第186話 凶刃
城塞都市シーランの西側を、蟻一匹通さないといった様子で包囲したヴィスタリア正規軍の魔獣型人造魔導兵団。
その包囲網……いや、包囲壁は徐々にシーランとの距離を縮めていた。
正確に言うと、魔獣型人造魔導兵のバリケードそのものが位置を変えるべく動いている訳ではなく、その背後から次々と魔獣型人造魔導兵がバリケードを乗り越えるようにして接近してきていた。
既に数の把握が出来ない程のレベルで増殖している。
ヴィスタリア正規軍の騎士一人一人がそれぞれ魔獣型人造魔導兵を操作しているとしたら、少なく見積もっても一万は居るはずだ。
目の前に迫る黒い不気味な壁を前にライゼル=イスト=ハズベルトが笑みを浮かべる。
そのライゼルの後ろには旧第三師団の歩兵騎士と弓騎兵約三千が控えていた。タルテシュ防衛線でややその数を減らしてしまったものの、歩兵騎士達は毎日のように続くライゼルの地獄の特訓に耐え抜き、鍛えた結果一騎当千とも呼べる猛者達である。……相手が人であるならば。
また弓兵達が手にしている得物は、これまでのような弓ではない。
彼らの手には、ユーキ=イスト=カーライルの発案でユズキが設計開発した小型の魔導砲で武装していた。いわゆる『魔導銃』である。
大量生産まで追いつかなかったために全員に配られたわけではないが、射撃適正の高い者に優先的に配布され、かなりの戦闘力を手にしていた。
また『魔導銃』が行き渡らなかった者も、魔導力を付与した矢と引き金式の大型クロスボウを装備し、こちらも大幅な戦力増大に成功していた。
迫り来る敵兵……魔獣型人造魔導兵を前に、ライゼルの大声が響き渡る。
「いいかっ!連中は表に出て戦えぬような弱卒ばかりだ!そんな連中など恐るるに足らん!俺達の方が圧倒的に強い!蹴散らせ!」
「「「おおおぉっ!」」」
ライゼルの声で第三師団の士気が一気に高揚する。
そして外防壁から外に出て陣形を構えた。
「第三《魔導障壁》を発動!」
外防壁門からライゼル隊が出陣していくのを見計らい、ユーキが作戦司令室で指示を出す。
すると、人一人分をカバーできるギリギリの高さを維持した《魔導障壁》が発動する。ライゼル隊を狙ってバリケードから放たれた、ヴィスタリア正規軍の攻城魔導砲はこの第三《魔導障壁》によって阻まれる。
物理射撃に対しての防御力はほとんど無いが、敵が魔導砲や広域魔法を使用してくる限りほぼ無敵の設備である。
「よし!いいぞっ」
ユーキはその効果に思わず拳を握りしめる。
タルテシュ防衛線での痛い敗戦。ユーキはその場に居なかったが、次の戦いをシーランを拠点とした守城戦と見据え、ニキから聞いた反省を活かし対策を立てたことが功を奏したに他ならない。
そしてまだ序盤戦である。
城塞都市シーランの装備はこれだけではない。ユーキは戦況を確認するべく、戦場に視線を送った。
「『魔導銃』隊!前へっ!」
頭上から降り注ぐ魔導砲が自分たちの所まで一切届かないことを確認すると、ライゼルが左手をかざす。
その合図に従って『魔導銃』を装備した弓兵が一斉に横に並んだ。その背後にはクロスボウ隊が並ぶ。訓練通りである。
「放てっ!」
ライゼルが挙げた左手を振り下ろすと同時に『魔導銃』隊が一斉に発砲する。
『魔導銃』の発砲に呼応するように、クロスボウ隊はやや上向きに次々と矢を射出していく。
小型にして連射性能ももつ悪魔のような『魔導銃』は、恐ろしい勢いで迫り来る魔獣型人造魔導兵の足を完全に止めた。次々と発射される『魔導銃』を無防備に食らった魔獣型人造魔導兵は、制御を失って前のめりに倒れていく。
