第30話 地竜~その2
彼は目覚めた。
いったい自分は何をしているのか……。なぜここにいるのか。
そういったことは何もわからなかったが、それはすぐにどうでもいいことであると彼は気づく。
なぜなら、彼は自分こそがこの世界の支配者であるということ。それだけは強烈な実感として存在していたからだ。
そして自分以外の存在が感じられない世界ではあったが、静かなその場所は不思議と心地よかった。
どのくらいの時がたっただろうか。
突然、目の前に何やら矮小な生き物が数匹現われた。
昔、この生き物を見たような気がする。だがあまり覚えていない。昔?本当に昔なのだろうか?思い出そうとすると頭が割れるように痛い。
彼はすぐに考えるのをやめた。不快なことはすべきでない。
目の前に現われた生き物は非常に騒々しかった。
せっかくの心地よい寝所を邪魔された気分だ。いらだちが抑えられない。
しばらく様子を見ていると、その生き物たちはなにやら長めの棒のようなもので自分を叩いてきた。
これではゆっくり休むこともできないではないか。
今度は突然火が現われ、自分めがけて飛んできた。
少々熱さは感じるがそれがどうしたんだと思う。ちょっかいを出してくるということは、もしかして自分と遊びたいのだろうか?
矮小な生き物たちは、さらにギャーギャーと騒々しさが増す。とてもうざったい。
そんなに遊びたいのであれば、自分が遊んであげればいいのだと彼は思った。
前足を矮小な生き物たちのところへ差し出した。が、生き物たちは腫れ物に触るかのように自分の手から逃げ出したのだ。
非常に気分が悪い。
そっちが遊んで欲しいとお願いしてきているのに、なぜ避けられなくてはならないのだ。
彼はそんな気持ちをやつらに理解してもらおうと考えた。
少し勢いをつけて、前足を振るってみた。
生き物たちの中でもひときわ小柄な一匹に前足が直撃すると、その生き物は予想以上に空中を飛び、壁に激突して動かなくなった。
すると残った生き物たちが一層ギャーギャーと騒ぎたてる。
実に五月蠅い。
そちらが遊んで欲しいとお願いしてきたのではなかったか。
残ったやつらが、再び長めの棒で叩いてきた。いつまで続くのかもわからない。
めんどくさくなった彼は、長い自慢の尻尾で殴ってみた。すると静かになった。これでまた心安らかにすごせることだろう。
だが、こうしたことが度々あった。
矮小なやつらはいつだって自分の安息を邪魔しにやってくるのだ。
彼は一度聞いてみようと思った。
意思疎通が出来るのかどうか不明だが試してみる価値はある。
口を開いてやつらのように声を発してみた。
やつらからの返答はなかった。気づいたらまた静かになっていたのだ。これではどうしようもない。意思疎通などは出来ないのだろう。彼は諦めた。
ある時、大変なことが起こった。
いつものように彼の前に現われた矮小な生き物たちは、いつものように彼を長い棒で叩いてきたのだが、痛かったのだ。
今度は非力で話にもならない小柄なやつが突然空中に透明な棒を作り、彼にぶつけてきたのだ。
これも痛くて冷たかった。
気づいたら、足が地面にくっついてしまっている。
彼は激昂した。
なぜこんな目に合わなくてはならないのか。
自分はただこの世界で安息な時間を過ごしたいだけだ。それを矮小なやつらがいつも邪魔をしてくるので振り払っているだけに過ぎないというのに。
彼はいつものように振り払うのではなく、本気で排除しようと考えた。
簡単だった。
まずはいつもより痛い叩き方をしてくる二匹をいつもより力をこめて振り払い、踏み潰してやると動かなくなった。
次に冷たくて痛い氷を飛ばしてきた小柄な一匹を捕まえる。
やはりギャーギャーと五月蠅いので壁に向かって投げてやったら、いつものように動かなくなった。
これでいつもの静寂を手に入れることが出来た。
だが彼は学んだ。
この矮小な生き物は自分に害をなそうとしている敵なのだと。
敵ならば容赦する必要はない。次からは来たらすぐに排除しよう。様子を見る必要もないだろう。
そんな日々が続いたある日のことだった。
いつものように現われた矮小な生き物。
しかし排除しようと振り払う前足や、踏み潰すつもりの後ろ足がことごとくかわされたのだ。
こんなことは初めてである。彼は苛立った。
