第142話 東国の技術者
その翌日。
レドウ軍首脳は市長庁舎にある一室に集まっていた。ここが新しい作戦会議室である。
出席者はまずアスタルテ家からレドウとアイリス。そしてカーライル家からニキとユーキ。ハズベルト家からはライゼル。
軍部からは冒険者軍とシーラン義勇軍代表としてジラール。第三師団からはワイマールとエルダがそれぞれ集まっていた。
シルフィは出産を控え療養中。ギルド長は先のタルテシュ防衛戦で重傷を負った。辛うじて一命を取り留めたもののベッドに寝たきりの状態となり、引退を余儀なくされている。そのため次期ギルド長とも言われていたジラールがあとを引き継いだ形となったのだ。
ちなみに斥候隊はリズとレーナを中心に城塞都市シーランの地理調査と、周辺情勢の諜報を開始している。
タルテシュに押し寄せた魔獣の大群がいつシーランに押し寄せるかもわからない。タルテシュと比べれば比較的防衛しやすい立地であるが、それでも情報は早いに越したことはない。
少なくともこの城塞都市シーランは、レドウ軍にとって最終防衛地であり、死守する以外に選択肢はないということである。
「お疲れのところ大変申し訳ないのですが、ここシーランについて一通り説明させて頂きたい」
ユーキが城塞都市シーランを代表して説明を始めた。彼の現在の肩書きはシーランの副市長である。
『副市長』は、市民の代表である市長が任命するいわゆる政治任用職という立場であるが、そのユーキの手腕は既に市民の知られるところである。ユーキが『副市長』をやっているからと言って特に誰からも文句が出ないほどの信頼を勝ち得ていた。
そんなユーキがレドウたちに説明したのは、大きく三点である。
一点目は以前から大きく変わったシーランの都市構造である。転移で飛んできたレドウたちには必要な情報だ。
以前からあった街並みはそのままに、都市の区画を大きく海沿いに広げたようだ。そしてその端には海水を引いた大きな堀で仕切られ、跳ね橋が架けられている。
万一、敵が攻めてくるような事があれば跳ね橋が上がり、堀を越える手段が限られるという構造だ。
もちろんジラールやヘルマンに例えられるような、魔法で越えてくるような敵もいるとは思うが、主力を断てるのは大きな強みだ。
レドウたちへの注意点としては、跳ね橋を通行するためにはシーラン市民であることを証明する市民証が必要であるため「全員に行き渡るまでは無闇に都市の外へ出ないように」とのことだ。レドウ軍としては斥候隊に優先的に発行する必要があるだろう。
ちなみに跳ね橋は都市の南北だけでなく、タルテシュに続く西向きの街道にも一つ設置されている。
この三カ所を封鎖すれば、魔法使用をせずに都市部へ入ることが極端に難しくなる仕様であるということだ。
二点目は防衛体制についてである。
西側に設置された二重の城壁にはそれぞれ遠隔攻撃用の魔導砲台が設置されていて、有事の際にはこれを使うことでいわゆる魔法隊でなくても広域魔法が放てるという代物である。
魔導砲の説明の際に「どこにこんな技術があったのか?」とライゼルがユーキに詰め寄ったが、どうやらこれは東の海の先にある東国の技術のようだ。東国ではヴィスタリア連合王国と比較すると、魔導力の日常利用においてかなり技術が発達しているようである。
それもそのはず。旧アスタール帝国が世界で最も魔導技術が優れていた時代、東国の侵略戦争を圧倒的な武力で押しのけた旧アスタール帝国は、東国を属国として不平等貿易を行っていた。あまりの遠方ゆえ占領こそしなかったが、何人もの帝国の魔導技術者を東国に派遣し、まるで自国のように現地でも開発を続けていたことが発端である。
その目的はアスタール帝国の人間が東国を訪れた際に、自国と同様の魔導サービスを利用するためだったのだが、結果として当時最先端の魔導技術が東国に伝来した形となったのだ。
ヴィスタ聖教国に滅ぼされた際に失われたアスタール帝国の魔導技術は、東国で発展を続けていたのである。
