第46話 魔導研究員たち
主任は苛立っていた。
あれから所長は研究室に一切現れていない。
だが、彼は急に現れるなり回答を迫ってくる。それがいつものパターンだ。
しかし、彼は先日の報告から数日経つというのに、何の成果も上げられないでいた。
人造魔導兵の試験を統括しているはずの副主任も姿を見せない。
「一体何をやっているんだ」と思ったところで、連絡をとる術すらない現状、主任としては報告を待つ以外の手段がなかったのだ。
主任は一人研究室で人工聖魔石・・・・・・いわゆる魔導爆弾と向き合っていた。
所長は実験の許可をくれた。ということは、いずれまたここに現れるであろう。その際に成果と言う名の土産の一つもつけられないのは主任にとって屈辱以外の何物でもない。
(やはり、私には実験と研究を行うしか選択肢はないようだ)
主任は実験室のデスクに向かった。
魔導爆弾としては成功であるが、旧帝国だけが持ちえたという聖魔晶の精錬法。
文献すら残されていない現代にその技術を再現するのは非常に困難を極める作業である。
(だが一千年も前の古代人が同じようにゼロからやってのけたこと。魔元素の制御に於いて天才と呼ばれる私に出来ない道理はない)
主任は感じていた。現代の魔元素制御手段の限界を。
抜本的に考え方を改めなければならない。
彼は既に精錬法に一つの仮説を立てていた。だが、それは今手元に存在する精錬機器では実現できない手法である。
(まずは機械を作るところからだ)
彼は手もとのノートに機械が実現すべき回路を書き付けていく。
少しずつ少しずつ、主任の手によって精錬機器が設計されていくのであった。
・・・・・・
かつて側近と呼ばれていたその人物は、宿場町フューズのとある宿にいた。部屋にいたのは一人ではない。もう一人のこの男こそ、主任が帰りを待っている副主任その人であった。
「こっちまで出向いてくれてありがとう。助かるよ、オルストフ殿」
「そういうお前も相変わらずだな。いい加減男装をやめたらどうだ。ん?折角のいい女が台無しだぞ、コロナ」
「うるせぇな。俺は自分が女であることが好きじゃねぇんだ」
なんと《サブ》は、男ではなかった。
副主任オルストフにそれを指摘されたところで男装をやめる気配もない。
「まぁ、それはいい。研究馬鹿のエリックが進捗よこせとうるさいので逃げてきただけだ。試験の結果報告をもらおうか」
副主任オルストフが鋭い目つきで睨みつける。先ほどの軽口がウソのようだ。
コロナはそんな脅しにも似た視線を軽く受け流しつつ、これまでの経緯と結末について報告をした。
魔導兵化するための《種》の植え付けと、それによる基本身体能力の向上。
力を得たものが人類社会に脅かす影響度や持ちえたカリスマ性。
制御液によって効果を最大出力とした際の魔物化の効果とその力の持続力、そして効果が切れた際に安全に元の人の姿に戻ること。
力に対しての被験者の依存性なども含めて、事細かにレポートを報告していくコロナ。
副主任オルストフは、微笑を浮かべながらコロナの報告を満足そうに聞いていた。
「……以上です」
コロナが報告を終える。
「で、どうなったんだ。被験体βは倒されたと一報してきたじゃないか。そのまま放置してきたのか」
「いや、それが……遺体は既になくてですね。現地の村人に討伐されたのは間違いねぇのだけど」
「なんだと!どういうことだ。データが取れてないなど聞いてないぞっ!」
副主任オルストフは唾を飛ばしながら激昂する。
「おっさん。唾とばすの勘弁してくれよ。俺の服が使い物にならなくなるだろ?」
嫌そうに距離を置くコロナ。
「ふん、貴様の服なんぞどうでもいい。ちゃんと納得のいく報告をせよ」
