第36話 生家
お待たせしました。連載再開です。
南リーデル地方の東。
森林地帯とセーリア川流域の境にロイズ地区と呼ばれる小さな集落がある。
ロイズ『地区』と呼ばれていたのは、村と呼べるほど人がいるわけではなかったからだ。周辺には数件の家が適度な距離を保って立てられており、そこにわずかな家族が林業や狩りをしながら過ごしている地域である。当然ロイズ地区単独では生活が成り立たないため、セーリア川流域の集落に住む農家の人々と交易して生計を立てていた。
そのうちの一軒がレドウの生家である。
もちろん幼馴染であるジラールの生家もこのロイズ地区にあったのだが、遺跡都市タルテシュに現在の豪邸を構えた際に引き払っており、当時彼一家の住んでいた家は空き家となっている。
王都ウィンガルデからロイズ地区に向かうためには大きく二つのルートが考えられる。
一つは、先日立ち寄った河岸の村リーデルサイドから三日に一度出航しているリーデル大河横断船に乗るルートである。こちらはタガデア砂漠に出たあと、大河沿いに川沿いを徒歩で移動することになる。
もう一つは東の宿場町サレインから港町シーランへ抜け、海岸沿いを南下するルートだ。
前ルートは、大河横断船運行間隔が長いことと、河を越えたあとが整備されていない森林地帯を徒歩で移動することが難点である。単純に移動距離が短い利点を残念ながらカバー出来ていない。
その点後者のルートは、移動距離は長いことが欠点であるが、移動のための道が比較的整備されている。という利点がある。
旅慣れた者であれば迷うことなく港町シーラン経由を選択する。
誰も好き好んで足場の悪い森林地帯を徒歩で移動する気になどならないからだ。
結果としてリーデル大河横断船を利用する旅人は、タガデア砂漠を越えて南に渡る行商人が大多数を占める。
アルフの家族である『ガウェイン一家』などがこれにあたる。
話をロイズ地区に戻すが、レドウは生家に戻るにあたってどちらのルートを取るつもりもなかった。
いずれのルートをとったとしても七日から十日かかる旅程となるからである。
何より転移魔法を扱えるようになったことが大きい。なにもわざわざ苦労する道を選択する必要はないのだ。
問題は『どこ』に転移するかだ。
人口の少ないロイズ地区と言えど、どこに誰の目があるかわからない。
その力を公にしたくないレドウは、誰にも見つかることのない、かつ信頼できる場所へ転移する必要がある。
そもそも建物の少ないロイズ地区のこと、仮に誰かの目に留まれば、突然何もない空間から現れるレドウの姿は確実に見られてしまう。
かと言って実家に直接ゲートを開くことも避けたい。
しばらく帰っていないので正確なことはわからないが、ジラール家と違ってレドウの家族はまだそこで暮らしているはずである。
(さてどこがいいか?)
一旦、タルテシュの自宅に転移したレドウはじっくり考えていた。
移動先を必死に考えているのレドウだが、実はその前に、ここで一つの魔法の改修を実施していた。
以前創造した《盗難防止》魔法のグレードアップだ。
いままでは自分の体から一定距離離れた時点で自動で戻るようにしていたのだが、アイテムの帰還を任意でコントロールできるようにしたのだ。
またコントロールするために離れた対象物がおよそどの辺りにあるかを把握する機能も追加した。
自宅に敢えて置いておき、さっと手元に戻せたらかっこいいかも知れない。
という安易な理由でグレードアップしたのだが、この機能は『アイテムを盗んだ相手を特定することができそうだ』という可能性に後から気づき、レドウは自分の素晴らしい思いつきに満足していた。
移動先を考えていたレドウだが、結局一つの候補しか思いつかなかった。
(やっぱ、ジラールの元実家が一番いいか。空き家だし誰もいねぇだろ)
念のため暗くなるのを待って、レドウはロイズ地区にあるジラールの元実家に転移ゲートをつないだ。
目的の場所に転移したはずのレドウは、足場に違和感を感じる。
周囲が真っ暗なため、ちゃんと周りを把握することが出来ていないが、部屋の中に降り立ったはずがどうやら床がないようだ。
上を見上げると星空も見える。屋根すらない。
徐々に目が暗闇に慣れてくると、辺りの様子が見えてくる。
幸い壁だけは残っていたため、万が一にもレドウの転移は誰にも見られていないようだ。
明かりでもつけようとレドウは、【王者のタクト】を構えたが、すぐに人の気配を感じて発動を取りやめる。
しかも結構な人数の気配だ。
レドウの知る限り、ロイズ地区にこれほどまとまった人数が集まることはない。
様子を伺っていると気配は森の奥の方へ消えていった。
