第211話 業火の剣
ロムの駆る人型人造魔導兵を前に、レドウを中心にシルフィ、ジラール、ラスター、ゴルドがそれぞれの武器を手に構えを取る。既に戦闘不能に陥っていたライゼルは、レドウ達が転移してきたゲートを使ってシルフィがエリスに引き渡したので、今頃は治療が開始している頃だろう。
「レドウ。思えば貴様がアスタルテ家にやってきた時に、全てが始まっていたのだな」
人造魔導兵は、その巨体をして普通の人であるかのように立ちはだかる。そこで初めてレドウ達は人造魔導兵の顔が国王カイルであることに気づいたが、そのようなことは些細な事実でしかない。今目の前にいるのは、誰もが認める豪傑ライゼル=イスト=ハズベルトを圧倒的な力で戦闘不能に追い詰めた化け物である。
《マスター、【勇気の神剣】を掲げよっか。《鼓舞激励》を使うと、みんなの戦闘能力が底上げされるよ》
『ドール』からこのタイミングで助言が飛んでくる。実にありがたい情報だ。このまま戦いが始まっていたなら、恐らくレドウ達の勝利の可能性はかなり低かったに違いない。
レドウは『ドール』の助言のままに【勇気の神剣】を掲げる。そして……
「【勇気の神剣】よ!皆に力を!」
レドウは左手の【勇気の神剣】を掲げた。
すると【勇気の神剣】の剣身から赤く輝く光が放たれ、その場にいるレドウ達五人の身体がうっすらと赤い光に包まれていく。《鼓舞激励》の力だ。
「これが……火の神器の力」
「おぅよ!」
「力が漲ってくるぜ……俺に敵はいねぇ!!」
「凄い……身体がちょっと温かくなった感じ」
レドウ以外の四人は、思わず力の宿ったことに対しての感想を口にした。……感想じゃない者もいるようだが。
とにかくこの力は『なんとなく強くなった』程度ではなく、ハッキリと力の上昇を実感出来るほどの効果が出ているということだ。ただ一人、術者であるレドウを除いて。
《鼓舞激励》を発動した直後、レドウは急激な体力の低下を感じて思わず膝をついていた。全身の力を仲間に分け与えた……そういった印象である。すぐに【聖心のペンダント】から力が流れ込むことでレドウの体力は復活したのだが、この一瞬の隙は戦闘中であったら極めて大きい。
(おぃ『ドール』!……危ねぇ技をいきなり使わせんじゃねぇよ。戦いが始まってたら致命傷どころの騒ぎじゃねぇぞ)
思わず『ドール』に抗議するレドウ。もちろん本気で怒っているわけではないが、せめて一言注意が欲しかったというのがレドウの本心であった。
《ん~。いやぁそこまで魔導力が使用されるとは思わなかったよ。流石はマスターだってことだね》
(……褒めてごまかそうって思ってねぇだろな?)
いつ人造魔導兵が襲いかかってきてもおかしくないのだ。レドウは注意深く人造魔導兵との距離を推し測りながら『ドール』に向かって文句を続ける。
《ホントだって。ボクもまさかマスターの体力が限界近くまで取られるとは思ってなかったんだ。【勇気の神剣】の《鼓舞激励》って能力はね、使用者のイメージでその効果が変化するんだ。どんな風に仲間を強化したいか?がある程度反映されるってことね。で、マスターがイメージした強化内容がとても具体的で明確だったってことだよ》
『ドール』の説明によると、要するに目の前の人造魔導兵を倒すのに必要になる具体的な底上げを、メンバー四人に向けて発動したためにガス欠状態になったということらしい。
「滾るぜぇ!オラァ!」
《鼓舞激励》の高揚感に耐えられなくなったか、フライングをしてゴルドが人造魔導兵に飛びかかった。
「待て!危ねぇ!」
とっさに出たレドウの制止も聞かずに真っ直ぐに飛び込んでいく。
「ゴミが……」
当然、ロムも反応する。飛び込んできたゴルド目掛けて、必殺の凶器である左腕の拳を突き出した。
それは先ほどまで、ライゼルをいいように振り回していたロムの自慢の一撃であった……が、人造魔導兵の拳はあっさりと空を切る。ゴルドは迫る拳を見るやいな、速度のギアをあげて突っ込んで躱したのだ。
その一瞬でロムはゴルドの姿を見失う。次の瞬間、自身の人造魔導兵の身体がくの字に折れ曲がるのを感じた。
「ぐぁっっ!」
人造魔導兵とのシンクロ率を上げていたロムの口から苦痛のうめき声が上がる。ゴルドの一撃が、人造魔導兵を通してロムの感覚にダメージを与えていたのだ。渾身の一撃を放ったゴルドは、目の前で化け物が膝をつくのを見た。
「効いたぜ?この俺の拳がよ」
「おぅよぉぉぉ!」
ゴルドの戦いに感化されたか、今度はラスターが飛びかかる。
