第19話 王都でお買い物~その1
騎士団員たちがアイリスによる地獄の稽古?を受けている様子をレドウはぼーっと眺めていた。
先ほどレドウと闘ったラウルが中堅の騎士を圧倒しているところ。
質問してきた女性騎士ケリーが思ったより強いところ。
反則だと食いついてきたピートが、最若輩のセルゲイに実は押されぎみなところ。
なお、アイリスは4人の騎士団員相手に乱取りをしているようだ。
(見てるだけってのもわりあい面白いもんだな。)
参加しなくてもいい稽古ってのは気楽なもんである。
「おまたせーっ!」
城の方から、シルフィが駆けてくる。
アイリスから聞いて初めて一緒に買いに『行くことになっている』ことを聞いたレドウだが、そこは合わせてやるのが大人の対応ってもんだ。などと考えながら、振り返ったレドウはその場で固まった。
「お?」
そこには見知ったクソガキではなく、レディがいたからだった。
ドレスではなく派手な装飾もなく、普通に普段着なのだろうが、いつものお子様の雰囲気はほとんどなかった。驚くことに若干色気まで感じられる。
「誰だお前は?!」
「!?……相変わらず失礼な反応ね。でも、もうガキなんて言わせないわ」
服装と装飾が少し違うだけのはずだが、ずいぶん大人びて見える。
……胸があるように見えるのは……。
(パットというのは偉大なんだな。)
「わかった。その格好をしているときは『シルフィ』と呼んでやる」
「ずいぶんな言いようだけど、レドウの格好こそなんとかしないと王都を自由に歩けないわよ」
そう。レドウはまだボロボロで使い古した革の鎧を着ていた。
「……まぁ、確かに毎回捕まってるんじゃ面倒くさいしな」
「そういうことじゃないんだけど……」
シルフィが来ていることに気付いたアイリスが近づいてきた。
「そろそろお出かけですか。私は引き続き稽古がありますので、同行出来ませんがよろしくお願いしますね」
「私に任せておけば大丈夫よ!レドウが一人で王都を歩けるようにしてあげるわ」
「……俺は一人で歩けないのかよ」
「また捕まっちゃうからね」
「ま、行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ。シルフィ」
シルフィに連れられるようにあとをついて歩く。
「まずはその汚い服装をなんとかしなきゃね」
「タクトを買いにいくんじゃねぇのかよ」
「その格好じゃ追い出されるわよ」
「……」
レドウをたしなめるシルフィ。今の大人びた姿も相まってどちらが年上なんだか疑問になるやり取りだ。
「タルテシュじゃこれが普通だ」
と、いい続けるレドウを引き連れ、シルフィは先導して歩く。
そしてまだ商業区画に差し掛かってもいないが、とある建物に入っていった。
「ここが店なのか?」
「そうよ。一般のお店とは違うけどね」
まるでレドウがジラールの家を闊歩するかのように建物の中を進み、慣れた様子でとある扉を開けた。
「いらっしゃいま……おや、シルフィア様。何か新しいお召し物を御入用ですか?」
「ごきげんよう。えっと……後ろの彼にまともな服を用意頂けるかしら」
「まともって……」
レドウが若干言葉を失う。
「ん?なるほど……。冒険者様ですね。新しくお仕えになる方でしょうか?」
「だいたいそんな感じよ。ルイス。この格好で王都を歩き回られちゃ、気が休まらないのよ」
「……酷い言われようだが、実際に衛兵が飛んできたのは事実だからしゃーねぇな」
やや納得いかない様子だが、それほど気にもしてないようだ。
「大体わかりました。このルイスにお任せください。すぐにご用意出来るものからご案内させて頂きます」
「お願いするわ」
ルイスが奥の衣装倉庫と思われるところに引っ込んだ。と思いきや、すぐに顔を出した。
「騎士様で合っていらっしゃいますか?上から鎧を着こめるようなものの方が宜しいですよね?」
「いや、俺は魔法使いだ」