「そんなん俺が聞きたいやね。なんでβがああも簡単にやられるのかこっちが知りたい。そもそもまだ実験をは終了にするつもりなんざなかったんだからね」
怒鳴るオルストフに噛みつくコロナ。
さすがにその剣幕は宿全体に響き渡っていたのだろう。ドアがノックされる。
「すみません。他のお客様のご迷惑になるので、口論なら外でやってくれませんかね?」
宿の主人である。
「あぁ、すみません。ご迷惑をおかけするつもりはなかったのですが。もう終わりますんで」
打ってかわって低姿勢のオルストフ。こういう変わり身は得意のようだ。
お陰で憮然としたコロナだけが目立ってしまう。
「お連れ様もあまりお怒りにならないようお願いしますよ」
宿の主人はそう念押しして部屋を立ち去る。
「なんだい!俺ばっかり悪者にされて」
「わかったわかった。私も気をつける。もう怒鳴るのはやめにせよ。その……βが討伐された時の状況を詳しく教えてくれ」
なだめるようにオルストフは語りかける。
「あぁ。でもな?俺も正直よくわかってねぇのよ。」
盗賊団が襲撃していた地域に、頭一つ抜ける強さの一家がいたこと。
ただ、討伐される数日前にその一家を壊滅させ、盗賊団の勝利が濃厚となったこと。
そこへ会話の流れから長兄と思われる男が、妹と共に盗賊団のアジトを襲撃してきたこと。
長兄は魔法使いと名乗ったが、両手剣を扱う達人で、自分といい勝負だったこと。
そこへβが現れたので、制御液を渡してコロナが戦線を離脱した。
しばらくして戻るとβが討伐されていたことを報告した。
「バカな。何故離脱した」
「仕方ねぇんだよ。その一緒にいた妹ってのが結構な弓の達人でよ、様子を見ようと近づくとかなりの距離から射かけてくるし、落ち着いて観察も出来ねえ状況さ」
諦めた様子のコロナ。
「でもよ?いくらやつらが手練だったとしてもβが負けるとは思わねぇっしょ?あれは正真正銘の化け物だし」
「……何者なんだ、その、自称魔法使いは」
深くため息をついたオルストフは絞り出すように尋ねる。
「知らないね。ロイズ地区に住んでる村人としか」
「名前もわからないのか?」
「名前?あぁそうそう。確か魔法使いのレドウとか名乗っていたな。大剣構えてやがったから、ふざけた野郎だとしか思わなかったんで忘れてたよ」
(魔法使いのレドウ……魔法使いのレドウ……)
オルストフはその名前を心の中で反芻していた。
しかし、さすがに知らない名前だ。少なくとも現時点でオルストフの情報網には掛かっていない。
「わかった。ご苦労だった。レドウという名、覚えておくとしよう」
「これで任務完遂かい?じゃあ報酬ちょうだいよ」
コロナはころっと態度を変え、オルストフににじり寄る。
だがオルストフは邪険に振り払う。
「これだからお前という女は信用できんのだ」
「俺は女と呼ばれたくねぇって言ってんだろ?」
抗議の声を上げるコロナ。
「ちゃんと報酬はやる。とりあえず夕飯だ。いいな?」
「へーい」
報酬の確約を取り付けておとなしくなったコロナ。
そしてオルストフの腕に絡みつき、身体を密着させてくる。。
「女と呼ばれたくないと言いながらこの態度はなんだ。だから信用ならないんだ……」
「まぁいいじゃねぇか。俺じゃ相手として不服かい?」
「しゃべり方と、コロコロ変わる態度が不服だ」
「ははっ、ちげぇねぇな」
正直に不満を伝えるオルストフ。だがそんなオルストフをコロナは嫌いではない。
「まあ夜は長げぇんだ。ゆっくり楽しもうぜ」
「俺はお前に襲われている気分だ」
オルストフはやれやれといった様子でコロナを連れ、食堂のある階下へ降りて行った。