だが人造魔導兵もすぐに立ち上がり、渾身の左ストレートをラスターに打ち込む。格闘家でないラスターはゴルドのように避けることは出来ないが、その拳をレドウから譲り受けたばかりの片刃剣によっていなした。
「ふん!」
だがその程度で人造魔導兵の攻略が出来るわけではない。
人造魔導兵は左腕一本にも関わらず、ラスターへの攻撃を続ける。ゴルドも戦いに加わるが、今度は先ほどのように捉えきる事が出来ない。そして、それだけの戦いを繰り広げながら、人造魔導兵は魔法の準備を始めていた。
人造魔導兵の頭上に現れた極大火球。レドウ達は知らないが、先ほどライゼル相手に強引に隙をつくらせた大魔法である。
「マズい!」
流石に戦闘をしながらでも頭上から発せられる熱を感じる。その魔法が、自分たちを一瞬で消し炭にするだけの威力を持っていることも、肌で感じられた。
「燃え尽きよ!」
人造魔導兵の極大火球はラスターに向かって放たれた。だが着弾すればすぐ近くにいるゴルドも人造魔導兵自身も無事では済まないと思われる至近距離である。意味があるかは分からないが、とっさに防御態勢を取るゴルドとラスターの二人。
「させない!」
しかし、その魔法が着弾することは無かった。シルフィが人造魔導兵の極大火球を魔導力操作で、完全レジストしてみせたからだ。
これに驚いたのはロムである。
シルフィは、人造魔導兵を含めた三者より最も離れた位置にいたにも関わらず、ロムの魔導力を純粋に凌駕してみせたからだ。
対ラーギル戦の時と同様に魔法を無効化させるほどの完全レジストするためには、攻撃側の魔法に対して同質かつ同量以上の魔導力操作を行わなくてはならない。
「まさか。これほどの魔法使いに成長していたとは……」
初めてロムがうろたえる。
ここまでのロムの余裕は、戦いで押されたとしても最終的に自分の魔法で吹き飛ばしてしまえばどうにでもなる。と考えていたからだ。しかし、それが切り札にならないということは、右腕がないという戦力減がジワリジワリと響いてくる。
「……どうやら、多勢に無勢のようだな?ロム」
「兄者!」
突然の気配にレドウの表情が厳しくなる。
王都ウィンガルデでの戦闘以来、片時も忘れることが出来なかった奴の声だ。
いつから現れていたのかも分からない。もしかしたら今来たばかりなのかもしれない。人に元来備わっている五感に対して、錯覚を起こさせるほど自然に男はその場に立っていた。
「ロイッ!」
レドウはロイに向かって剣を構える。
目の前の人造魔導兵とは比べものにならない存在感と圧力をロイから感じていた。それはレドウだけではなく、その場にいた全員が感じ取っているようだ。
「兄者……ありがたい」
「言ってるだろう?お前は大事な家族だと。お前の為なら俺はどこにでも行く。もちろんゴミ掃除の手伝いもするさ」
ロイはレドウを一瞥する。
レドウ以外の者に用はない……そういった強い意思が、視線から感じ取れた。
「どちらにしてもお前には、俺の露払いをやってもらわねばならない。だが、そのままじゃ群がるハエ退治もままならん。そうだろう?」
そうい言うと、ロイは少し離れた所に落ちている人造魔導兵の右腕のある場所までフッと転移する。
ロイが落ちた人造魔導兵の腕に手をかざすと、腕は光と共に消えた。そして再びロムの人造魔導兵の元へ転移すると、人造魔導兵に向かって手をかざす。
すると、なんと人造魔導兵の右腕が一瞬で復活した。人造魔導兵の治療など想定外である。
「まだ同じ土俵ではないな」
そう言ってロイが腰から抜いたのは、まるで【勇気の神剣】であるかのような片手剣だ。
「【業火の剣】よ。我が家族に祝福を!」
なんと、ロイが行ったのは【勇気の神剣】と同じ《鼓舞激励》であった。人造魔導兵の身体がレドウ達のように赤く輝く光で強化されていくのが分かる。
ロイの《鼓舞激励》は人造魔導兵に力を与えたのだ。
「兄者。感謝する」
ロムの人造魔導兵は、ラスターとゴルドに向きなおった。
「さあレドウ。俺の相手はお前……だろ?俺が楽しめる戦いを頼むぞ」
ゆっくりとレドウの方を向いたロイの表情には、不気味な笑みが浮かんでいた。
書いている最中で三回も原稿を捨て、内容を書き直した結果、随分と投稿時間が遅くなってしまいました。どうもすみません。まだ完全に納得がいってるわけでもない上に、とても大事なシーンなので、恐らく今後何度か改稿が入る気がします。今日のところはこの辺にしておきます。




