第37話 盗賊団討伐作戦
まだ空は暗く、白み始める気配すらない早朝にレドウとレーナは行動を開始した。
レドウはいつもの通りだが、レーナは腰にさしたバゼラート二振りの他にレドウから預かった弓一式を背負っている。
元々森育ちの二人のこと、徒歩といっても森を駆ける速度はかなりのものだ。
そして二人は空が白み始める頃、少し木々が開けた岩肌が見える一帯にたどり着く。
「あそこよ」
レーナが指し示したところは少し岩肌が盛り上がったところだ。
よく見ると洞窟のような横穴があいており、入口の脇には木製の小屋が建てられている。
「全く存在を隠す気のねぇアジトだな。よっぽど腕っぷしに自信あんのか?」
レドウの認識では盗賊のアジトとは山奥の目立たないところに存在を隠すように作るものであったが、ここのアジトにはそういった気配はまるでなく異様な雰囲気であった。
もっとも利用しやすいからという利便性だけでアジトとしている可能性もある。
「まずは手前の小屋の様子を確認だ」
レドウの案に静かにうなずくレーナ。
静かに小屋に近づくと、下卑た男の声と悲鳴にも似た女性の嬌声が聞こえてきた。
集落から攫われた娘たちがここに連れ込まれた上で、性行為を強要されているのは間違いない。
怒りのあまり顔が歪むレーナ。しかし、兄の表情を見てすぐに冷静になる。
盗賊の気が緩んでいる今は、急襲するチャンスでもあるのだ。
普段短気なくせに、こういうところはしっかりしているレドウだった。
襲われている娘たちには申し訳ないが、まずは内部の様子を把握する必要がある。
レーナが小屋の屋根に上り、内部調査を開始する。彼女は狩人だったこともあり気配を消すことが上手く、こういうことはお手の物だ。
その間にレドウは【王者のタクト】に手をかけ、小屋全体をつつむように《防音空間》を発動させる。
「小屋内に盗賊は三人だけ。娘たちは十人以上繋がれてるわ」
戻ってきたレーナが兄に報告する。と、その時小屋のドアが開いた。
すばやく息を殺す二人。こんなところで気取られるわけにはいかない。
小屋から一人の盗賊が姿を現した。行為を終えて一息つきに出てきたのだろう。
ドアが閉まった瞬間を狙ってレーナが動く。
一瞬で盗賊の背後に回ると盗賊の口を押さえて喉をバゼラートで掻き切った。その一連の滑らかな動きは鍛え抜かれた暗殺者そのものである。
盗賊はビクビクと身体を痙攣させたのち、声も出せずに絶命する。
「これで中は二人ね」
「お前な、どこでこんな物騒な技術を」
レドウが呟きながら、盗賊のフリをして無造作に小屋に入る。
小屋の中は大部屋一つのみの間取りとなっており、攫われてきた娘たちは壁に設置された鎖で手足を拘束されていた。
「よお、今度はどの娘に……」
必死に事におよんでいた盗賊の一人は振り返ることもなく話しかけてきたが、喋りきる前にレドウが背後から首を刎ねる。
異変に気付いたもう一人の盗賊は、慌てて娘から離れて小屋を逃げ出そうとしたのだが、レドウに続いて入ってきたレーナが突き立てたバゼラートがその胸を貫き、盗賊は絶命した。先ほど外で仕留めた盗賊を含め、三人の死体を部屋の隅に集めてボロ布で覆った。
突然現れた助けに娘たちは状況を把握出来ないでいたが、助かると知って安堵の涙を流し始めた。そして拘束していた鎖や手かせを次々に切断するレドウ。繋がれていた娘たちはみな半裸か裸であったため、レーナが用意していた布を娘たちにかけてやっていた。
やや落ち着くのを待ってレドウが声をかける。
「盗賊の様子を教えて欲しいんだが」
娘たちの話によると盗賊団の人数はおよそ二十人。纏めているのは首領と呼ばれている人物だそうだ。加えて副リーダーに相当する側近がいるとのこと。
ちなみに、小屋にいて既に始末した三人の盗賊はどちらでもなく下っ端らしい。
盗賊の大半は洞窟内にいるが、攫われてきた娘は洞窟内に入ることなく小屋に繋がれていたため、内部の様子は分からないとのことだった。
「充分有益な情報だ。ようするに洞窟内には盗賊しかいないんだろ?」
「兄貴、盗まれた品は洞窟内にあるんだから、燃やしたりしないでよね?」
やる気満々のレドウにレーナが釘を刺す。
「さて、君らはもう逃げた方がいいと思うけど……」
娘たちに向き直って伝えるが、混乱の中で連れてこられているため、ここがどこか分からず逃げたくても帰れないとのこと。
ロイズ地区まで戻ることが出来れば、あとは自力で帰れるとのことなので、レドウは転移ゲートを利用することにした。
あまり驚かせるのも本意ではないので、小屋の出口を使って転移させることにする。
要するに『小屋の外はロイズ地区でした』作戦だ。
「いいか、今から俺がちょっと魔法をかける。すると、そこの小屋の出口はロイズ地区の広場に出ることが出来る。それなら帰れるな?」
一斉にうなずく娘たち。
その様子を見て、小屋の扉に向かってレドウがタクトを振るった。
当然のように疑ったレーナは小屋から顔を出して確認する。そして目を丸くして言った。
