第40話 マーニス
レドウとレーナ兄妹が盗賊の討伐作戦を決行している頃、アスタルテ家に一人の男が訪ねてきていた。
まだ若いが貴族然とした服装を身にまとっている。
腰に差しているレイピアも繊細な装飾が施されており、かなりの高級品であることが見てとれる。
男の名はミュラー=イスト=マーニス。マーニス家の三男だ。
マーニス家は魔石商人を統括する財閥一族である。
もともとは第七位であったが、魔石採集による収入と商業手腕によって国家一の財をなした。
そしてその財力で、ヴィスタリア聖教会の改修と国家財政の安定化を図った功績で、第四位に格上げされた唯一の王家である。また、そうした経緯に加えて日頃から下位家を蔑む態度が散見されるため、他の八輝章家から疎まれる一家という側面も持っていた。
しかし国家の財力を掌握しているほか、採集した魔石を優先的に学術支援にまわしていたため、学問一族である第二位ロイスウェル家と仲が良く、結果としてマーニス家はヴィスタリア連合王国内でも大きな実権を握っている王家の一つとなっている。
そんなマーニス家に三男として生まれたミュラーは、マーニス家には珍しく非凡な剣術の才に恵まれていた。
ヴィスタリア連合王国正規軍の騎士となるための資格である、国家騎士団員資格を12歳で取得するほどの実力を持っていたのだ。代わりに商才には縁がなかったようであるが、そもそもマーニス家当主候補ではないミュラーにとってそこはどうでもいいことであったのだが、別の問題があった。
彼は実力で国家騎士資格を得て騎士となったにも関わらず、マーニス家にとって騎士は重要ではないため、一家の中では肩身の狭い思いをしているということである。
また、資格をもって国家正規軍を構成する騎士団であるハズベルト家や、パーン家の騎士団に入団したとしても、ハズベルト家には『成り上がり』と疎まれ、パーン家には『順位が高い厄介者』扱いをされるため、正規軍での重要ポストを狙えないという位置づけであったことだ。
だからと言って、彼はただの騎士で終わるつもりは毛頭なく、王家の一員として権力を握る野望は人一倍持っていた。
結果として彼が現実的な手段として考えたことは『下位他家の当主に収まる』ことであった。
その筆頭候補がアスタルテ家である。
アスタルテ家には当主候補となる男子がいなかった。
ミュラーとしては下位家であればどこでも良かったのだが、当主候補筆頭となりうる男子がいる家は都合が悪い。
本来、家業的にはアスタルテ家を狙うより、第七位カーライル家の当主に収まるのが最も都合が良い。なぜならカーライル家は、国内の商人ギルドを掌握している家だからである。
これまでマーニス家はさまざまな手段で勢力拡大を行ってきた。
魔石の採掘できる鉱山を直轄として鉱夫から利用料をとったり、魔物の多い遺跡を直轄領として探索する冒険者から入場料をとり、魔物を倒して得た魔石の10%を納品させるなどの税金収益を獲得するほか、南方の商業都市を拠点にタガデア砂漠の行商を営むガウェイン一家(アルフの一族)を接収し傘下に入れたことなどもその施策の一つである。
しかし、当然こうしたやり口はカーライル家の傘下である商人ギルドや冒険者ギルドから疎まれている。自由な交易を損なう手段であるからだ。
こうした経緯から水面下ではテリトリー争いが絶えず発生し、カーライル家とは非常に仲が悪かったのだ。そのためミュラーがカーライル家の当主となることが出来れば、マーニス家としては非常に優位に立てるのである。
カーライル家には娘がいるので不可能な選択ではない。
だが、当主候補となる息子もいるため、仮にカーライル家に入れたとして思惑は上手く立ち行かないのだ。
その点一人娘であるシルフィア以外にあと継ぎのいないアスタルテ家は非常に都合がよかった。
シルフィアが王国内で一、二を誇る美少女であることもミュラーの意欲を煽っている。
「やあ、ごきげんよう。愛しきアスタルテ家よ、私のシルフィアは息災かな」
ミュラーは門の前で一言そう告げると、特に誰かの許可を得るでもなく敷地内に入っていった。
慌てて入場門担当の使用人が駆け寄る。
「も、申し訳ありません。ミュラー様、要件を取り次ぎますのでしばしお待ち頂きたく……」
「黙れ。お前の言葉に従う義務はない」
使用人の言葉を無視し、歩みを止めることなく中庭へと進むミュラー。
「で、ですが」
「くどいっ!」
腰に刺した剣を鞘ごと抜くと、使用人を打ち払った。
「ぐっ……!」
打たれた腕を押さえてうずくまる使用人。
下らないものでも見るように一瞥し、中庭に向かって再び歩みを進めるミュラー。
様子を見ていた使用人たちが急いで詰所から出て、打たれた使用人に駆け寄る。城内が騒然としはじめた。
周りの様子など気にする様子もないミュラーが中庭に入ると、アスタルテ家直属騎士団がその周囲を取り囲んだ。
筆頭のリュートが一歩その輪から進み出る。
「ミュラー様、いつも当家においで頂きましてありがとうございます。しかしながら、当家内での狼藉を働かれるとなればこの先にお通しするわけにはまいりません」
