第175話 新たなる命と希望
カグヤを拠点に送り届けたレドウは、自室として臨時であてがわれた応接のソファでうとうとしていた。
【聖心のペンダント】の効果もあって、単純な体力的には全く不安要素のない怪物のようなレドウではあるが、夜通し活動し続けてそのまま元気に起きていられるほど、レドウも鉄人ではない。【聖心のペンダント】では精神的な疲労や脳の疲労はサポート出来ないようだ。
その結果「働いたあとは酒だろう」等と考えながらの半眠り状態である。
とは言ってもこの場に酒はない。
非合法の歓楽施設を商取引商品にしているわりに、そういうところが堅いのは間違いなくミカのせいだ。ダンガンの店のイシュタール酒を飲む夢を見ることで酒への欲求を紛らわす程度である。こないだの交渉でダンガンの店は『ブラッディローズ』特別加盟店になっている筈なので、今度特別に融通を効かせてもらおうなどと意識の片隅で画策した。
そうした感じでレドウが微睡んでいると、ミカが若頭と共に部屋に入ってきた。
「レドウいるかいっ?って寝てんのか。おぃ、朗報だぞ起きろ!」
ミカの大声にレドウが薄目を開ける。
「騒々しいな。俺は眠ぃんだよ。ちったぁ寝かせてくれや」
「じゃあそのまま耳だけこっち聞いてな。ベロニカが『サウザンドファング』のアジトを見つけてきたよ。今は現地でサミュエルが連中の動きを探ってる。幸いこっちの動きにゃまだ気づかれてないようだけど、察知されて移動されたら厄介だからね。で、今夜出立するよ。場所は……今言っても分からねぇだろうから後だね。しっかり身体休めときな」
折角開けた薄目を再び閉じたレドウに対して、それだけ伝えるとミカはまた部屋を出て行った。
(ちゃんと聞いておいてくれたか?『ドール』)
《マスター、バッチリだよ。でも大事な場所については言っていかなかったけど……大体想像ついてるよ》
今にも途切れそうなレドウの意識だが『ドール』との会話だけは、しっかり出来るというのがなんとも不思議である。
《それは、ボクとマスターが『魂回路』で繋がってるからであって……》
何か『ドール』が大事なことを言っているが、レドウの意識は限界である。
完全に寝てしまうと『ドール』との交信は出来ないようだ。誘われるようにレドウの意識は淵に飲み込まれるように徐々に沈み、すぐに深い眠りについた。
……
「おい、まだギミックは出来ねぇんでやんすか?すぐにつくらねぇと復帰出来ねぇんでやすよ。それとも死にてぇでやすか?」
ジョルダーノが『ブラッディローズ』お抱えの技術職人に凄んでいた。
ただ技術職人側も慣れたもので、ジョルダーノの凄みなんぞどこ吹く風である。
「ジョルさん。えらく簡単に言いますがね?本来そんな数刻で完成させられるようなもんじゃないですぜ?おいらだから何とかしてやるって言ってんだ。それが待てねぇなら、おいらに出来ることはなんもねぇ。さっさと出ていきな」
「ちっ……」
職人の発言に言い返す言葉のないジョルダーノは舌打ちして黙ってしまった。
簡単に言うなら、レドウにとの戦いで失った利き腕に、元々使用していた愛用の剣を義手としてはめ込むためのギミック作成をしていた。
で、待ちきれなくなったジョルダーノが職人を急かしているという状況である。とは言ってもジョルダーノが依頼したのが明け方近くのことである。『サウザンドファング』掃討戦に出立する今夜までに仕上げたい。という無茶な依頼だ。
どちらにしても完全なものではなく暫定のものとなるが、それでも元々の無茶振りを更に急かされたんではたまらないという職人の怒りの発言である。とはいえ『ブラッディローズ』の仕事は一件あたり高額なため、職人も本気で失注させるつもりはない。今出来る最高の品を提供するために集中させて欲しいという意思の表れだ。
ジョルダーノとしてもこの職人以外にアテはない。凡庸な品で間に合わせたところで自分の体技についてこられないようでは役に立たないからだ。それを痛いほど理解出来るため、急ぎたい気持ちを必死に押さえ、大人しくその場に座り込むジョルダーノ。
(おのれレドウめ……この鬱憤必ず晴らすでやす)
ジョルダーノはそう心に誓った。
……
首領のもとに若頭が訪れていた。
