第230話 魔闘衣~そして
「レ、レドウ……なんだよね?なんか気配が……」
シルフィが不思議な顔でレドウを見つめる。
まあそれも仕方ないことだろう。今のレドウの身体は肉体を一旦分解し、再構成した魔元素で創られた身体……『魔導体』なのだから。ちなみに『ドール』と核を共有しているため、レドウが活動している限り『ドール』は出てこない。
魔人ロイの方を見ていたレドウだが、話し掛けられたためシルフィの方を一度だけ見る。
「わりぃ。詳しく説明している暇がねぇ。こうしている間にも……」
パシュっという効果音と共にレドウの身体の周りで魔元素エネルギーがスパークして弾ける音がした。復活してきたレドウに驚きの声を上げつつも、魔人ロイは攻撃の手を休めていなかった。シルフィへ届きそうな攻撃は、全てレドウが防いでいた。
「攻撃は続いている。遠隔だけどな。あの攻撃を防げる結界を創るから、そこに居てくれるか?俺の攻撃の巻き添えを食らわないための対策だ」
レドウは手をかざし、シルフィの周囲にコンパクトな結界を創った。
この行為でシルフィは完全に把握する。レドウの身体が『ドール』と同じ『魔導人形』のようなものになっていることに。同時に、元の肉体はやはり先ほど死んでしまっていたのだということを……理解した。
【王者のタクト】を持っていない理由もシルフィは概ね把握していた。一緒に取り込んで分解し、身体の一部となって魔法行使しているのだろうと。
そんなことを考えながら、シルフィは大人しくレドウの結界魔法の中に入る。
「待たせたな」
「待ッテナドイナイ!オノレ……ナゼ我ノ魔導攻撃ガ通ラヌノダ」
魔人ロイが苛立ちを隠そうともしていない。
レドウが【勇気の神剣】を手に魔人ロイに斬り掛かると、ロイも【常闇の聖魔剣】で応戦してくる。互いの剣速は、達人……例えばライゼルのそれを遙かに上回っていた。魔導力による身体強化は、大きく人の枠を越えてしまったのだ。
しかしそれでも……二者の剣戟の拮抗が崩れることは無かった。互角……二者の剣の実力を示すのに相応しい言葉だ。
「このままじゃ勝負つかねぇか……ならば」
レドウの脚さばきが変化する。
それまでのレドウとはまったく異なる……そう、冒険者上がりとは思えない洗練された剣術でロイに迫る。
これこそが皇弟の記憶から受け継いだ帝国正騎士剣術である。急に動きが変わったレドウに魔人ロイは全くついていけないでいる。元々伯仲していた二者であっただけに、その差ははっきりと結果に表れた。
「終わりだっ!」
レドウの【勇気の神剣】が肩口から腕にかけて走ると、魔人ロイの首が地面に転がった。
「やったぁ!勝った!」
シルフィが結界の中で飛び跳ねている。
まだ魔闘衣を使用してはいないが、魔闘衣を使うことなく勝てたのであればそれに越したことはない。レドウは、ふぅっと大きく息を吐くと【勇気の神剣】を納剣する。しかし……
《……ダメ。勝負はついてないよ》
意識内で『ドール』が警告する。
振り返ったレドウの目に飛び込んできたのは、首がないまま襲いかかってくる魔人ロイの身体であった。思わずロイの特攻を躱すレドウだったが、すぐにしまったと後悔する。
魔人ロイの特攻の先には、シルフィがいたのだ。
「ああっ!」
結界内で【漆黒のタクト】構え、シルフィが待ち受ける。
しかし、魔人ロイの首なしの身体が振り下ろした剣は、ギンっという嫌な音とともに結界に弾かれた。レドウの結界が勝っていたのだ。
「脅かしやがって……」
レドウは首なしの身体を蹴り飛ばし、シルフィから遠ざける。
蹴り飛ばされた首なしの身体は、その場に仁王立ちすると、先ほど地面に落ちたはずの首がすうっと宙を移動し、身体と接続された。
「ク……コノ程度デ勝ッタト思ワレテハ、心外ダ」
どれだけちゃんと再接続されたのかは分からないが、少なくとも見かけ上は元に戻っているように見える。
(ダメだな……魔闘衣を使うぞ)
《……分かった。マスター。ボクのことを気にしすぎて戦いがおろそかにならないようにね》
『ドール』から注意が入る。
