第190話 エルダ=ハートマン
「いい?訓練通りにやるのよ?ちゃんと訓練でやったとおりに放てば、ちゃんと効果あるからね?攻撃に関しては私ら魔法隊が一番であることを、しっかりアピールするのよ?」
外防壁の上では、元第三師団を母体とした魔法隊が隊列を構えて控えていた。そしてその魔法隊の面々にちゃんと言葉が行き渡るよう走り回っている女性がいる。
女性の名前はエルダ=ハートマン。この魔法隊を束ねる隊長である。
もともと第三師団だったころから魔法隊の隊長であったが、レドウ軍と運命を共にしてからも魔法隊を率いて立つ隊長に就任した。
正直言って性格は隊長向きではない。戦況の冷静な判断も得意ではない。第三師団にいた頃も、隊長としての資質を見出されて任についていたわけではなく、魔法隊の中で一番の魔法使いであったために選ばれていただけである。
そんな彼女は責任感に溢れ、面倒見が良いという側面があった。就任したからには部下の面倒を一から十までみようとするのだ。最初はそんな彼女の対応をうざったく思う。部下として優秀な人材であればあるほど、彼女にそういった感情を抱く。
しかし、徐々に彼女の行動は皆に認められていった。
しばらく付き合わないと分からないのだが、彼女は不器用なだけであって、常にメンバーのことを第一に考えていることが伝わってくるからである。そうなるとこういう性格は強い。いわゆる愛されキャラである。
よかれと思って彼女が何か行動を起こす。
でも、想定通りの結果は得られない。
すると「あの不器用な隊長のためだ。上手いこと回してやろう」と周りが自然に協力する。こうして彼女の隊に良い雰囲気は生まれていくのである。
気づけば、向いていない筈の隊長職が、天職であったかのように一致団結した強力な一個隊が出来上がっていたのだった。
一通り魔法隊に声かけをしたところで、エルダは元いた持ち場に戻ってきた。傍らには先のタルテシュ攻防戦で、左腕を失った女性魔法使いエリス=ナザリコフが控えている。
「エルダさん。準備は整ってますよ」
「そう?じゃあぶちかましちゃいましょうか!」
エリスも立派になったものである。
タルテシュ防衛線では臆病の代名詞のような魔法使いだったが、恋人を殺され、自身も片腕を失い吹っ切れたのがきっかけのようだ。
ちなみに、エルダは前方に展開されている第三《魔導障壁》を確認する。彼女の魔導力感知能力はここでも顕在だ。
そして目印となる光魔法を発動し、戦場へと放った。
魔法隊のメンバーはエルダが放った光魔法を見逃さず、光魔法めがけて一斉に光輝く矢が放たれる。魔法隊の攻撃は、第三《魔導障壁》が発動してるギリギリを抜け、次々と魔獣型人造魔導兵に着弾していった。
「まだよ!もっと弾の精度を上げて!あなたたちっ!シルフィア様から何を学んだの!」
エルダは檄を飛ばす。
同じ魔導力で同じ魔法を使用したとしても、工夫次第でその威力は大きく変わる。
例えば今回放った光輝く矢であれば、鏃に当たる箇所の魔導力濃度を上げて極限まで圧縮することで、その貫通力は圧倒的に変化するのだ。そう弾一発で魔獣型人造魔導兵一体の動きを止めてしまえるほどに。
そしてエルダの魔導力感知能力は、自分たちの放った魔法の精度も正確にチェック出来ていた。
魔法発出時の緻密な魔導力制御は面倒な上に疲れる。集中力も必要だ。それゆえ油断するとサボりがちになるのが人という生き物である。だが、そうしてサボって放たれた魔法に威力はない。気の抜けた魔法は自然発生している魔物に対してならともかく、敵である魔獣型人造魔導兵には一切通用しないのだ。
「こら!第四魔法隊。精度が落ちてるよ!」
エルダが、気力の続いていない隊を見つけて注意をする。
そうすることで一旦は復活するのだが、すぐにまた元に戻ってしまう隊が次々現れ始める。それが休憩を必要とするタイミングだ。
一通り各魔法隊にハッパをかけて自席に戻ってくると、そこにはエルダの憧れの人物が来ていた。
「シルフィア様!いらして頂けたのですか!」
「エルダ、状況はどう?」
すぐに駆け寄ってくるエルダ隊長にシルフィが尋ねる。
「はい。やや気力の続かぬ者もおりますが、概ね魔法隊のメンバー全員が習得出来ました。お陰で……見て下さい!少なくとも前線で戦っているライゼル様たちの負担は、かなり軽減出来ていると思います!」
確かにエルダの説明どおり、前線の魔獣型人造魔導兵は出足を挫かれて混乱している様子が見て取れる。ただ、その奥にはまだ戦闘に参加していない魔獣型人造魔導兵が大量に控えていることも分かった。
《シルフィ。ボクはもう行くよ》
