その5 そして
気づいたら闇の中でボクは目覚めていた。
ここがどこなのかも分からない。ただ、ボクがボクであることだけは理解出来る。ただそれ以上に何か出来ることはない。
手……の感覚はおろか意識を認識出来ている以外のことは何も出来ないようだ。
《……あれ?ボク何してたんだっけ?》
ボクはかすかな記憶の糸を手繰る。理屈じゃなく今のボクは魂だけの存在でることは分かった。少しずつボクはボク自身の事を思い出していく。
そうだ。ボク……ボクはマスターによって生み出された『魔導人形』だ。
正直人工的に生み出されたものだから生き物かどうかもよく分からない。けど、ボクはこうして生きていると確信する。
次第に思考もハッキリしてきた。
千年に渡る歴史の中でボクはマスターの一家を見守ってきた。でも、上手くいかないことってある。
隣国が攻めてきたと思ったらボクの大事なマスター一家を滅ぼそうとしてきたんだ。いろいろ頑張ったけど、結局どうしようもなくなってカザルス君と落ち延びた。
《そうだ!カザルス君はどうしたんだっけ?》
……まだ思い出せないことも多いみたい。きっと少しずつ思い出すよね。
だいたいなんでボクがこんなことになってるかも思い出せないんだから、全部思い出せてるわけがないんだ。
そうか。わからないことはマスターに聞いちゃえばいいんだ。きっと忘れていることを教えてくれるはず。
《マスター?》
しかし、マスターからの反応がない。
そこでボクはやっと気づいた。
《魂回路がないっ!》
ボクは急に心細くなってきた。
この世に生み出されてから、マスターと繋がっていなかったこともある。でもそれは【王者のタクト】の封印とともに眠ってただけで、ボク自身の意識も無かったからなんてことはないんだけど、意識がある状態でマスターと交信が取れないなんて……
でもだからといって何か出来るわけでもなく……ボクがボクとしてあり続ける事しか出来ない。
そしてやっと思い出した。
《そうだ……ボクは死んじゃったんだ》
現在のマスターであるレドウと共に、ロイと戦ったこと。
そのレドウが瀕死の危機に魂回路を使って救出したこと。
魂だけとなったレドウに、博士と皇弟であった頃の記憶が戻ったこと。
でも皇弟は、レドウとの一体化を選んで人格は消えてしまったこと。
ボクの身体……『魔導体』を介してマスターを復活させたこと。
奥義《魔闘衣》を用いて魔人となったロイと戦ったこと。
そして……
魔人ロイの自爆技を抑え込むために、魔闘衣の力で抑え込んだこと。
その全てを思い出した。そう、ボクは……『童瑠』
するとそのとき暗闇の中で変化が訪れた。目も耳も口も鼻もない『ドール』の世界の中に光が差し込んだ。
一瞬、死の誘惑かと思ったのだが、どうもそうではないようだ。光の中に『外の世界』と思しき景色が見えている。
『ドール』の意識はその光に釘付けになった。
外からは見知った懐かしい顔がこちらを覗き込んでいたのだ。
《マスター!》
『ドール』は全力で叫ぶ。しかし声は届いていないようだ。
でも光の外で忙しなく働いているマスターの姿が見えている。
……ザザザザ
不快な雑音が『ドール』の世界に一瞬だけ響く。
「よっと……これでよし。おぅい、聞こえてるか?見えてるか?」
マスターの顔がより一層近づくとボクの方を覗き込んで話し掛けてきた。
《バッチリ見えてるよ!マスターの声も聞こえるよ!》
ボクは力の限り叫んだ。……でも、声が出ている気がしない。マスターもボクの方を見て首をかしげている。
「あれ?おかしいな。まだ自我が形成されてないのかな……あ、これ繋げるの忘れてたわ」
マスターは何かのケーブルを持ってボクの方に近づいてきた。
……
「もう、レドウったら肝心なコードが抜けたままなんだから」
「パパだからぁ……?」
シルフィの呆れた声が聞こえる。ついでにレシルの追い打ちまで聞こえてくる。
「……そういうときもある。ミスってのは誰もがやっちまうことがあるんだ。いちいち咎めたらダメだぞ?レシル」
「はぁい」
レドウは発生器官のケーブルをスピーカーに繋げ忘れていたのだ。これでは仮に『ドール』が話していたとしても聞こえる訳がない。
「これでよし。どうだ?聞こえてるか?こんどはちゃんと声が出るはずだ。俺達が認識出来てたら返事をくれ」
レドウの問いかけに周囲にちょっとした静寂が訪れた。
《……マスター。ただいま》
ちょっとはにかんだような声がスピーカーから発せられる。
「やったぞ!成功だっ!!」
『素晴らしいぞ!レドウ!』
「『ドール』……」
「パパ、ママ、今の誰の声??」
飛び上がって喜ぶレドウとシルフィに、不思議そうな表情で問いかけてくるレシル。
「今の声はね、ママとパパのお友達の声よ。長い長い旅から帰ってきたの」
そうレシルに話すシルフィの瞳は少し潤んでいた。
……
「学長!大変です。シルフィア教授が!」
「何事ですか、騒々しい」
一人の若い准教授がシーラン大学の学長室のドアをバンバンと叩いている。
学長室のドアがガチャリと開くと、中から杖をついた一人の老人が現れた。元冒険者ギルド長のキプロスである。
「いつまで経っても教授がいらっしゃらないので様子を見にいったところ、デスクの上にこの手紙が……」
そう言って准教授がキプロス学長に向かって手紙を差し出した。
キプロスは手紙を受け取るとゆっくりと開いた。そこにはシルフィからのメッセージが記載されていた。
突然のことでごめんなさい。
夫と息子と共に、これから旅に出ます。夫のやるべき事にとって、最も最適な場所を見つけるまで続くあてのない旅です。
そのため、誠に勝手ながら本日をもってシーラン大学の教授を辞めさせて頂きます。
学生達には悪いことをしてしまったと思っておりますが、彼らには相応の単位をやって下さい。
また、願わくば私達の行き先を探さないで下さい。恐らく探すだけ無駄な労力となるからです。
心配は要りません。時々様子を見に戻ります。
それでは、皆様のご活躍をお祈りしております。
シルフィア=ジナ=アスタ
- おわり -




