第32話 水の祭殿
レドウたち四人はアルフの見つけた転移ゲートを使って遺跡の外に脱出した。
アルフとは遺跡を脱出したところで別れたのだが、彼には最初の約束どおり規定の半分……つまり八分の一の魔石を渡した。
貢献度の割に報酬が少ないのではと心配したが、地竜から良質の魔石を大量に入手できたことで想定を大幅に超える収入であったため、文句はないそうだ。
「いまさらでやすが、あっしの名はアルフォンス=ガウェイン=セクレ=マーニスと言いやす。リーデルサイドに立ち寄った際には是非お声がけください!」
別れ際に自己紹介をしていったアルフは、マーニス家の名を持っていた。
アルフによると、もともとは南のタガデア砂漠を拠点とする行商『ガウェイン一家』なのだそうだが、マーニス家に接収されたのだという。
「名前に『マーニス』とかついてやすが、本家なんて会ったこともねぇでやすし、あっしは身も心もガウェイン一家でやす」
とのことだ。要するに味方だから頼ってくれという営業トークだ。
なお、南岸遺跡の失踪事件については、リーデルサイドのギルド出張所を通じてジラールへ連絡を入れた。近日中にギルドの使者として正式に確認に来るそうだ。
今回の件でギルド側の損失は大きく、確認後にレドウには臨時の評定値がつくことになった。
リーデルサイドの宿に戻ったレドウたち三人は身体を休め、村の機能が停止する深夜にレドウの転移ゲートで地竜と死闘を演じた広間に戻ってきていた。
アイリスによると、あの部屋こそが礼拝の間で間違いないそうだ。レドウとシルフィが疲れて寝ていた頃、アイリスが部屋の探索をしてくれていたらしい。
「あそこです」
アイリスが指し示したのは壁の天井付近だった。
そこには北の遺跡にあったような古代文字が刻まれている。人の出入りが多かったり、地竜が住みついたりしていたせいか、掠れている部分も多い。
「読むぞ。『心繋がれし……翼を広げ……風となれ』かな。掠れて読めない箇所が多い」
「どういう意味でしょうね。ピンときません。」
読む役だけに徹し、はなから理解を諦めているレドウと異なりアイリスとシルフィが考え込んでしまう。
「今度は魔石関係なさそうよね」」
シルフィが光魔法で壁を照らしながらウロウロする。
翼、翼と呟いているのが聞こえてくる。
「そもそも『心繋がれし』も、良くわかりません。何を象徴しているのでしょうか」
「掠れた部分が読めりゃ、ちったぁ違うのかもしれんが、読めねぇもんは仕方ねぇしな」
レドウもウロウロする。だが、二人の様子を伺っているので考えているふりしているだけだろう。
そんな折、壁を熱心に確認していたシルフィが声を上げた。
「ねぇ、あれなにかな?」
シルフィが指し示した先には小さな窪みのようなものが見えた。
光源である光魔法を動かすと影ができるため気づいたようだ。
くぼみがあったのは古代文字が刻まれていた場所と同じくらい天井に近い高いところだった。ちょっと手を伸ばした程度で届くようなところではない。
「手形?に見えますね」
「おぃ、こっちにも似たようなくぼみがあるぞ」
シルフィが見つけた壁のちょうど反対側でレドウが声をあげる。
窪みのある壁は、古代文字を正面に見た時の左右の壁で見つけることができたことになる。
「ねぇ、もしかして『翼を広げ』ってこういうことかな?」
シルフィは両手を翼に見たてて広げ、バタバタと羽ばたく真似をしてみせた。そして手のひらを外側に向ける。
「こうして手形に手を合わせるの」
「それにしちゃ離れすぎてる。人間の手の届く距離じゃねぇだろ」
違うんじゃねぇの?という雰囲気を全面に出してレドウが否定する。
しかしシルフィの笑みは揺るがない。
「ここで『心繋がれし』が、効いてくるのよ。読めない場所があるけど、きっと一人で手を合わせろなんて書いてない。心の繋がった仲間、パーティでと解釈したら協力して手を合わせるようにとか書いてあったんじゃないかな?」
自慢げに自論を展開するシルフィ。
「確かにその可能性はありますね。でも一つ問題点があります。私たちは三人です。あの手形の高さまで手を届かせるには、肩を貸して担いだとしても四人は必要じゃないでしょうか。」
「あっ!」
アイリスの冷静な指摘に固まるシルフィ。