辺りの気配が消えるのを待って、レドウは光魔法を低出力で発動して歩き始める。
【王者のタクト】のお陰で光の元素石がついてないから光魔法が使えないという事態になりえないことは非常に便利だ。
道の感じは変わっていないようだ。当時の記憶のままである。
しばらく歩くと一軒の家が見えてくる。レドウの生家だ。
突然背後から殺気が迫る。
レドウは辛うじて初撃をかわす。しかし間髪いれずに斬撃が襲いかかる。
「ちょ、待て!」
思わず声をあげるが、相手に攻撃をやめる素振りはない。
仕方なくレドウは一瞬の隙を見計らって足を払った。
転びはしないものの、バランスを崩したところをレドウは馬乗りになって動きを封じる。
そして、バゼラートを持った相手の手を抑えつけると、そこには良く見知った顔があった。
「お前、レーナか?」
「兄貴?」
レドウを襲ったのは妹のレーナだった。
「なんで今頃戻ってきやがった」
「突然襲いかかってきてその言い草はねぇだろ?」
家に入るとレーナが悪態をついた。
レーナによるとこの一ヶ月くらいの間に南方からやってきた盗賊団が森に拠点を構え、北のセーリア川流域の集落を次々と襲っており、甚大な被害を被っているのだそうだ。
通り道となっているロイズ地区も例外ではなく、盗賊団は見境なしに襲ってくるため、レドウはその一員であると誤認された。というわけだ。
レーナが問答無用で襲いかかってきたのはそういった経緯があったようだ。
「物騒な話だな」
「はんっ!兄貴は気楽でいいよな。うちはずっと親父とあたしが抵抗してたんだ。だけど……」
抵抗を続けていたカザルス家は盗賊団に目をつけられており、数日前にまとまって襲撃を受けたとのこと。
レーナと両親は辛うじて脱出したものの、家の中の物は根こそぎ持っていかれたらしい。
両親も盗賊団の攻撃を食らって重傷。奥の部屋で寝込んでいるという。
「どうせ戻ってくるならなんでもっと早くに」
「よし。潰すか」
「え?」
レーナの悪態の理由は分かった。
周辺集落の平穏を脅かす盗賊団はほってはおけない。
レドウが探しに来た祖父の遺品も全て盗賊団の元にあるとなったら他に選択肢はない。
レドウは奥で寝ているという両親の様子を見る。
とても会話が出来るような状態ではないようだ。
「ちったぁ家族孝行もしなきゃな。このままじゃ俺の目的も果たせないし」
「結局、兄貴は何しに帰ってきたのさ?」
レーナの質問には答えずレドウは言葉を続ける。
「そういえば、なんでバゼラートなんて使ってるんだ?お前は狩人だったろう?弓はどうした」
「……こないだの盗賊の襲撃で壊れた」
やや答えにくそうなレーナ。深く追求しても意味がないだろう。
「わかった。じゃあそれも調達してくるからここでちょっと待っててくれ」
レーナを置いて家の外に出るレドウ。
ここで先日用意した通信魔導具を起動した。
『シルフィ、アイリス。聞こえるか?聞こえたら応答してくれ』
『聞こえるよ。なに?』と、シルフィ。
アイリスからの応答はなさそうだ。
『それなりの性能の弓一式、今すぐ用意できるか?』
『んー、私は分からない。アイリス見つけたら聞いてみる。用意してどうするの?』
『用意出来たら今すぐ俺の部屋に持ってきてくれ』
『今すぐ?!』
驚いた様子のシルフィ。
と、ここでアイリスが会話に参加してきた。
『ごめんなさい。反応が遅くなりました。詰所に騎士団用のロングボウが一つあったと思いますので、持っていきますね』
『あ、じゃあ私が受け取ってレドウの部屋まで持ってく。用意出来たら声かける』
しばらくしてシルフィから用意出来た旨の通信が来たので、レドウは転移ゲートを創造してウィンガルデの自室に繋ぎ、上半身だけ覗かせる。
「よお」
「きゃっ!って身体半分とかびっくりするじゃない!」
突然何もない空中から、顔と手が出てくるのを見るのはやはり驚くようだ。
「わりぃな。で、弓は?」
「これよ。弓で何するのよ?」
「野暮用だ。アイリスに礼を言っておいてくれ」
シルフィから弓を受け取るとレドウの半身は部屋から姿を消した。
『危ないことしないでよね?』と、アイリスから通信が飛んでくる。
『あぁ、問題ねぇ。任しとけ』
『意味わかんないんだけど?』
シルフィの抗議を聞き流して通信を終了すると、受け取った弓を持って家に入った。
「レーナ、これを使え」
「え、これって?こんな上等の弓?!」
驚きのあまり固まる妹に、静かな低い声で伝える。
「いいな?襲撃は早朝だ」
一抹の不安を抱えながらも自信に満ちた兄の表情を伺うレーナであった。
物語的に少しずつ闇の部分が見えてきます。
今後もお付き合いくださいませ。




