第4話 宿場町オピタル
北に広がるリーデル草原を割るように一本の街道が続いていた。その先には天を突くような山脈が壁のように東西に広がっている。
山々は白い雪化粧で厚く覆われており、人を寄せ付けぬ迫力で草原を見下ろしている。
そんな早朝の草原をまだ初春を迎えたばかりの冷たい風が静かに撫でていく。
雄大な自然を書きおこした絵画のような世界を一台の魔導車が吸い込まれるように走ってゆく。
……
遺跡都市タルテシュには門が四つある。
ギルドのある中央交差点の噴水を基点に、各門を突き抜けるように4本の街道が東西南北に続いている。
そしてタルテシュから約500ヴィーレほど離れた地点にはそれぞれ宿場町があり、四つの宿場町からは外環街道がタルテシュを囲んでつながっている。
それぞれの宿場町ではその地方の名産品を使った名物料理を振舞う店が連なり、旅人たちの胃袋を満たしている。
宿場町は旅の交通の要所であるとともに、人々の疲れを癒す観光地の役割を果たしていた。
レドウたち一行はタルテシュの北に位置する遺跡へと向かっている。
タルテシュ北門から乗り合い魔導車に乗り込み、まずは北の宿場町オピタルを目指す。
魔導車は馬車などから比べるとかなり早いが、500ヴィーレともなるとほとんど丸一日乗りっぱなしの旅となる。
朝の弱いレドウは乗り込んだとたん居眠りを始めたが、目が覚めてもまだ走り続けていた。
早朝発の便だけあって、一緒にのっている客はレドウたち以外に1組だけだ。
王都ウィンガルデとの中継点として栄えている西の宿場町フューズに比べると、そもそも人の往来の少ない地域であることも一因だろう。
「ヒマだ。なんか面白い話はないか?」
レドウの目がすっかり覚めたころ、今度はアイリスがうとうとしていた。レドウと違って熟睡しているわけではないだろうが、走り続ける車の中ではなかなかずっと起きているというわけにはいかないようだ。
シルフィに至っては今朝からずっと……といってもレドウは寝てたため知っているわけではないが、フードを被りっぱなしで起きてるのか寝てるのかすら不明だ。
「おい、クソガキ。寝てんのか起きてんのかハッキリしろ」
一瞬肩がピクッと動いたような気がした。
「何だ起きてんじゃねーか。ヒマなんだ。話相手になれよ」
シルフィは動かない。
「無視すんなよ」
無造作に出したレドウの手にシルフィのタクトが向けられる。
「おいおい、物騒だな。それしまえよ」
「わ、わたしに触るな!」
レドウは手を引っ込め、軽く首を傾げる。
「別にとって食いやしねえさ。話相手になれって言ってんだよ」
「は、話すことなんて……」
「無いわけないだろ。短い期間だが仲間なんだ。遺跡じゃおめえを護衛するのが仕事だし。どういう位置取りするか打ち合わせるだけでも会話になるだろ」
「……」
「ま、いいや」
会話にならないと思ったか、レドウは再び大きないびきをたてながら眠り始めた。
……
日が西の山脈にかかる頃、魔導車は宿場町オピタルに到着した。
オピタルは宿場町の中では比較的往来が少なめであるとはいえ、それでも宿場街道は多くの人でごった返していた。
タルテシュからの直接の来訪者は少なくても、外環街道を使ったフューズからの来訪者が結構多いのだ。
遺跡都市として名を馳せるタルテシュとくらべ、生活物資を扱う行商人の往来が多いことも宿場町の雰囲気づくりに一役買っていた。
「やっと着いた。もうこの時間じゃさすがにノオム村への定期便は出てねぇよな」
「そうですね。宿を取って明日の出発に備え・・・」
「こっから自由行動な。女性二名と俺が同部屋に入るわけにはいかねえし、別行動のほうがお互い都合がいいはずだ」
「わかりました。明日も出発は早いので遅れないようにお願いしますね」
「よし、じゃあ明日な。あ、そうそうアイリス」
「はい?」
何事かとレドウに向き直る。
「そこのクソガキに、ちゃんと俺とも普通に話すよう言い聞かせといてくれよ。話しかけてもだんまりじゃかなわん。じゃあな」
そういい残して雑踏の中に消えていった。
やや苦笑いでアイリスはシルフィの頭をぽふぽふと軽く叩いた。
