第3話 依頼者とレドウ
「痛ぇ!痛ぇって!そんなに引っ張るな」
「いいからさっさと歩くのぉ」
リズに引きずられながらギルドの個室応接前に到着したレドウ。
「ほらぁ、中に依頼者さんいるんだからぁ、静かにぃ」
「このやり取りとっくに聞こえてんだろうが」
レドウの愚痴を無視して、リズはドアをノックした。
「お待たせしましたぁ」
リズとレドウが応接の中に入る。
「こちらがぁ、先ほど紹介したレドウさんですぅ」
「レドウだ」
憮然とした態度でレドウが挨拶すると、美人女性が立ち上がった。
「アイリスと申します。よろしくお願い致します」
変わらず丁寧な物腰で挨拶すると、アイリス(美人女性)は再び席に着いた。
「じゃぁ私は席を外すのでぇ、細かい依頼内容の打合せなどしておいてねぇ。アイリスさんお話が終わったらぁ、契約関連の説明があるのでぇ窓口まで声かけてくださいねぇ」
リズが部屋を退出するのを待って、レドウも座った。
「さて、じゃあ話を聞かせてもらおうか。と、その前に……」
レドウは未だフードを目深に被ったままのもう一人の方を向いた。
「こいつは何者だ?」
「あとで紹介しようと思っていたのですが……」
「いや、今だ。わけわからんやつと話は出来んだろ」
レドウはプイと横を向いた。
「……無礼な」
透明感のある呟きが聞こえ、フードが少し上がった。
そこからは銀髪碧眼の凛とした顔が覗いた。少年?いや、少女だろうか。
「ん?ガキか?」
「私はシルフィ。ガキじゃありません!女です!」
「ムキになるあたりが、ガキなんだよ。まあわかった。アイリスとガキね」
「!……?!」
シルフィから言葉にならない言葉が発せられたように聞こえたが、レドウは気にしない。
「じゃあ、改めて依頼の話を聞かせてもらおうか。どこに何しにいく?俺は何をすればいい?」
一つ大きなため息をつくと、アイリスは語り始めた。
「私たちの詳細な素性は明かせません。そのことだけは覚えておいて下さい」
「わかった。それで?」
不遜な態度はそのままに次の言葉を促すレドウ。
「これから北方にある未踏の遺跡に向かいます。最近、地元の人間に発見されたばかりの所ですが、広く公開するつもりはないために未だ人々に知られていないところです」
「未踏の遺跡ね。だから危険度は行ってみないとわからないと」
「そうです。貴方には私たちと同行して頂き、主にシルフィの護衛をお願い致します」
「了解。遺跡探索とガキの護衛ね。あんたは戦えるのかい?」
レドウはアイリスの目を見つめた。
アイリスは腰の剣を軽くチンと鳴らした。
「ええ。これでも腕に覚えはあります。そういう貴方は?」
「俺か。俺は天才魔法使いだからな。問題ない」
レドウの言葉に若干の静寂が訪れる。
「よろしくお願い致します」
「ガキは何か出来るのか?」
「ふん!ガキって呼ぶうちは何も教えてあげない!」
明らかな不満が態度に出る。
「じゃあ、クソガキだ」
「なんですって!!」
「いい加減にしなさいっ!」
と、これまで静かだったアイリスが突然大きな声で二人を制止した。先ほどまでの雰囲気とはうってかわって有無を言わせぬ迫力だ。
「なるほど。見かけによらないもんだ。……この依頼、正式に受諾しよう。ふざけた態度も謝罪しよう」
珍しくレドウが素直に謝る。
その様子を確認したアイリスの威圧も一瞬で消え失せる。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。ところで、どうあっても貴方は魔法使いなのですか?」
「ああ、そうだ。そこは譲れない」
「譲れない理由が意味不明なんですけど」
「シルフィ」
アイリスに窘められたシルフィはまたフードを被ってしまった。
「シルフィは体力回復の魔法が使えます。とても有能な魔法使いですよ」
「ほぅ。じゃあ魔法使い同士、仲良くやろうじゃないか」
シルフィはレドウの言葉にもう反応しないよう横を向いてしまった。
「明日は始発の乗り合い魔導車で出発します。朝早いですが、よろしくです」
「わかった。北門でいいんだな?」
「はい。よろしくお願いします」
「じゃあ、俺はこの辺で。クソガキもよろしくな!」
レドウの言葉にシルフィの肩がプルプル震えているが、特に何も言い返してこないようだ。
「あ、帰るときリズさんを呼んでもらえますか?」
「あいよ」
レドウは背中越しに軽く手を振ると応接を出て行った。
「なによ!あいつ。もー絶対許さないんだから!」
「シルフィ、確かに無礼で粗野な方ですが、そもそも冒険者に礼節を求めるのが無理というもの。それに私たちも身分を隠しているのですから、我慢ですよ」
「わかってるわよ。もー」
どうしても納得いかない。とシルフィが肩を怒らせたところでリズが応接に入ってきた。
……
「マスター!さっきの続きだ!祝杯だ。エールをくれ!」
「3杯目だぞ」
「うそだろ!さっきのエール、手をつけちゃいねーんだぞ!」
酒場に戻ったレドウはマスターに息巻いた。
「エールはグラスに注いだ時点で、他の人にゃ出せねぇことくらい知ってるだろう」
「でもよぉ、あんなん反則だ。その一杯、リズに払わせろよ!」
「あぁら。あんたに仕事を紹介した私にぃ、そんなことぉ言っていいのかしらぁ?」
「げ!リズ!いつの間に!」
振り返るとリズが手を腰に当て、仁王立ちしていた。
「あぁあもう。わかったよ!1杯くらい我慢してやらぁ」
「そぉそ。ケチケチしないのよぉ」
「だいたい何しに来たんだよ。もう仕事は終わりか?」
レドウの言葉にリズはポンと手を叩く。
「レドウのアホヅラ見たらぁ、忘れるとこだった。依頼者から伝言よぉ」
「失礼なやつだな。こいつのどこがギルドの看板娘だよ」
レドウの悪態ににっこり微笑むリズ。
「『ばぁか!』だ、そうよぉ」
「へ?」
レドウが固まる。
「アイリスさんじゃない方からの伝言よぉ。確かに伝えたわよぉ」
「いやいや、事務連絡の伝言じゃないのかよ。んな、くだらない伝言……」
「私はぁ出来る女なのでぇ、ちゃんと頼まれた仕事はぁ全うするのよぉ。じゃあねぇ。ギルドの為に頑張ってねぇ」
呆然とするレドウを尻目にリズはさっさと酒場を出てギルドに戻っていった。
「はぁぁ。気分が削がれちまった。今日はもう帰るわ」
「まーたどーぞー」
と、マスターの声。
「ち、あてつけかよ」
イラつきを足音に出しながら、レドウは酒場をあとにしたのだった。




