第134話 ファーストコンタクト
転移ゲートを抜け、早々に西門に到着したレドウは目前に広がる光景に唖然とする。
「ありえねぇ……おっさんたちは魔獣って呼んでたが、要するに魔物だろ……なんでこんなとこに大量にいんだよ」
冒険者の常識では、体内に魔石を持つ魔物は魔元素濃度の濃い場所を好む。その理由は魔元素エネルギーこそが魔物の餌だからだ。そのため、冒険者はともかくとして人の出入りが少なく魔元素エネルギーが充満する遺跡を好んで生息するのだ。
魔元素濃度が薄く魔物の餌となり得るものが極小であるリーデル平原に、魔物が自然発生的に現れるわけがないからだ。明らかに何者かに使役されている魔物である。
だが、使役されているにしては数が多すぎたのだ。
レドウが到着した頃には、既に土煙の正体が魔物の大軍であることが視認出来るところまで近づいていた。そのとき何故かいつかの夢がフラッシュバックする。あれはこの先起こる事と、似たような光景ではないだろうかと。
よく見るとタルテシュに迫っている巨大な魔物たち……もう魔獣と呼ぼう。魔獣たちは横一線ではなく縦方向にも列を成して迫っていた。
前の方にいるのは比較的小さく、足の速い魔獣たちだ。その後ろからは体長5ルード~10ルードもありそうな巨大な魔獣まで確認出来る。
そして、魔獣の集団の先頭にでは既に戦いが始まっていた。姿が見えるのは二人の騎士だ。
「あいつら、あんなところで!」
とそのとき背後の転移ゲートからアイリスを先頭にライゼルとソーマがやってきた。
「あ、おっさん……いや、それどころじゃねぇ!あいつらを助けねぇと!」
三人が通ってきた開けっぱなしの転移ゲートを消すと、レドウは新しくゲートを作った。
「俺が先にいって助けてくる」
「あっ!ちょっと!!」
アイリスが何か言いかけていたが、待っている時間などない。あのままでは二人は死を待つのみだ。
フッとその場から消え、一瞬で前線のリュートとラウルの元に到着する。
「レドウ様っ!」
「兄貴っ!」
援軍の来ない絶望的な戦いにやっと光が灯る。
「おらぁっ!」
ラウルが手にした大盾で群がる犬魔物を殴りつける。アイリス直伝のシールドバッシュだが、力任せも良いところだ。ともあれ腕力を武器にしたラウルらしい反撃である。
「ラウルにばかり良いところを取られてはたまらん!見て下さいレドウ様!この俺の剣技を!」
そう言ったリュートのシルエットが薄くなる。
と、瞬く間に四、五匹の犬魔物の頭が落ちた。
ラウルとは対象的な速さの剣だ。虚を突いた攻撃で『アイリス団長からも一本取れる事もある!』という自慢は伊達じゃないようだ。
「わかったわかった。おめぇらが強くなったのはわかったが、ここは分が悪い。時間稼ぎっつーか囮になってただけじゃねぇか!」
「「それでもっ!」」
二人が内に秘めた使命感は強くて熱い。そして安い自己犠牲を払うつもりもない。かといって死を恐れた逃げ腰で何が守れるかっ!?といった強い気持ちが彼らを奮い立たせている。
「大丈夫だ。お前たちの熱い使命感はしっかりと受け取った。門にはアイリスがもう到着している。一旦下がっても大丈夫だが……まあ見てろ。時間稼ぎってのはこうやるんだ」
レドウが【王者のタクト】を取り出すと目前に巨大な《物理障壁》を作り上げる。グラウンドや決闘場を馴らすトンボが縦方向にも広がった形状と言って通じるだろうか。
それを構え、トンボの本来の使い方とは真逆の向きで魔獣の群れへと突っ込んでいった。
「レドウ様っ!」
「兄貴っ!無茶ですって!!」
二人の悲鳴にも似た叫び声を背に、まずは先鋒の魔獣、そして中型魔獣をも飲み込み、巨大魔獣との距離が縮まっていく。
(タクトの精くん。ぶつかる瞬間に最大出力でよろしく!!)