突然割り込んできた声に、ビクリと肩を振るわせるエルダ。
声の主は……見知らぬ少女である。
「何者?!」
エルダが構え、そのエルダを庇うようにさらにエリスが少女の前に立った。
《えぇ~。ボクが警戒されちゃうの?》
少女はガックリと肩を落とすような仕草をしてみせる。
「『ドール』。大丈夫、もう行っていい。テツさんが待ってるし、エルダには私からちゃんと話しておくから」
《本当だよ?ちゃんと言っておいてくれないとマスターにチクるからね?》
そんなことをレドウに話したところで全く意味はないのだが……こういうところは相変わらずの『ドール』である。
『ドール』はシルフィに向かってニカッと悪戯っぽい笑みを浮かべてみせると、その場から姿が消えた。
「て……転移?!ゲートも使わずに……」
エルダが泡を吹きかけている。説明が面倒くさそうだとシルフィはため息をついた。
エルダとエリスに『ドール』について簡単に説明すると、すぐに戦場の方へと視線を向けた。
自軍魔法隊の攻撃力が落ちてきているようである。
「エルダ、泡吹いてる場合じゃない。魔法の精度が落ちてきてるよ。射出メンバーの入れ替え指示を!ちゃんと休憩させることを忘れないで」
「あ!はいっ!……シルフィア様はどうされます?」
すぐに駆けだしたエルダだったが、その足をピタリと止めてそう尋ねてきた。
「私は、あの奥の方で遊んでる人造魔導兵を蹴散らしてくる。全体の数を減らさないとね」
そう言ってシルフィはタクトを取り出した。
このタクトは元々シルフィが使用していたトリプルタクトである。更にユズキの手で、火・水・風・光の四系統の魔晶石をセット出来るように改良を施した特別製である。亡き父から贈られたLv4制御石も搭載済だ。
シルフィはタクトを振るって風移動を発動させると、空に舞い上がった。
かつて敵として戦ったヘルマンのお株を奪うほどの制御力であり、シルフィの姿はエルダとエリスの立っている外防壁から見ると豆粒大の大きさである。
「さすがシルフィア様だ!」
エルダはウキウキしながら各隊に射出者の交代指示を伝えに出た。
……
シルフィは飛んだ。
妊娠中も魔法の鍛錬だけは欠かさなかった。
魔導力制御の本を片っ端から読破することはもちろんのこと、実際に魔法を行使する際の所作と結果について仮説を立て実証してみるなどは当たり前である。ルシーダさんの目を盗んでは、有り余る時間を魔導力制御の一点に絞って磨き上げていたのだ。
「人造魔導兵は、人に見えないから遠慮はいらないよね……」
その後の解析で、人造魔導兵はヴィスタリア正規軍の兵達が遠隔で操作している魔物であることは判明しており、レドウ軍内部にも情報は連携されている。それでも見た目が人に見えないのは、シルフィにとってはありがたい事実であった。
上空から飛んできたシルフィの姿は、何体かの人造魔導兵に補足されたようで、シルフィに対して魔導砲が放たれる。しかし、ライゼル隊の弓部隊が所持しているような『魔導銃』ならともかく、攻城兵器として使用する大雑把な魔導砲がシルフィに当たるわけがない。たまたま直撃するコースで飛んできたとしても、それを回避することは今のシルフィには容易かった。
そうこうしているうちにシルフィは前線で戦っているライゼル隊の先……後方で待機している人造魔導兵達の集まっている上空まで到達した。
シルフィの姿に気づいた人造魔導兵達がシルフィを見てざわついているが、そんなことはシルフィにとってどうでも良いことだ。
「……貴方たちのような非人道的兵器は、世の中からいなくなってしまえばいいの。タルテシュの二の舞にはさせないっ!光輝く雨!」
シルフィがタクトを振るうと、そのタクトの先に巨大な光の球が現れ、光の球は無数の光輝く矢となって眼下に降り注いだ。光輝く雨は、数千数万では効かない無数の光輝く矢を作り出す、逃げ場のない無慈悲の広範囲攻撃である。制御機構を破壊された人造魔導兵は次々と動かなくなっていく。
さらに場所を移動するシルフィ。そうして人造魔導兵がいるところを狙っては、次々に光輝く雨を放っていったのだ。
「エルダ……さん」
「なに?」
エリスは戦場に煌めく光の雨を眺めながらエルダに問うた。
「シルフィア様が一人いたら、私達の存在意義って……」
「エリス。人には出来ることと出来ないことがあるわ。能力も違えば役割も違う。そして……大丈夫、私達には私達にしか出来ないことがある。私達は私達の力を信じて、役割を全うしましょう!さあ、次弾射出するわよ!」
エルダの言葉には、魔法隊の皆を勇気づける力があった。




