第38話 首領
ゆっくりと円を描きながら二人の距離が少しずつ縮まっていく。
互いの間合いに入るまであともう半歩。どちらが仕掛けてもおかしくない。
二人の様子を伺っているのはレーナだ。
逃げ出した盗賊は全て討ち取ったが、その後は動けないでいた。
言い表せない緊張感がレーナのいるところまで伝わってくる。
そして、少なくとも側近は、この緊張感を楽しんでいるのが分かる。
「兄貴……」
レーナは固唾を飲んで見守っていた。
一方、レドウは『さてどうしたもんか』という心境でいた。
恐らくただ勝つだけならそれほど問題はない。
しかし、目の前のこいつが盗賊でなく他の……例えばどこかの貴族の暗部だったりするなら、背後を調べておきたいと考えていたのだ。
レドウも成長したのだ。間違いなくアイリスの影響だが。
同時に長剣で、目の前の相手をし続けるのは厳しいとも考えていた。
単純に取り回し速度が追いつかないのである。
曲刀の速度についていくには、こちらも片手剣が望ましい。もしくはエクスカリバーを使って問答無用にぶった切るかのどちらかである。
当然エクスカリバーでは手加減ができないため、背後調査は出来ないという理由から『どうしたもんか』というところであった。
(なら、こちらから先手をとって押し切る!)
レドウが動いた!
大きな踏み込みから側近に向かって速度重視の突きを一閃。それを見た側近は、レドウから見て右側に避ける。避けることを見越していたレドウは、そのまま片手で側近のいる右側へ薙ぐ。
この追撃をかわしきれないと判断したか、側近はこれを曲刀で受ける。
力で勝るレドウの一撃に側近がのけぞるようにバランスを崩した。その隙を逃さず、右脚で回し蹴りのような足払いを放つと側近は完全に大地へ背をつけて倒れた。
「終わりだ」
側近のマウントを取るべく踏み出したその瞬間だった。
「兄貴危ないっ!」
レーナの声に反射的に飛び退るレドウ。
直前までレドウのいた場所を投擲されたダガーが通り抜け、背後の地面に突き立った。
「おい側近っ!何遊んでやがる!そんなやつさっさと片付けねぇかっ!」
「首領、すみません」
いいところを邪魔された。という表情で舌打ちした側近は、首領と呼んだ盗賊のところへ下がる。
首領は、身長が2ルードを超えていそうな大男だ。レドウも大柄な方だが、首領の方が明らかに大きく見える。
「何を手こずってやがる。これだけの被害が出てんだ。さっさと始末しねぇか!」
「いやあ、この人結構強いっすよ。」
人を食ったような態度で応える側近。レドウと対峙していた時のような緊張感はもうどこにもない。
「首領の力でねじ伏せちゃってくださいよ。俺には荷が重すぎらぁ」
「ち、仕方のねぇやつだ。アレは持ってるか?」
側近は何かの液体の入ったビンを首領に渡す。
「じゃあ俺は下がってますんで」
ここでレドウが右手を上げる。
それを合図にレーナから側近を狙って弓の速射が開始する。だが、悉く剣で弾かれて当たらない!