すると今度は小柄な一匹の放った爆発に自分の鱗を破壊された。とてつもなく痛い。
足元にまとわりつく、棒を持ったやつらもちょこまかと動き回りうざったいうえ、これも痛いことをしてくる。
さらには自慢の尻尾によるなぎ払いも途中で止められるという事態に、彼はかつてない恐怖を抱いた。
と、そのとき足もとの一匹を叩き潰すことに成功する。
結局いつものとおりこの騒ぎも収まるだろうと安心した矢先、もう一匹が鱗の剥がれた後ろ足を叩いてきた。
ダメだ。許さない。
こいつを先に排除しない限り、自分に安息の時は訪れないと彼は悟った。
そして思い出した。
いつか、声をかけるだけでやつらを排除できた時のことを。
彼は大きく口を開いた。
……
地竜は、笑ったわけではない。ただ、これまでより大きく口を広げただけである。
その口に向かって周囲の空気が恐ろしい勢いで吸い込まれてゆく。
「ブレスだっ!」
レドウの警告を聞いたシルフィは絶望していた。
なぜなら一般的に火炎のブレスを防ぐためには、シルフィのもつ水魔法で魔法障壁を発動させるか、アイリスのもつ風魔法で方向を変える必要がある。
しかしレドウはそのどちらもないうえ、盾など身を守る装備さえ持っていないのだ。
仮にアイリスの治療を中断して魔法障壁をレドウの周りに作ってあげたくても距離があって難しい。
「レドウゥゥゥッ!」
絶叫するシルフィ。
シルフィの声を背中に聞きながら、レドウは出来るだけ三人を巻き込まないよう回り込む。地竜は無防備なレドウを追って必殺の炎のブレスを吐いた!
とっさに身を屈めて小さくなるレドウ。
しかし、地竜のブレスがレドウに届くことはなかった。
不思議なことが起こっていた。
地竜から放射された火のブレスは、何故かレドウの目の前で忽然と消えてしまったのだ。
何が起こったのかわからない。
だが何が起こったのかわかっていないのはシルフィだけではなく、ブレスを放射した地竜はもちろん、レドウ本人もわかっていないようである。
地竜から、さらなるブレス放射があったが、同じようにレドウに届く直前に消えてしまったのだった。
「なに……あれ。何が起こってるの?」
思わずアイリスへの治療魔法が止まってしまう。が、あわてて治療を再開する。
レドウは顔を上げる。
そこには必殺のブレスを放った結果、期待する効果が得られなかったことに対して、驚愕しているかのような地竜の顔があった。
気を取り直したように、再度地竜から炎のブレスが放射される。
しかし何度放射しても、そのブレスがレドウに届くことなく掻き消えた。
(どういうことだ?)
《マスター、報告いたします。ただいまのブレスの構成成分のうち99%が魔元素であると判明致しました。そのため吸収し無効化することに成功いたしました。続けますか?》
(イェス!だイェス!)
「はっはっは。残念ながら貴様の自慢のブレスは、俺には効かねぇようだぞ」
レドウは勝ち誇ったように、手を腰にあててふんぞり返った。
地竜は、驚きのあまり固まっているのだろうか?なぜかその場から動けないでいる。
(しっかし、剣も折れ代用タクトも吹き飛んだ今、攻撃手段がないのも事実。どうしたもんかな……アルフがいるからあまり使いたくはねぇんだが、背に腹は変えられん。これで戦うしかないか)
懐から【王者のタクト】を取り出したレドウは思案する。
(でも、こいつでやったことって、転移ゲート作ったり魔元素吸収したりしただけで、攻撃向きのタクトのようには思えないんだよな。……いや、まてよ。出来るかどうかはやってみないとわからんが、確か魔元素で構成されていさえすれば、何でも創造できるんだったよな)
レドウは地竜に向き直ると、【王者のタクト】を剣を持つように両手で構えると、大剣を強くイメージして魔力を放出した。
「タクトよ!全てを切り裂き、折れることのない魔元素の剣を創造せよ!」
【王者のタクト】が眩く輝いた!
突然放たれた眩い光に、シルフィたち三人も思わず視線を向ける。
そこに現れたのは、剣を持っていないはずのレドウが、光り輝く大剣をもって地竜に対峙しているところだった。
「あ、あれは……エクスカリバー?!」
目を疑う光景を目の当たりにしたアルフが思わずつぶやいた。
サッカー日本代表、惜しかったですが残念でしたね。あと少しというところでした。
まずは「お疲れ様でした」と、伝えたいですね。