《マスター、承知致しました》
タクトの精からの回答を聞いたレドウはその場で踏ん張る。
見ている側からしたら、本気で力まかせに立ち向かおうとしている無謀な姿だ。実際は魔導力任せなわけだが、見ている側にわかるわけはない。
正直、レドウ自身も最大出力を出したからと言ってどこまでの事が可能なのかわかっていなかった。
もしかしたらあり得ない衝撃でこちらが吹き飛ばされるかもしれない。そんな一抹の不安を抱えながら両足で全力で踏ん張り、衝撃に備える。
そのときだ。
レドウの踏ん張る両足を肩で支えるように、二人の騎士が屈み込んだのだ。
「レドウ様の土台となって支えますっ!」
「兄貴っ!ここにいようと後ろで待ってようとダメなときは一緒っ!兄貴と共に散る覚悟です!」
レドウとしては散るつもりは全く無いのだが、その気持ちはありがたい。
相変わらずリュートのレドウ信奉は暑苦しいし、ラウルは『兄貴』と呼ぶのをやめない。そんな困った連中ではあるが、今この場を全力で乗り切ろうとする気持ちは一緒であった。
「来るぞ!」
「「おおぉっ!!」」
レドウの合図の次の瞬間、《物理障壁》と巨大魔獣の群れが激突した。
視覚的にも恐ろしいその瞬間、激突の衝撃がレドウたち三人を襲った。が、見計らったようにタクトの出力が最大となる。
「ここだっ!」
レドウが魔導力の出力を感じながら全力で《物理障壁》を押し込んだ。
グアシャッ!!
という気持ち悪い音が断続的に続き、目前の《物理障壁》と後ろからの魔獣仲間の圧力に挟まれ、目前の大量の魔獣たちが圧死していく。
そして最後方から突っ込んできた巨大魔獣がぶつかった瞬間、大轟音とともに後ろへ吹き飛んでいった。
「……どっちも凄い」
ラウルがボソリと呟く。
レドウに伝わった衝撃はラウルたちにも伝わっている。
それだけにそれを魔導力で押し返したレドウも、そうした魔法で防御されているはずの自分たちにまで、多少なり衝撃を受け伝わってたこと自体が脅威であった。
「油断するなっ。すぐに防衛線まで撤退だ!!《物理障壁》の衝撃を避けた魔獣が脇から押し寄せてくるぞっ!」
レドウは作り上げた《物理障壁》をそのままにし、転移ゲートを作った上で傍らのリュートとラウルをゲートの中へ押し込んだ。
そしてレドウ自身もそこからこの場を脱出する。
そう、地平線上を埋め尽くす勢いで迫ってきた魔獣に対して、レドウの《物理障壁》は幅が足りないのだ。
当然のごとくレドウの足止めの影響を受けずに、タルテシュに突っ込んでくる個体が多数いる。このような門から離れた位置にいては、状況すら把握出来ないのだ。
「あ、レドウさんお疲れ様です。こちらから見てましたが相変わらず凄い魔法ですね」
ゲートで戻ってきたレドウにアイリスは丁寧に挨拶をする。
「いや、でも脇から逃れた魔獣がまだ襲ってくるから油断ならねぇ」
「大丈夫です。その心配には及びません」
アイリスはライゼルとソーマがかけていった両脇のトンボの端の辺りを見た。
頼もしい助っ人たちは既に脇からあふれ出てくる魔獣を倒すため向かっていったあとであったのだ。
「それでも油断はできねぇ。数がそもそも違う。アイリスどっちへ行く?」
「どちらでも。……じゃあ、私は右の北の方へ」
「なら俺は左の南方だ。お前たちはどうする?」
レドウがリュートとラウルに聞いた。
すると二人ではなくアイリスから回答があった。
「もうすぐ冒険者軍と旧第三師団の合同軍が出撃するはずです。当家の騎士団員たちもそちらに加勢するはずですので、あなたたちはそこへ合流し皆の指揮をお願いします」
「「承知っ!」」
リュートとラウルが声をそろえて応答した。
「ならお前たちは俺と一緒に南側へ来い。軍の大半は恐らく南門から出るはずだ」
ここでレドウは一つ間違い……ニキとの認識の不一致を起こしている。
ニキは決戦を西門と想定していたのに対し、レドウが《物理障壁》を出してしまったために、西門より南北の門に魔獣が集まる可能性が生まれたからである。
だが、仕方ない選択であったろう。《物理障壁》の威力など誰も想定出来ていなかったのだから。
レドウは二つゲートを作った。
一つは北の戦線に向かうアイリスのために。そしてもう一つは自分たちのためである。
「よし、向かうぞ」
レドウたち三人とアイリスはそれぞれのゲートを潜って戦線に向かったのであった。




