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レドウの華麗なる冒険譚  作者: だる8
第三章 胎動
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第41話 研究室

 薄暗い通路を一人の男が足早に歩いている。

 初老の男だ。


 表情を見るに大急ぎというわけでもなさそうだ。おそらく彼の歩く癖なのだろう。

 通路の一番奥。突き当たりの壁の前で初老の男は立ち止まると、懐からアクセサリーのようなものを取り出した。


 彼はそのペンダントを壁の前で掲げる。

 すると突き当たりの壁は音もなく消え、その先に通路が現れた。

 

 初老の男が消えた壁を越えて通路の先に入っていくと、壁は再びもとの姿となって道を塞いだのである。


「主任!進捗の報告を聞かせろ」


 初老の男は部屋に入るなりそう怒鳴った。 

 この部屋はどうやら研究室のようである。


 至るところに机とやや散乱した資料が置かれている。魔石がところどころに落ちている。

 とても整理整頓が行き届いた状態とは思えない。

 魔元素の抽出が終わったあとの抜け殻となった石も混ざっているようだ。


 しかし不思議なことに人の気配がない。


 さらによく見ると、その部屋にはさらに幾つかの扉があった。その中が実験室で、研究員はその中にいるのだろう。この中央の部屋は分析結果を纏めるといった使われ方をしているようである。


 そのうちの一つの扉から、白衣を纏った中年の男性が現れる。

 この男が『主任』であるようだ。


「閣下、報告は明日の筈でしょう?今大事なところなんで、あとにしてくれませんかね?」


 主任と呼ばれた男は非常に慇懃に応える。

 さっさと実験室に戻りたいのだろう。


 だが、初老の男が主任の発言に目をむいた。


「貴様、ここではあれほど『閣下』と呼ぶなと言っているのがわからんか!」

「あぁすみません。所長」


 イラッとした様子で主任が謝る。

 実験中に呼びつけられたことに対してのあてつけでわざと『閣下』と呼んだようだ。


「まあいい。明日の報告はしなくて良いから、今日聞かせてくれ。明日はここに来られない用事が入ったのだ」


 ふん。と軽く一息つくと、初老の男は報告を促した。


「実験中なのであまり実験室を離席したくないのですが?」

「ならば実験室で聞こう」


 主任の後について、初老の男は一つの実験室に入る。

 部屋の中央には巨大な魔晶石が大きなガラスチューブと思しき容器内に安置されており、容器には何本もの管が繋がっている。

 通常、魔晶石は光に対しての反射光で輝くものだが、実験室の石は発光していた。


「ライトを落とすとより分かりやすいですね」


 主任はそう言って部屋の電気を落とした。

 青白い輝きが石から自然に放たれているのが暗闇に浮かびあがった。


「このサイズの魔石ですと、仮に自然に存在する魔元素含有量を参考値とするなら30,000マノ程度、魔晶石であれば60,000マノ程度が限界値です。ですが、人工的に魔元素を圧縮して投入した結果、通常の魔晶石と比較して約十倍の600,000マノの魔元素が含有させることに成功しております。これはかつてない規模ですね」


 主任が自慢気に話す。自分の功績であると言いたげだ。


「ただし、問題もあります。以前から指摘されていた安定性についてなのですが、圧縮率が三倍を越えたあたりで自然存在が出来ずに暴走するんですよ。ですので現在はこうして魔元素制御液に浸した状態を保ってます。この状態であればもう少し含有量を増やせる出来る見込みですがね。」


 要するに、目標未達だが研究の余地はある。といった報告であった。

 報告を聞いて初老の男が、とある確認を行う。


神器(アーティファクト)との比較はどうなった?確認したのであろ?」

「あぁ、そっちの件ですか」


 主任は別のバインダーを開いた。

 しばらく資料とにらめっこをしていたが、とあるページで手が止まる。


「本日は休みですが、アンクルスト研究員が調査してますね。えっと、所有者であるハイラム=イスト=ハズベルト様より神器をお預かりしまして、含有魔元素量の測定を行っております。で、肝心のその結果についてですが……」


 主任はバインダーのページをめくる。


「……魔元素含有量は100,000マノであったそうですね。ということはです。通常の魔晶石クラスの大きさの石にこの含有量、つまり魔晶石と比較して含有圧縮率が約二百倍であることを意味します。現在の我々の技術では到底実現不可能な値ですので、現在の方向性のみで推し進めるのではなく、多角的にで根本的な見直しが必要ですね」