それの逆輸入に成功したのがユーキということだ。
話は防衛体制の話に戻るが、この魔導砲台の当番をレドウ軍にも担当してもらいたいとのことである。
特に異議もなく、この話は纏まった。
最後に、シーランにおけるレドウ軍の行動規範についてである。
基本的にレドウ軍の兵士たちは市長庁舎に併設されている宿舎で生活するのだが、しばらくはあまり都市内を出歩かないで欲しいとのことだ。 と言うのも勝っていた頃は良かったのだが、現在は敗戦で逃げ戻ってきたという印象をシーラン市民持っているらしく、無闇に市民の反感を買う必要はないとのことであった。
それも現時点ではある程度仕方のないことかもしれない。
義勇軍に参加してタルテシュで命を落とした兵の親などは、特にレドウ軍を目の敵にすることが多いそうだ。仕方の無いことではあるだが、そう簡単に割り切れるものでもない。これが現実である。
「……特に質問はありませんね?じゃあ次の説明に入りますよ」
そう言ってユーキは次の説明に入る。
次の話題は、今後のレドウ軍の動きについてだった。
何もヴィスタリア本国にやられっぱなしでいるつもりはない。そもそもヴィスタリア正規軍とて、レドウたちを野放しにするつもりもないだろう。かといって闇雲に攻めてタルテシュを取り返したところで、再び魔獣の一斉攻撃を受けたら同じ事が起こるとユーキは言う。
そもそも四方に開けた土地のあるタルテシュは、戦争における防衛拠点として全く適していないのである。
強引に取り返したところで、また同じ手で取り返されるだけで被害が増すだけだとユーキは言う。
しかも魔獣を使役するという手段が問題だと指摘する。という人的被害を自軍側にもたらさないノーリスクな手段で攻め立てられたのでは、割に合わないというのだ。
だが、だからといってどうしたらいいというのだろうか。
王都に少数精鋭で侵入した時も、勝利と言える結果を得られたわけではなく、また敵を待ち受けて戦っても今回のような敗戦ではじり貧だ。
ユーキの提案はこうだ。
『東国の技術を持って魔獣使役の仕組みを突き止め、無力化したところで一気に叩く』
言うのは簡単だが、そう簡単に実現できる話ではない。そもそもいつ魔獣がシーランまで押し寄せてくるかもわからないのだ。
また百歩譲ってその案を飲んだとして、果たして本当に東国の技術で魔獣を無力化出来るのか?という疑問も残る。
ここでユーキは二人の東国人を紹介した。
「君たち、入ってきてくれ」
ユーキが促して入ってきたのはまだうら若き女性であった。全身に布を巻いたような見慣れぬ服装を身に纏っている。
部屋に入ると女性は丁寧にお辞儀をする。
『ジブンハ、ユ……ズキデス。ツ……ジテマスカ?』
片言で挨拶をする女性。東国の公用語とここパルロカ大陸の公用語は異なるらしく、まだ自在に話せる訳ではないようだ。
「ありがとう」
ユーキが礼を言うと、彼女は部屋を出て行ってしまった。
「彼女は東国でも有名な魔導技術者一家の娘さんだ。まだ若いが一流の魔導技術者で……そうだな。先ほど話した魔導砲台などの基礎理論は、今の彼女が纏めた論文に基づいているそうだ」
「な……なんだと。本当なのか」
何より驚いていたのはライゼルであった。
その後も様々なパターンについて話しあったが有力な対案が出ることはなく、結局ユーキの提案にレドウ軍は乗るしか今は手段がなさそうだった。ジラールが難しい顔をしていたのが気になったが、彼は東国の支援を得ることで借りを作ることになるという現実を懸念しているようだ。
いずれにしても、今は取りうる選択肢が他にはなかった。
更新時間が遅くなる日が続いてしまってごめんなさい。たくさん書けばだんだん筆が速くなるだろうと思ってたのですが、逆に遅くなっていってるようです。
そんな折り、大変申し訳ないのですが、仕事の関係で二日間更新をお休みします。
次回は11/17(土)になります。よろしくお願い致します。m(_ _)m