レドウも分かっている。魔闘衣は、『ドール』による捨て身の技だ。『ドール』を構成する魔元素エネルギーを激しく燃やして功防力を得る奥義であるからだ。
「ロイ。今度こそ終わりだ。魔闘衣っ!」
その瞬間、レドウの身体が眩く輝く白金色の光に包まれた。その光の奔流は、まるで衣のようにレドウの身体を覆いつくす。
全身から吹き上がる魔導力で周囲の空気が焼け焦げていくようだ。
「ヌゥ!ソ、ソンナコトヲスレバ、オマエモ……」
魔人ロイの表情が恐怖で歪む。レドウを圧倒的強者として本能的に感じた証拠だ。
『あぁ、その通りだロイ。理解しているならさっさとくたばって欲しい』
「フザケルナーッ!!!!」
魔人ロイはレドウに向かって大量の『魔導砲』を一斉に発射した。
だが、レドウは一瞬でその背後に転移する。
『そんな攻撃が今更通じるわけないだろ?』
レドウの拳が魔人ロイの背中に突き刺さる。ロイは悶絶しながら吹き飛び、聖域の壁に激突する。
その衝撃で壁が一枚分、粉々に崩壊した。
「ヌガァァァァッッ!!」
起き上がったロイもさすがの耐久力である。さすがは魔人というべきか……しかし。
ロイも転移を使って一瞬でレドウのもとに戻ると【常闇の聖魔剣】で斬り付けてきた。だが、レドウは回避行動すら取らず魔人ロイの頭部目掛けて強烈な蹴りを放った。再び聖域の壁まで吹き飛ぶロイ。急造で接続したと思われるロイの頭部が衝撃で少しズレている。
「オノレオノレオノレオノレ……」
魔人ロイは【常闇の聖魔剣】をシルフィに向かって投げつけた。が、その剣はロイの手を離れることなく地面に叩き落とされる。
『性懲りも無くシルフィを狙いやがって……』
静かな怒りがこみ上げるレドウ。
腰から抜いた【勇気の神剣】で魔人ロイの頭上から振り抜いた。
「ゲェェ」
辛うじて、運良く身体をひねることができたロイは、左腕と左脚のみを失って地面に転がる。
『ちっ……しぶとい野郎だ』
ロイは、残った片脚で立ち上がるとレドウを見る。
「ワカッタ……ワカッタ。俺ハ、オマエニハ勝テナイ。ムカツクゼ……俺ダケガ最強デアッタハズガ……ダガ、俺ニモ意地ガアル。オマエニ楽ニ勝タセハシナイ。セイゼイ恐怖シ、後悔スルガイイ……」
魔人ロイの身体が赤い輝きに包まれた。レドウもシルフィも……『ドール』もその輝きには見覚えがあった。
『「《物質魔元素化!》」』
そう。この光はリーデル平原を襲ったあの悪魔の嵐と同じ輝きだ。しかも、魔人ロイとなって放つこの技は、前回の比ではない。
しかも魔導力の流れから察するに、今度は嵐ではなく、爆発性で周囲を巻き込むつもりのようだ。そして時間的な猶予はもうない。
《わかった……ボクがやるよ。それしかない》
レドウの身体を纏っていた光の奔流が、スルスルと解け今にも爆発しそうな魔人ロイを覆い隠す。
『待て!童瑠。そんなことをしたら完全に消えてしまうぞっ!』
レドウ人格を越えてアスタが前に出た。
《いいんだ。ボクは充分に生きたし楽しんだ。他にマスターが助かる方法がないなら、ボクは喜んで消えるよ》
光の奔流から『ドール』の意思が伝わってくる。魂回路がない筈のシルフィにも意思が伝わっているようで、シルフィの顔は涙と鼻水でグチャグチャになっていた。
『ダメだ童瑠!親より先に死ぬなどっ!』
レドウが全力で阻止しようと声を荒らげる。しかし、それでも『ドール』の意思は堅い。
《マスター。博士なら、消えてもボクを再生出来るじゃないかな?きっと……きっと……》
『あぁ!必ず再生してやる!いいか、死んでも生きてるんだ!童瑠』
《ふふっ……相変わらず意味の分からないことを……マスターはやっぱりマスターだ……》
『『ドーーーーーーーール』!!!』
最後の魔技の発動を待たずに既に事切れた爆発寸前の魔人ロイの亡骸と、それを包み込んだ『ドール』は、一瞬強く輝いたかと思うとその場から跡形もなく消え去った。
最終章は本話にて終了です。
あとはエピローグになります。エピローグは色々と思うところがあり、ゆっくり投稿する予定です。
とは言っても三月中に完結します。
よろしくお願いします。