「ほんとにロイズの広場に繋がってる」
その声を聞いた娘たちが扉に殺到した。
全員が扉から出るのを確認し、レドウはゲートを解除した。
「兄貴、もしかして規格外になった?」
「ま、あんまり深く考えるな。説明するのが面倒だ。そんなことよりこっからが本番だ」
二人は小屋から出ると洞窟入り口が見える森まで一旦後退した。
レーナは手近な木に登り、葉で自分の姿が隠れる位置を選んで弓を構える。
準備が出来たことを確認したレドウは《防音空間》を解除したあとで、最大出力の炎の壁で小屋に火をつけた。
先ほどまで狂宴が行われていた小屋が一瞬で炎に包まれる。
しばらくすると異変に気付いた盗賊が数人洞窟から姿を現した。
慌てた様子で何事かを伝達し、一人を見張りとして残して中へ戻っていく。
ここで狙い澄ましたレーナの矢が見張りの盗賊を射抜いた。
見事な腕だ。
何が起こったのか分からないといった表情のまま見張りの盗賊が倒れる。
その様子を中から見ていた者がいたのか、今度は四人の盗賊が同時に姿を現した。
しかし、警戒はしていてもその場で立ち止まっている盗賊などレーナにとってはただの大きな的である。
レーナから次々に放たれる矢は悉く盗賊に命中し、一人また一人と盗賊が倒れていく。
やっと襲撃だと悟ったのか、盗賊たちは明らかに身なりの異なる一人を中心に盾を構え、数人で隊列を組んで現れた。さすがにこれではレーナの弓は通らない。
逆にリーダーと思しき隊列の中心にいた盗賊が放った風刃が、レーナを直撃してしまう。
「あっ!!」
たまらず木から転がり落ちるレーナ。
「いけっ!獲物だっ!」
リーダーの盗賊の号令で一斉に飛び掛ってくる盗賊たち。
だが、襲い掛かる盗賊たちとレーナの間に立ちふさがるように、長剣を携えた男が一人現れる。
レドウだ。
レドウは先頭の三人に向けて長剣を横に薙ぐ。
流石に盗賊たちも戦闘慣れをしているようで、それをまともに食らう者はなく左右の盗賊は横に、中央の一人はバックステップで避ける。
進撃が止まった第一波の三人の後ろから第二波となる四人が一斉に飛び掛ってくる。
盗賊七人の位置を把握したレドウはタクトを取り出し、自らの周囲に炎の壁を作る。
「ぎゃぁぁ!あぢぃ!」
炎を避け損なった二人ほどが炎上する。
「やつはどこだっ!」
炎の壁で視界を遮られた盗賊たちの足が止まる。
【王者のタクト】で《耐火障壁》を身にまとったレドウは、炎の中から一人、二人と動きの止まった盗賊の首を刎ねていく。
次々と倒れていく仲間を目の当りにした盗賊たちは、リーダーの所まで戻って陣形を立て直す。
「やべぇですぜ、側近。あいつ半端じゃねぇ!」
恐れ戻った部下たちを側近が一喝する。
「たかだか二人の襲撃にてめぇらなんてザマだ!」
「し、しかしっ!」
燃え上がる炎の壁を踏み越え、長剣を担いだレドウが炎の中から現れた。
「う、うわぁぁぁ!」
混乱する下っ端盗賊たち。隊形が乱れたところを後ろから射撃が襲い掛かる。
体勢を立て直したレーナが弓での狙撃を再開したようだ。総崩れの盗賊たち。
レーナは逃げ出す者から優先的に狙撃する。誰一人として逃がさないためだ。
そんな様子を理解してるのか、混乱のさなか落ち着き払って戦況を見据えている側近は、敵として確認したレドウと対峙していた。
側近は両手に曲刀を持ち、右手の曲刀は肩で担ぐように構えている。
「貴様の名は?」
側近がレドウに問いかける。
「知らないのか?名もなき魔法使いレドウ様だ」
「名もなき……って、名乗ってンじゃねぇかよ!」
側近がレドウに向かって踏み込んだ。今までの盗賊たちの誰よりも速くレドウとの距離を詰め、手にした曲刀で下から斬り上げる。
少しだけバックステップすることで避けるレドウ。しかし、間髪いれず第二撃が襲ってくる。
かわしきれず、長剣で斬撃を受ける。
「かかったな!」
突如、上段から振り下ろされる曲刀。
レドウは長剣で下方の斬撃を受けた反動を利用して上段の曲刀を受け止めた。
「ほぅ。やるじゃねぇか」
一旦距離を置く側近。
両手の曲刀をくるくる回しながらレドウを威嚇する。
「ふん、戦いながらベラベラしゃべりすぎなんだよ」
レドウは腰のタクトに手をかけた。
「させねぇよ!」
両手の曲刀を煌かせながらレドウに迫る側近。
矢継ぎ早に左右から襲い掛かる斬撃。タクトの操作を諦め、レドウは側近の攻撃を長剣で受け続ける。
ガギギギンッ!という金属音が二人の間から断続的に鳴り続ける。
これは剣舞というやつだ。二刀流の奥義に近い。
一瞬の隙をついて、側近の胴に蹴りを放つレドウ。
それもなんなくバックステップでかわす側近。ただの盗賊に出来る腕ではない。達人クラスである。
「てめぇ、盗賊のフリしているが盗賊じゃねぇな?」
「死合の途中にくだらんことを気にしている場合かよ?せっかく久しぶりに楽しめるお遊びだ。もっと楽しませろよ」
側近はぺロリと舌なめずりをした。