「魔法使いのレドウさんも、そっちの弓のねぇちゃんも生きてられるようならまたな」
そういって側近が岩陰の奥へ姿を消す。
「クソッ」
「まてレーナ!深追いすんな」
側近を追いかけようとしたレーナをレドウは止めた。
「くっくっく。目の前に俺様がいるってのに余裕だなぁおい。」
首領が武器も持たずに無造作に近づいてくる。
その異様な光景に一瞬ぎょっとしたレーナだったが、すぐに切り替えて弓で射掛ける。
しかし、その矢は首領に届くことなく、無造作に『素手』で掴まれた。
「貴様らはここで終わりだ。残念だったな」
掴んだ矢をポイと捨てると、首領は側近から受け取った瓶詰めの液体を飲み干す。
すると、首領の筋肉が突然隆起して肥大化した。
着ていた服は全てちぎれ飛び、身体はどんどん巨大化していく。同時に肌の色は黒く変色し、硬質化しているようだ。
「化け物か!」
レドウはまだ変化しきっていない頭を狙って長剣を突き立てるが、ギギィン!という金属音とともに剣は『何もしていない』首領に弾かれた。
(剣がとおらねぇ。地竜なみの硬さかよ)
「ひっ、人が魔物になった?!」
レーナが腰を抜かしている。
それはそうだろう。目の前で見ている光景ではあるが、あまりにも現実離れしていた。
尻尾こそないが、首領は大猿のような魔物に変身していたのだから。
首領の丸太のような腕がレドウを襲う。
剣で受けられないと判断したレドウはバックステップで避ける。
追いかけるように首領の巨体が宙を飛んできた。
レドウはその場で動けないでいるレーナを抱え、地面を転がるようにギリギリでかわす。
飛んできた首領はそのまま背後の巨木に激突するが、折れたのは巨木の方だ。
「レーナ、動け!死ぬぞっ!」
「でも、あんな化け物どうやって」
完全に心が折れているレーナの背中をバシッと強く叩く。
「大丈夫だ。奥の手を出す」
レーナを後方に逃がし、遮るように立つレドウ。
そんなレドウに向かって完全に優位をとった首領は、悠然と歩いてくる。
もう勝ったと思っているのだろう。どうやっていたぶろうかくらいに考えているに違いない。
レドウは長剣を投げ捨てた。
『グアァハハァハ!もウ勝負ヲあキらめタカ』
首領であった化け物はニヤリとする。
「いいや、その逆だ。あいにく貴様のような化け物相手に、正々堂々と戦ってやるほどお人よしじゃないんでね」
レドウは懐から【王者のタクト】を取り出すと即座に振るって剣化する。
あの地竜戦で勝負を決めたエクスカリバーが再びレドウの手に収まった。
刀身が眩しいほどに力強く輝き、首領を威圧する。
『なンだソれハ?』
これまで一切揺るがなかった首領の自信が懸念に変わる。
もしかしたらこの武器は無敵であるはずの自分に災いをもたらすものではないかと。
「悪ぃが、貴様は終わりだ」
『ぬカせッ!』
レドウに向かって首領の強烈な右フックが襲い掛かる。
その腕に合わせるようにレドウはエクスカリバーを左へ振るう。
『ギあぁァァァァァ!』
首領の右腕は、根元から斬り飛ばされ地面に転がる。
「こいつは、貴様らのような化け物を討伐するための特別な魔法だ。残念だったな」
『くソがッ!』
突進の構えをとった首領を見るや、レドウはエクスカリバーでその右脚を斬り飛ばす。
もんどりうって倒れる首領との距離を詰め、そのまま左脚も斬り離した。
動けなくなる首領。最後の力を振り絞って残った左腕を振り回す。
危なく最後の攻撃を食らいそうになるレドウ。
「ふぅ。危ない」
冷静さを取り戻したレドウは、首領が振り回している左腕にエクスカリバーを合わせ、胴から切り離した。
『側近!どこイきヤがっタ。タすけロ』
既に身動きの取れなくなった首領の顔に近づいたレドウ。
「側近はとっくに逃げたさ。やつが首謀者なんだろ?まあどのみち貴様も終わりだ。残念だったな」
レドウは首領の首を刎ねてトドメをさした。ビクビクと首領の身体が痙攣したが、それも程なくして止まる。
勝負が決したのを確認してレーナが近寄ってくる。
レドウは【王者のタクト】を懐にしまうと、長剣を拾い上げた。
「敵も化け物だったけど、兄貴もたいがいだよ」
「そうか?まあ魔法使いだからな。それより」
先ほど側近が姿を消した岩山の方を見る。当然のように姿はそこには見えない。
「黒幕を逃がしちまった。あの状況じゃしかたねぇが」
気づけば日は空高く上っていた。