 主任の報告を聞きながら、初老の男の手がプルプルと震えている。


「つまり何か?この研究は無駄だったということか?」

「とんでもない。重要な研究ですよ」


 無駄金を投入したのではと憤る初老の男に対して主任は、なぜ怒っているのか分からないという様子で答える。


「この研究がなければ魔元素制御液の開発が遅れていたでしょう。結果的につまり人造聖魔晶の開発はここで断念ですが、魔元素制御液の開発と通常輝石レベルの人工聖魔石の作成には成功しているのです。この成果を無駄と捉えられるなど愚の骨頂ですぞ」


 雄弁に語る主任。

 しかし結果を求める初老の男にとっては、この結果は不満なものであったようだ。


「知りたいのは、いつ出来るのか?だ。分かってるんだろうな」

「仰っている意味は分かりますが、説明したとおり現状行き詰ってますから、出来上がりの日程なんて確約できないですよ」


 主任はどうしようもないことは無理して繕わない性格のようだ。


「く……。まあいい。では次の報告に移れ」

「え、さっき話したじゃないですか。基本同じなんですけどね」


 やや小馬鹿にした様子で主任が話を続ける。


「魔導爆弾の開発についてですが、これはほぼ完成です。いま目の前にあるこれがまさにそれです。いま浸している制御液を抜けば、十数秒後に石に含めた魔元素が暴走して大破壊(オーバードライブ)を引き起こします。600,000マノ分のエネルギーですから、そうですね……大陸の一つや二つ簡単に吹きとばして更地にできますよ。あぁちなみに、爆弾としての見栄えをどう整えるかなどは、そちらで勝手に考えてくださいね」


 またも雄弁に語る主任。先ほどと同様自慢げな語り口はなにも変わらない。

 主任の報告を聞いてふむ。と考え込む初老の男。


「あぁもちろんもう少し威力を落とすことも可能です。いやぁこんなとこでこれを暴発させたら危険ですからねぇ」

「実用化させるためにはもう少し低出力の魔導爆弾を量産しておきたいところだな」

「実験ですね!」


 主任は目を輝かせて奥の金庫から一つの箱を取り出した。取り扱い注意の張り紙がしてある。


「こいつはですね、200,000マノ……つまり、神器(アーティファクト)の二倍レベルの魔元素量を保持した実験用爆弾です。魔導爆弾の爆発エネルギーは指数関数的に増える想定なので、こいつが実験にはちょうどいいのでは。いやあこんなこともあろうかと作っておいて良かった。自分を褒めてやりたいですね」


 またも雄弁に語り出す主任。癖というのはどうしようもない。


「分かった。魔導爆弾の実験の場は用意してやる。では最後に人造魔導兵、通称《種》計画についてだ」


 主任の表情が若干曇る。あまり話したくなさそうな雰囲気を醸し出している。


「《種》については、テストフェーズに移行してるんで副主任に任せてるんですよ。自分は正確に進捗を把握できてないですね」

「分かってる内容だけでも報告しろ」


 初老の男に促されて渋々報告をする主任。


「《種》の開発自体は完了してまして、現在実地試験の最中です。ですが……所長もご存じだと思いますが、先日遺跡に廃棄した実験体が騎士に倒されてしまったことに加え、南方で実験しているβ版についても、どうやら一人の村人に倒されてしまったようなのです。正確なデータ収集はこれからですが、魔導兵化した個体の強度や戦闘力が疑問視されている状況です。研究室データでは人の抗える戦闘力ではないはずなのですがね。野に放つと何か環境依存で変化するのか」


 主任の心境としては、自分の開発内容に間違いはないはずだが環境試験で結果が出ないことに不安を抱えている。といったところなのだろう。

 初老の男は少し唸ったが、主任に対して静かに報告を促す。


「実験体βを倒した村人とは何者なのか、報告を受けているか?」

「いえ、まだ自分の手元には上がってきてませんね。副主任のところにデータがあるかと」

「分かった。報告あり次第、私まで早急に報告せよ。お前は開発に戻れ」


 初老の男は実験室を出たところで何か思案していたが、再びペンダントを壁にかざすと研究室を出て行った。


 主任はやれやれといった様子で見送ると、再び実験室に篭ってしまったのだった。

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