手にした剣を上段から思い切り振り下ろす。
その動きを見たアイリスは少し体軸をずらし、最小の動きで盾で弾くとそのまま盾で得意のシールドバッシュを仕掛けた。さすがにその反撃は予測していたか、エンベルガものけぞるようにバッシュの直撃をかわすが、その隙をアイリスは逃さない。足を払って転ばせると直後にいつの間に抜剣したのか、アイリスはエンベルガの喉元に剣を突きつけた。
「それまで」
ラウルの合図で試験が終了する。
エンベルガは一礼すると、元の位置に戻った。
そうして次々と試験が行われていく。
二人目のイリーシャに関しては勝負は一瞬で決まった。
抜剣をせず、開始と同時に火の玉で仕掛けてきたイリーシャに対し、盾を構えてアイリスが突進する。突進を避けるために慌ててよけたところへアイリスが剣を突きつけ、終了した。
三人目のオルハは、やや長引いた。
開始と同時に距離を詰め、オルハが剣舞を仕掛けたのだ。矢継ぎ早に繰り出される斬撃を盾と剣で受け続けるアイリス。剣舞の回転が止まった隙を狙って斬りかかるも、すぐに距離をとってアイリスの剣の届かない場所まで移動する。見事なヒットアンドアウェイ戦法であった。
だが、アイリスを前にそれは長くは続かなかった。
剣舞を受けるフリをしたアイリスは、剣撃の合間を縫ってオルハに斬りかかる。
突然目の前に現れるハズのない切っ先が現れ、動転するオルハ。
そのタイミングを見計らって剣を弾き、勝負が決まったのだった。
そして四人目のウルスの順番で事は起こった。発端はウルスの不用意な発言である。
「さすがは名高きアイリス団長。どう攻めるべきか……もっと手の内を知りたいとこですが」
「貴方は入団試験を受けに来たのか、私と戦うために来たのかどちらでしょう?」
アイリスがウルスに問う。
「おっと、失言でしたか。これから剣を交える相手を観察をした感想が、思わず出てしまっただけなのですが」
ウルスが平然と言ってのける。その開き直った態度はこれから試験を受けようという心境の人間のものではなく、試験の合否とは別に何か目的があったとしか考えられない。
「怪しいやつめ。捕らえろ!」
リュートの号令で騎士団が一斉にウルスを取り囲む。
「おっと、剣呑ですな。これでもおとなしくしていたつもりなのですが」
ウルスの剣気が周囲の騎士団員を圧倒する。
一瞬解かれた警戒網を難なく突破し、ウルスはアイリスの前に進み出る。恐ろしい実力者である。
「私は規定の通り騎士団試験を通過した。ならば、続けて試験を受けさせて頂きたいのですが?」
「なるほど。貴方が何者で真の目的が何かは分かりませんが、私との戦いを求めてらっしゃるのですね」
ウルスはにこりとする。だが、その笑みにはやや黒さが感じられる。
「まぁ、いいでしょう。私との『試合』は受けて差し上げます。ですが、手加減はできません。そのつもりでいらしてください」
そう言いつつもこれ以上手の内を見せるつもりのないアイリスが手にしているのは聖銀のレイピアである。
「ラウルさん。号令をお願いいたします」
「お、あ、はい。では……始め!」
号令がかかった瞬間、中央で切り結ぶ二人の剣。
二度三度と剣の交錯する音が響くと二人はお互いのレイピアで鍔迫り合いをしていた。
その様子をあっけにとられて眺める騎士団員たち。
最初に鍔迫り合いを制したのはアイリスだ。力比べが互角とみるや、手にした盾で得意のシールドバッシュを本気のタイミングで叩き込む。先の試験でその攻撃を読んでいたウルスであったが、予想外の速度で避けきれず体勢を崩したのだ。
アイリスはその隙を逃さない。さらに距離を詰め、レイピアでウルスの足を突いた。
後ろに飛びすさるには邪魔になる盾を捨て、転がるように後方へ回避するウルス。アイリスが足下に転がった盾を蹴り離しているうちにウルスは立ち上がって体勢を立て直した。
「さすがですね。こうまで何もさせてもらえないとは」
盾はなくなったが体裁きがしやすくなったウルスは、剣速度を上げて連続攻撃を繰り出す。
アイリスはそれを聖銀のレイピアで受け続ける。
いつまでも続くかと思えたその攻防は一瞬のほころびが勝負を分けた。
アイリスの打ち込みをウルスが一回受け損なったのだ。
単純に疲労から来たほころびだったかもしれないが、そんなミスを許すほどアイリスの打ち込みは甘くない。次の瞬間、ウルスが手にしていたレイピアは跳ね上げられ、丸腰となった。
「そこまで!」
ラウルの声がかかった。勝負ありである。がっくりと肩を落とすウルス。
「悪くない攻めでしたよ。でも背後関係がありそうなので尋問させて頂きますね」
アイリスが近寄ろうとした矢先、銀色の矢がウルスの胸を貫いた。
血を吐いて倒れ込むウルス。
騎士団に緊張が走る。
「ラピス!追ってください!」
アイリスは狙撃した相手を確認していた。狙撃手からは二射目が放たれていたが、それはアイリスの盾によって阻まれる。存在に気づかれていることを理解した狙撃手は、すぐに姿を消した。
下手人をラピスが追っていることまで確認したアイリスは、倒れたウルスの元に駆け寄る。
しかし、すでに絶命した後であった。
「探りを入れてきてる者がいますね……」
「すまんな。俺も気づいたのは狙撃の瞬間だった。さすがに阻止できねぇ」
レドウもウルスのもとに近づいてくる。
「負けたからって消されるんじゃ、こいつも報われねぇな。なかなかの使い手だったが」
「ともかく詰所に一旦戻りましょう。最終試験に残った三名もご一緒にどうぞ」
アイリス、レドウと騎士団員、それから最終試験まで残っていた三名は騎士団の詰所に向かった。
この日、騎士団員から緊張が解かれることはなかった。




