第33話 火の神器
レドウたちが『水の祭殿』を発見した翌日。
王都ウィンガルデの大神殿ではひとつの儀式が行われようとしていた。
降臨の儀と呼ばれるヴィスタ聖教における神聖な儀式の一つである。
16歳の誕生日を迎える王族の男子は皆この儀式を義務付けられており、元々は祭壇で神剣を奉納することで神の力の一端をその身体に宿す儀式であったとされる。
現在では神剣を奉納をする代わりに、騎士の一家である第三位ハズベルド家に伝わる宝剣を用いて行う儀礼式に姿を変えて執り行っており、要するに王族男子の成人の儀であった。
この日の主役はハズベルト家次男ハイラム=イスト=ハズベルトである。
八輝章家の各当主が見守るなか、ハイラムは父ライゼルよりハズベルト家に伝わる家宝の大剣を受けとる。
国王カイル=イスト=ヴィスタリアに一礼すると、ハイラムは神代が宿るとされる祭壇に向かって歩いた。
そして祭壇の前までくると宝剣を胸の前で持った。
「ヴィスタ聖教八輝章家が一つ!ハズベルトの名において、ハイラム=イスト=ハズベルトは御神の力をもってこの地を守護し、永遠の繁栄のため、この一生を捧げることをここに誓う!」
力強く口上を述べ、ハイラムは宝剣を祭壇に捧げた。
いつもの『降臨の儀』であれば、ここで宝剣を祭壇に置き、戻ってきたところを国王の祝福によって迎えられるまでが儀式である。
だが、予想外の事態が起こった。
ハイラムが剣を祭壇に捧げた瞬間、宝剣が眩い光を放ったのだ。
その光は祭壇の祭殿の四方に立てられた柱から紅きから放たれた稲妻と融合し、周囲を赤い光で染め抜く!
赤い光が消えると、ハイラムの握り締めた手には刀身が美しく生まれ変わった大剣が収まっていた。柄には赤い聖魔晶が埋め込まれ、神々しさを併せ持つ刀身は日の光を照り返し白銀に輝いていた。遠めに見るとやや赤みをもったオーラを放っているようにも見える。
「神託じゃ!神託が下ったのじゃ!恐れ多いことじゃ!」
国王カイル=イスト=ヴィスタリアは興奮のあまり叫んだ!
ヴィスタリア連合王国の建国以来これまで数百年同様の儀式を執り行ってきたが、このような現象は史実にも残されていなかった。
ハズベルト家は英雄の誕生だと歓喜に包まれていた。
当主ライゼル=イスト=ハズベルトもめったに見せない笑顔をこぼしていた。
だが、各家の当主がハイラムを英雄の誕生だと讃える中、約二名驚愕の表情を必死に隠しつつ、悔しそうに拳を震えさせるものがいたのだった。
……
《マスター、報告があります》
それはシルフィとアイリスを先にウィンガルデに帰らせ、リーデルサイドの酒場でのんびりエールをあおっていた時のことだった。
王都では慣れ親しんだこのエールを味わう場所が見つからず、フラストレーションが溜まっていたのだ。
たまには酒場の時間を楽しませてくれと頭を下げたことで実現している。
レドウによると『長い間飲んでいない』になるのだが、実際には王都に向かってタルテシュを発って七日程度しか経過していない。
(なんだね?タクトの精君)
金の心配もなく、かなりの勢いでエールを飲みつづける上機嫌のレドウがそこにいた。
《火の神器が復活しました。以上です》
レドウは、ぶぅぅ!と口に含んでいたエールを吹き出した。
周りで飲んでいた客が一斉にその場から離れ、酒場のマスターがとんでくる。
「お客さん、金払いがいいのはありがたいですが、そういうのは困りますね」
「いや、すまん。わざとじゃないんだ」
平謝りのレドウ。飲める場所が減るのはレドウの本意ではない。
「清掃代金分、追加で貰いますからね?」
ため息をついてマスターはカウンターに戻っていく。
(あんまり驚かすんじゃねぇよ)
タクトに対して文句を言う(伝える?)レドウ。しかしタクトの精はお構いなしだ。
《必要な報告だと思いましたので、急ぎお伝えしました》
(もしかして、神器を復活させたやつだけが神器を使える状態になっちまった。ってことか?)
《火の神器【勇気の神剣】は、使い方を知っている者であれば誰でも使用可能です。使用者が限定されるのは私【王者のタクト】のみです》
(てことは、そのほかの神器も一応誰でも使えるということだな)
《ご明察です。》
ふむ。と一息つくレドウ。エールのおかわりも忘れない。
(そうだ。地竜と戦ってる時に話しかけてた件、教えてくれよ)
《お答え致します。マスターが【王者のタクト】の剣化を行ったことで、知識レベルの一部が開放されました》
(それで?)
《開放された知識は剣についての情報とその強化についてです》
と、ここでマスターがエールのおかわりをもってレドウのテーブルまでやってきた。
エールを吹き出したことをまだ根に持ってそうな表情をしている。
(じゃあその開放された知識を教えてくれ)
《知識解放レベル1の範囲でお答え致します。剣は聖魔剣と呼ばれる形態であり、神器の奥義の一つになります》
(あぁ、エクスカリバーのことな)
《その呼び方も半分は正解です。前所有者が使用していた時の異名になります》
なるほどと思った。御伽噺になってしまうほどの昔のことなのだろう。
(じゃあ強化については?)