「あん?レドウの前で本気の一端を見せちまったって?」
ガタっと立ち上がりかけたミカだったが、そのままゆっくりと自席の背もたれに体重を預けるように座った。
「馬鹿だねぇ。もう少し隠しておきゃいいものを……」
「すみません……ジョルダーノの馬鹿が暴走しかけてたんで思わず。ただ、俺程度が本気になったとこでレドウさんにゃ敵いそうにないですが?」
「そういうこっちゃねぇんだよ」
椅子に座りながらミカはくるりと身体を回転させる。
「今は利害が一致しているし、契約もしている。彼はそういう約束事を破るような奴じゃない。でもね?わざわざ組織の手の内を教えてやる必要はねぇんだ。本質的には彼は外部の人さね」
「でもまだ首領の力は……」
「馬鹿!!」
さらに言葉を紡ごうとした若頭の発言をミカが強引に止めた。
「アタイの力なんて、内部の野郎だってほとんど知らねぇんだ。わざわざ教えてやる必要もねぇ。テツ、あんた以外がアタイの力を知った時にはその命はない。その方がハクもつくだろう?タイプ的に初見殺しに近いからねぇ。対策を立てられたらアタシはただの女さ」
ミカはそう言って両の手の平を軽く見せ、お手上げのゼスチャーをしてみせる。
「そのために俺がいる。首領が手を下さなくてもいいように、俺が守れば済むこった」
「あぁ、期待してる。くれぐれもレドウと初対面の時のような失態は避けてくれな。……まああれは、彼の規格外さのレベルを見誤ったアタイの責任でもあるけどね」
若頭はミカに向かって深々と頭を下げると部屋を退出していった。
普段は出来るだけ隠蔽しているが、『ブラッディローズ』としては普段おちゃらけている彼こそが最高戦力であり、武力の要である。
だからこそ、彼が敗れるわけにはいかない。
個の力と技量で敵わない相手であっても、組織として負けないということの重要さを改めて認識し、肝に命じた若頭であった。
……
アドレアから遠く離れた城塞都市シーランの一角、庁舎の中をカッカッカッカっと慌ただしいリズムを響かせている足音があった。そのリズムは徐々に早くなっていき、早足からほぼ駆け足に近い状態であることがわかる。
足音は一つの部屋の扉の前で止まった。扉の前には『医務室』とある。
「先生は、いるかい?」
扉が開いて中へ入ってきたのはルシーダだ。その表情にはちょっとした焦りが見られる。
「あら?どうしました、ルシーダさん」
座っていた椅子がくるりと回って一人の女性が部屋から入ってきたルシーダの方を向いた。
この女性はもともとカーライル家騎士団軍医のセーラだ。
そもそもヴィスタリアに医者が少ないということもあるが、レドウ軍がシーランに身を寄せるにあたってシーラン市民に負担を掛けるわけにはいかないと、ニキの指示でレドウ軍の専属として任に就いている。
「先生。実はシルフィア様の容態が……」
「それは大変ですね。ちょっと診てみましょう。シルフィア様はどちらですか?いつものお部屋?」
ルシーダの案内で、庁舎内のシルフィの部屋として割り当てられた部屋へと向かう。
最近ではお腹もかなり大きくなってきていたこともあり、シルフィはいつもの秘密基地ではなくシーランの寝室にいることが多い。
「シルフィア様?セーラです。入りますよ」
扉越しに声を掛けて中に入ると、陣痛を我慢しているシルフィのくぐもった声が聞こえてくる。
セーラはシルフィの様子を確認する。意識ははっきりしているが、痛みのため上手く話が出来ないようだ。
「ジェスチャーだけでいいわ。痛みは規則的になってる?まだ我慢できる状態?」
シルフィに話し掛けながら状態を確認していくセーラ。
「あら大変。これは……ちょっと予定より早いけどもう産まれるわね。ルシーダさん、準備をお願いします」
「はいぃ!」
ルシーダはセーラの指示を聞いて部屋の外に飛び出していった。
もう年末ですね。夏頃書き始めて予定ではとっくに完結しているはずだったのですが、投稿が年を越すことになりました。書いている他の皆さんは年末年始ってどうされているのでしょうか。
私は実家に帰ったり親戚への挨拶回りなどありますので、今日で年内の投稿を終え新年を迎える準備をしたいと思います。
投稿再開は年明け5日を予定しています。
皆様、良いお年をお迎えください。