「そうだ!パパに来てもらってお願いしようか?」
「アレクのおっさんに来てもらう必要はねぇよ。俺が魔法で足場を創ればいいだけだ。」
レドウが【王者のタクト】を振るうと、手形の付近まで上れる光り輝く階段が現れた。
さらにもう一つの壁側にも似たような階段を創る。
「さあ、シルフィの仮説が合ってるかやってみようじゃねぇか」
光の階段を上り、レドウとシルフィの二人がそれぞれ見つけた手形に手を合わせた瞬間、奇跡は起こった。
手形から発せられた緑色の光が古代文字のところでクロスし、一段と輝きを増す。
礼拝の間全体を埋め尽くすかのような輝きを放ったあと、古代文字の下の壁に光の扉が現れていた。
「またシルフィの仮説が当たりかよ。たまには外せよ」
「悔しかったらレドウも当ててみなよ」
「これで北の遺跡と二度目ですが、相変わらず凄い技術ですね」
「案外これで創った魔法っていうだけかもしれんけどな」
と、【王者のタクト】を示すレドウ。再びタクトを振るい、創造した光の階段を再吸収して消滅させた。
何故か悪態をつくレドウと、感嘆の声を上げ扉を見上げるアイリス。
そして今回も正解を言い当てたシルフィ。
それぞれの思いを胸に三人は扉を開けた。
扉を開けて進むとそこは真っ暗な世界だった。
良く見えないのだが、轟々と断続的に激しい音が鳴り続けている。
礼拝の間と比べるとやや湿気があるようだ。
「これ滝の音よ!」
シルフィが声をあげる。
光魔法を奥に進めると水しぶきが見え、その先には水の壁があるのが確認できた。
そう、この祭壇はリーデルサイドから見えた大滝の裏側に作られた空間だったのだ。
深夜なので真っ暗であるが、昼間だったら『水の祭壇』の名にふさわしい神秘的な光景を目にしていたことだろう。
『闇の祭壇』の時と同じように祭壇の裏に回ってみるが、そこに石碑はなかった。
「石碑なら、ここにあるぞ」
レドウの言葉にシルフィとアイリスが振り返る。
なんと三人の入ってきた扉の脇にあったのだ。灯台下暗しである。
石碑に刻まれた文字にレドウの読める文字と読めない文字があるのは『闇の祭壇』と同じであった。
「えっとだな、ここの石碑に刻まれている内容はっと。……なんだ。ここのはちゃんと文章でしっかり読めるぞ」
レドウが古代文字を指で辿りながら、うんうんと頷きながら文字を読み進めている。
『水を求めし旅人よ、水満ちる時そなたの心を示せ。王者の助けとならんことを』
読み終わるとシルフィとアイリスと二人はそれぞれ対照的な表情でレドウを見つめていた。
「すごいじゃない。ここは文章がわかりやすい!やっぱり私の推理どおりタクトじゃなさそうね!」
「文章がわかりやすい分、条件が入っているのが気になりますね」
そう、難しい顔をしている方がアイリスだ。
一応レドウが身に着けている祖父のペンダントや、シルフィが自宅から持ってきた古い装飾品などを次々と祭壇に掲げてみるが、特に何も起こらなかった。
「問題になるのは『水満ちる時』つまり時間を示す言葉があること。『闇の祭壇』と違っていつ掲げても良いというわけではなさそうです。それに、シルフィが言うとおりタクトではなさそうだということです。『証』がタクトであったなら『心』とは何?という二つの謎を解明しないといけないということです」
ますます難しい顔をするアイリスの背中を、ポンと軽く叩くレドウ。
「なに、いつでも来られるんだ。今わからなくてもしっかり調べて試せばいいだけだ。そのために来たんだろう」
「そのことなんだけどさ……」
シルフィが口を挟む。
「礼拝の間の仕掛けをつぶせないかな。もう私たちは直接レドウの魔法で転移できるじゃない?この場所をほかの誰かに見つけられて先を越されたくない」
「このあとジラールやギルドの連中が礼拝の間を調査しにくるだろうしな。簡単に開く仕組みじゃないにしても」
(タクトの精君。この『水の祭壇』に来るための礼拝の間の仕掛けを壊す、もしくは無効化することはできるかね?)
《お答え致します。可能です。仕掛けはマスターのご想像通り【王者のタクト】で創造した魔法で作成しておりますので、魔元素を吸収しておくことで動作しなくなります》
「問題なさそうだ」
シルフィとアイリスの二人ににやりと笑いかけるレドウだった。