「……」
「苦手なタイプかもですが……無理せず少しずつですね。さ、今夜の宿を探しましょう」
「我慢するの大変よ」
レドウが消えた側と反対側に二人は歩いていった。
……
宿場町オピタルの奥まった一角は、それなりに知られた歓楽街であった。
もちろんタルテシュにもそういった店が軒を連ねている界隈があるが、訪れる人も顔の知れた冒険者たちばかりであるため、何かと都合が悪い。
そう、都市の顔役である友人ジラールに知られることが一番まずいのだ。
手持ちの金銭が底を尽きているはずのレドウが訪れるわけがないのだから。
だが宿場町は違う。レドウの顔を知ってる者など皆無だ。
「レドウ=カザルス 32歳 独身! この機を逃して漢など名乗れるか!いざ!ゆくぞ!」
戦闘に向かうより気合をいれ、懐のこっそり貯めたへそくり金貨20枚を握り締めると、意気揚々と歓楽街に入っていった。
表の路地を2本程裏に入ったそこは表の雑踏とは様相が異なった。
群れずに道を歩く大勢の男たち。今夜の相手を見つけたのだろう、美しく着飾ったうら若き女性たちが明らかに釣り合わない男たちに寄り添いながら闇に消えていく姿。
そんな光景を見ながら、久しぶりの高揚感を感じて奥の方に歩みを進めるレドウ。
と、ある店の軒先でレドウの視界に飛び込んできたのは、薄手の服で客引きをしている20台半ばと思われる美しい女性だった。
(こ・れ・だ・!)
ターゲットを捉え不自然な動きで近づくレドウ。不審者そのものだ。よく見ると手と足の動きが同じだ。
「あら、素敵なお兄さん。どう?寄っていかない?いい娘たくさんいるわよ」
「俺はお姉さんがタイプなんだが、お姉さんじゃダメか?」
おっと。所作と比べて会話は流暢だ。何度も会話のシュミレートでもしてたのだろうか。
女性はやや妖艶な笑みを浮かべる。
「嬉しいわね。中に私より素敵な娘がたくさんいるけど、それでも私を?」
「もちろん!この町にお姉さん以上なんていないさ!」
すっかり絡めとられているレドウ。本人は気づいていないのだろうが、外から見たら完全にハマっている。
「ちょっと待っててね。お兄さんに着いていくためにこの持ち場を離れなきゃならないから……」
さっとレドウの首筋に軽く手を触れさせると中に女性は中に入っていった。
レドウは顔を赤くして硬直している。
「さあ、行きましょ。前金制なのだけど、どのくらい一緒に居てくださるの?」
「いくらだ?」
「一刻なら3,000リルで場所はここの裏手にいいところがあるわ。一晩なら・・・そうね、お兄さん素敵だから10,000リルでいいわ。場所もお任せするわ」
(よ、よし!足りるぞ。問題ない!)
「一晩だ!」
ごそごそと懐から金貨10枚を取り出すと、お姉さんの手をとり直接握らせた。
「旨い店と良い宿確保しているんだ。まずは飯食いにいこう」
「ええ、楽しみだわ」
女性はレドウの腕に抱きつくとその豊満な胸を押し付けた。
目も当てられないレドウのデレデレ顔がさらに緩む。とても知り合いには見せられない姿だ。タルテシュで行かなかったのはいろんな意味で正解だ。
裏通りの歓楽街を出て表通りに戻ったレドウは、女性をエスコートしながら高級宿場街の手前にある肉料理のレストランに入った。
オピタル周辺では広大な草原を利用した畜産が盛んであり、新鮮で良質の肉や玉子が集まることから、肉の美食街でもあった。
但し、そんな高級レストランはお値段もそれなりである。
女性と楽しいディナーのひと時を過ごしたレドウは、ボーイの持ってきた勘定書を見てピクッと身体を震わせた。
(お!おぉぉ!3,500リルだとぉ!平常心だ。平常心)
必死で笑顔を取り繕いながら、ボーイに金貨3枚と銀貨5枚を渡し、その上でチップとして銀貨1枚をテーブルに置いた。
「さぁ、いこうか」
レドウは女性をエスコートし、店外へと向かう。
「さすが。慣れてらっしゃるのね。素敵!」
女性が再び寄りかかるようにレドウの腕にしがみつく。この数刻で大金が吹っ飛んでいったことはレドウの中でどうでも良いことにランクダウンした。
しかし、レドウの悲劇はこの直後に起こったのだった。