「なるほど、では魔法使い用の外套はご入り用ですか?」
「ダメよ、外套なんて。ただでさえ不審者なのにますます怪しくなるだけだから」
シルフィから速攻でダメだしが入る。
「……動きやすければいい。俺は何でも構わん」
「そうですか?少々お待ちくださいね」
ルイスはレドウのサイズに合いそうな服を何種類か用意する。
「とりあえず着られりゃなんでも……」
並べられた服を適当につかんだレドウは、これでいいんじゃねぇか?と適当にカウンターに並べる。
「ダメ!全然ダメね。別にファッションリーダーになれなんてレドウに求めないけど、最低限はそろえてもらわなきゃ。いいわ!私が選ぶ!」
レドウとルイスを押しのけて服の山をわっさわっさ掻き分け始めた。
売り物をくちゃくちゃにされて、やや涙目のルイス。
「とりあえず。これとこれ。それからこれを羽織る。さあ試着!」
シルフィが選んだのは、黒っぽいボトムに白~灰色っぽいTシャツ、それにやや丈が長めの茶系のジャケットだった。
最近ウィンガルデの貴族達に普段着として流行っている服装だった。特にジャケットが人気だ。
とり立てて特別な格好ではないのだが、普段着から正装を選びがちな貴族たちが、休みの時くらいラフで庶民に近い格好を、でもフォーマルっぽさを損なわないものをと着始めたのがきっかけだ。
シルフィチョイスの服を一通り着るレドウ。サイズは問題なさそうだ。
「あぁ。別に問題なさそうだ。着やすいな。これ」
「ルイス、これと同じような服を何着か色違いで用意して。ジャケットは生地が薄いのと厚いの混ぜてね。どうせ一着じゃ買ったらずっと着っぱなしでしょうし、最初に買っておかなくちゃね」
「シルフィア様、承知いたしました。少々お待ちください。……あ、下着はどうされますか?」
「し……した……知らないわよ。そんなものレディに聞かないでよ」
「あ、いえ。お連れ様にお尋ねしたのですが」
「俺はなんでもいいぞ」
「……では何着かご用意いたしますね」
ルイスが裏の倉庫に再びもぐった。
「下着なんて、自分で選んでよね……」
「……そもそも俺は選んでくれなんて頼んでねぇがな。よっと」
その辺にあった椅子を引き寄せてレドウが腰をかけた。
「あ、そうそう」
シルフィは何かを思い出したようにレドウに耳打ちする。
「(このジャケットには見た目だけじゃなくてちゃんと意味があるの。ここの内ポケット、例のタクトを仕込めるサイズだから。ここに入れるのよ?)」
「おぉ!なるほど?」
レドウは、腰に挿した【王者のタクト】をジャケット裏のポケットに入れた。
「確かにピッタリだ。ちゃんと考えてるじゃねぇか。シルフィ」
「でしょ?もっと褒めてよね。ルイスが持ってくるジャケットにタクトが入らないものがあるかもしれないから、ちゃんとチェックするわよ」
……
ルイスが該当する服を一通り用意するまでに少し時間がかかった。
その中から、何着か試着して問題なさそうなものを2~3着ずつ選ぶ。
「さすがルイスの店よ。ほかの店じゃ欲しいものがあってもこうは揃わないわ」
「いえいえ、シルフィア様に贔屓にしていただき、私の店もハクが付くってもんですわ」
「……店っていうか卸だよな?ここは」
レドウのつっこみはスルーされた。
「しめて12,000リルになりますが、上客様ですし割引しまして9,600リルになります」
「高けぇ」
「バカ。相場よりかなり安いわよ。……はい、ルイス」
シルフィが金貨9枚、銀貨6枚をルイスに手渡す。
「毎度ありがとうございます!またのご来店をお待ちしております!」
ルイスが深々と頭を下げる。商人である。
店を出た二人。
「これでやっとレドウの隣を歩けるわ」
「……いや、隣を歩けるのはいいんだが」
「?」
「シルフィに先導してもらわんと、店なんてわからねぇぞ?」
「あ……。い、い、行くわよ」
慌ててレドウの前に出るシルフィだった。