だが、数に物を言わせる魔獣型人造魔導兵たちは、その動かなくなった人造魔導兵を乗り越え攻め寄せてくる。屍を乗り越えて……といった表現がそのまま当てはまるような恐ろしい光景であったが『魔導銃』はその乗り越えた人造魔導兵すら足止めをさせる。
そこへ、頭上から《魔導障壁》を越えたクロスボウの矢が一斉に降り注ぐ。
魔導力で強化された矢だが、基本的に物理攻撃であるクロスボウは自分たちを守ってくれる第三《魔導障壁》の影響を受けること無く襲いかかったのだ。
更なるクロスボウの追撃に完全に出足を挫かれた魔獣型人造魔導兵は、どこから攻めようかと右往左往している。
魔獣の形をしていても、中身はただの人である。
どんなに強い武装をして自分の身に危害が直接加わらない戦いであるとしても、イメージと動きをシンクロさせる人造魔導兵戦では、一方的な被弾は精神的なダメージを受ける。頭で危険がないことをわかっていても、ダメージを受けると自分の身体で受けたのと同様の衝撃を食らうのだ。
「撃ち方止めっ!『魔導銃』隊は後方支援に!歩兵騎士団前へ!」
ライゼルが今度は右手を挙げる。
すると今度は、待ってましたとばかりに早る猛者たちが思い思いの武器を持って並んだ。
「飛び道具では俺達の装備が優秀であることを見せつけてやった。ではお前達は何を見せるっ!」
ライゼルが一瞬だけ言葉を切る。
「俺達が見せるのは!何にも屈せず、徹頭徹尾戦い抜く人の強さだ!俺達が強いところを存分に見せ、恐れさせよっ!」
「「「はっ!」」」
その直後、魔獣型人造魔導兵隊とライゼル隊との骨肉の白兵戦が始まったのであった。
……
「レドウさん、ライゼル隊と人造魔導兵との交戦が始まりました。急げますか?」
アイリスからの最初の通信が入った直後、レドウとシルフィの『通信魔導具』に進捗の変化が伝えられた。もはや一刻の猶予もなさそうである。
「もう始まっちまったようだ。急いで戻らねぇと後でライゼルのおっさんに文句言われちまう」
レドウがその場の『ドール』とテツに話し掛けたが、テツはライゼルのことを知らないし『ドール』はいつも通りニヤニヤしているだけで全く締まらない。ルシーダさんも何事かせわしなく働いており、レドウの言葉に耳を傾けている様子はなかった。
唯一、レドウの言葉を理解してくれたシルフィは、レシルをその胸に抱いたままコクリと頷く。
そんなシルフィの様子に満足したレドウがシーランと繋がっている転移ゲートへと近づく……が、思い出したようにテツの方を向いた。
「あ……そうだ。お前、これ装備しとけ」
そう言ってレドウが差し出したのは、レドウがイシュタールへ向かう時に使用した《自動翻訳》魔法を付与した『魔導具』である。ここから先はテツにとって異国の地。言葉が通じなくては何かと不便だ。
「レドウさん。あざっす」
早速翻訳された思念波が、テツから聞こえてくる。
テツの翻訳された言葉はシルフィやルシーダさんにもちゃんと届いたようだ。少なくとも急に異質な声が聞こえたルシーダさんは、かなりびっくりしている。
「おっし!じゃあいこうか」
レドウは振り返って『ドール』とテツが付いてきていることを確認すると、転移ゲートを潜った。
だが……
「あ゛……な……ぜ……?」
ゲートを潜った直後、レドウは腹部にドスッと衝撃を受けた。そして鈍い痛みが襲ってくる。鋼のように鍛えられたレドウの腹筋には、深々とダガーが突き立っていたのだ。
反射的に手で押さえにいくが、その凶刃は容赦なく引き抜かれ、大量の血があふれ出る。
(……お、お前は……)
崩れ落ちる膝と薄れゆく意識の中で、レドウはその見覚えのある顔を確認した。
ユーリ……
最終章が始まりました。
章題が上手く思い浮かばず、副題が無題です。
なんかいい題が思いついたときに章題を更新することにします。