ここで初めてミュラーの足が止まる。
「お前は何を言っているのだ。何ゆえそのような疑いを持たれなければならぬのだ。私はシルフィアと話をしにきただけである。道をあけよ」
「ミュラー様は、当家の財産である使用人に手をあげておいてなお、そのようにおっしゃるのでしょうか」
ミュラーはここで初めて何を言われているのか気づいたという様子を見せる。
「なんだ。先ほどの無礼者に対しての処遇について『狼藉』と呼んでいたのだな。あれは仕方ないだろう。礼を尽くさぬ方に咎がある」
再び歩みを進めるミュラー。しかしその行く手を阻むリュート。
「認識の差異があるご様子。八輝章家の取り決めに従い咎に対しての処罰を行う場合、敷地内の当主、つまり今回で言いますと当家閣下の裁量が入らねばならぬ盟約があります。いかにミュラー様といえど、この取り決めを越えて独断で処理されるのはいささか横暴でございましょう」
「次期当主の判断である。問題ない。そこをどけ」
ミュラーとリュートが中庭中央で睨み合う。
「何事ですか」
姿を現したのはアイリスだ。
「あ、団長殿。ミュラー様が」
「やあ、アイリス騎士団長殿。シルフィアはいるか?」
リュートとにらみ合いをしていたことなど瑣末なことであるといった素振りで語るミュラー。
アイリスの元にラウルが駆け寄り、ことの次第を耳打ちする。
「なるほど、わかりました。つまりミュラー様は、当家シルフィア様に会う事に気をとられ、思わず他家内で勝手な裁量を行ってしまったと。そういうことでよろしいでしょうか?」
アイリスが中央に進み出る。
「う、うむ。まあそういうことになるな」
やや気圧された感のあるミュラー。
「となれば、当団員リュートの行動に過ちはありません。本日はお引取り頂けますでしょうか」
「ならぬ。私はシルフィアに会いにきたのだ。顔を見るまではひかぬぞ」
ここだけは引けないと強気のミュラー。
「お尋ね致しますが、お約束はおありでしょうか?」
「ない。未来の妻に会うのになぜ約束など必要か?」
ややため息をつくアイリス。
「誰が『未来の妻』よ。私はそんなこと認めてないですけど」
シルフィが現れた。いつから居たのだろうか。
「おぉ、シルフィア!相変わらずお美しい」
鉄面皮を貫いていたミュラーの顔が綻ぶ。
そして大げさに困っているといったジェスチャーをする。
「この者たちが我々の愛を阻もうとするのだよ」
「勝手なこと言わないで。少なくとも私と貴方の間に愛なんて存在しない」
腕を組んでアイリスの横に並ぶシルフィ。いつもの仁王立ちである。
眉をしかめたその表情は心底嫌がっているようだ。
だがそんな様子を知ってか知らずか、気にせずに続けるミュラー。
「高貴で家柄の確かなこのミュラー=イスト=マーニスが、当主候補のいないアスタルテ家を支えてあげようという申し出です。また、マーニス家の強力なバックアップのもと財政補助も可能です。アスタルテ家にとってこれ以上ない好条件。良いことずくめです。拒否する理由がないでしょう」
さも当然なことだと言い切る。
「拒否する理由なんてたくさんあるわ。聞きたい?」
「そうだな。理由などないはずだが聞かせてもらおうか」
何故か余裕のミュラー。
怒りを押し殺している分、拒否しているはずのシルフィの方が余裕がなく見えてしまう。
「まず貴方が勝手に傷つけた使用人は財産。人材を財産と考えずに平気で踏みにじれる人は要らない。それからアスタルテ家はカーライル家と友好関係を築いているの。カーライル家を敵視するマーニス家とは関係をもちたくないし要らない。最後に……」
大きな深呼吸をしたシルフィ。
「私は貴方が大嫌い!生理的に無理!二度と近づかないでっ!」
余裕の表情を崩さないミュラーに向かって言い放つシルフィ。
だが平然と聞き流すミュラー。
「どれも大した理由ではないな。人材が財産?金銭と一緒にされては困るな。これは私が当主となった暁に私の考え方を家風に浸透させれば良いだけのこと。シルフィアが心配することは何一つないのだよ。それにカーライル?あのような俗物一家と崇高な我がマーニス家を同等に捉えること事態が間違いだ。そして、貴女には八輝章家であるアスタルテ家を存続させる義務がある。その役割の前には好き嫌いなど瑣末な問題だ。であれば、最も良い血統と家柄から選択すべきではないか?」
ミュラーの発言にますます曇るシルフィの表情。
そして流石に周りの騎士団の面々もこの発言には辟易しているようだ。
「今の発言で、ますます貴方はアスタルテ家に不要な人間だとわかったわ。もう話すことない。」
シルフィはそのまま踵を返して城へと戻り始めた。
それを追いかけようとしたミュラーだったが、アイリスと騎士団に阻まれる。
「まあいい。今日はこれで引き上げよう。だがまた来る。良く考えておくことだ」
勝ち誇ったようにミュラーはアスタルテ家を引き上げていった。
残されたのは納得がいかない様子の騎士団員。
アイリスはリュートとラウルの肩を軽くポンと叩き、労った。