《知識解放レベル1の範囲でお答え致します。強化するためには他の神器が必要です。以上です》
(それだけかよ?!)
《以上になります》
(ちゃんと集める努力をしないとダメってことか。魔物と遊んでるだけでも充分楽しめるんだが)
レドウはしばらくエールを飲み続け、昼過ぎにマスターに倍額を支払って酒場を出ると、人目のつかない場所を探して王都へ転移した。
……
ひと足先に王都に戻ったアイリスは、第五位パーン家の屋敷を訪れていた。
『水の祭殿』で命を落としたパーン家の騎士が持っていた片手剣『デュランダル』を届けるためだ。
第五位パーン家は第三位ハズベルト家に次ぐヴィスタリア連合王国正規軍の中核をなす騎士一家であり、抱えている騎士団の規模はアスタルテ家とは比較にならない。
一家で一個師団を組織できるほどであり、単純に兵の人数だけであれば王国一を誇る大軍隊である。
パーン家では当主自らが騎士団長を務めており、息子は次期団長候補として副団長を務めるのが習わしである。
アイリスは城の応接室に通され、待っていると当主自らが現れた。
驚いたアイリスは慌てて右片膝する。
「あぁ、良い。楽にして掛けてくれたまえ」
そう言ってパーン家当主ソーマ=イスト=パーンは応接のソファに腰を下ろした。
「アスタルテ家直属騎士団団長アイリス=カルーナでございます」
丁寧に礼をすると、アイリスも腰をかけた。
「よく来てくれた。剣豪と名高いアイリス殿、一度お会いしたいと思っていたのだ」
いえそんなことはと謙遜するアイリスに破顔するソーマ。
「して、要件とは?」
「はい、実は……」
アイリスは魔石収入を得るため、雇った冒険者と共に南岸遺跡に赴いたこと。
道すがら南岸遺跡にて熟練冒険者の失踪事件が起きていることを耳にしたこと。
自分たちパーティもトラップと思しき転移ゲートを踏み、移動した先で地竜と遭遇し、死闘となったこと。
なんとか倒すことが出来たが、改めて部屋を見渡すと多数の犠牲者の残骸があり、その中にパーン騎士団の者と思われる遺体があったこと。
などを伝えた。
「その者が持っていた剣と盾がこちらになります。これをお返しにあがりました。流石に鎧まではお持ち出来なかったのですが」
そういってアイリスは『デュランダル』と『装飾付きの聖銀の盾』を差し出した。
破顔していたソーマの表情が暗く沈む
「そうか。ご苦労であった。……やはり、ナルガは逝ってしまっていたか」
ソーマによると、少し前にリーデルサイドの領主から宿泊客の失踪事件が報告されていたのだそうだ。
村は宿泊費未払い事件調査依頼として自警団に訴えており、調査団の統率をすべくパーン家騎士団副団長であるナルガが向かったのだという。
しかし、そのナルガの消息もわからなくなり安否を案じていたところにアイリスがやってきたというわけだ。
「副団長殿だったのですか。それではもしかして」
「うむ。我が子だ。実子ではなく養子だが」
パーン家には騎士になるために毎年多くの若者が志願してくるという。
その中であまりに秀でた才能をもった男子がやってきたのが数年前のこと。
パーン家の実子ルヴェリクに剣の才能がなかったため、息子を助ける優秀な副官候補としてナルガを養子に取ったのだという。
「生家に何度も頭を下げ、やっとのことで引き入れることが出来たのだが……合わせる顔がないな」
ソーマがさびしそうに微笑む。目尻からは行き場を失った涙が一筋、頬を伝って零れ落ちた。
「お悔やみ申し上げます」
アイリスはこれ以上はいられないと、席をたった。
「それでは私はこれで失礼致します」
「待つのだ。アイリス殿」
背を向け扉に向かって歩き出したアイリスにソーマが声をかける。
「このデュランダルは貴女に預けよう。ナルガの無念を晴らしてくれた貴女こそ持つべきであろうよ」
「い、いえそんなつもりは」
振り返ったアイリスにソーマは優しく声をかける。
「今、この剣が当家に在ったところで扱える者がおらん。貴女の役に立てるのであればナルガも喜ぶであろう」
「ですがっ!」
ソーマは立ち上がってデュランダルを差し出した。
「わしが、この剣を貴女に使ってもらいたいとお願いしておるのだ。それなら良いかね?」
アイリスはソーマの足元に跪いた。
「謹んでお預かりいたします。この剣が必要となる時はお呼び付けください!」
第五位パーン家当主、ソーマ=イスト=パーンは、静かにうなずいた。
数日後、パーン家に冒険者ギルドから正式に使者が訪れた。
滅多に降らない雨が降りしきる日、ナルガ=アド=パーンの亡骸は王都ウィンガルデのパーン家に帰宅した。
雨は七日七晩止むことはなかった。
本話で第二章は終了です。次話から第三章になります。ストーリーはややシリアス側に倒れていきます。
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※過去投稿分のうち序章~第一章の改稿を行いました。
ストーリーの変化は一切ありませんが、読みにくい箇所を少しでも改善したり、会話中の表情表現を追加したりしてます。恥ずかしながら誤植もありました。
読んで楽しいものを提供できるようこれからも頑張りますのでよろしくお願い致します。




