第132話 頼もしい助っ人
王都ウィンガルデで魔物騒ぎがあり、レドウたちが脱出してからおよそふた月ほどが経つ。
時々斥候としてリズやレーナが様子を見に来ていたが、あれから王都の魔元素エネルギー濃度が異常に濃くなる事態は発生していない。
季節は冬の折り返しの時期を迎えていた。
パルロカ大陸の北に位置するリーデル平原は、高くそびえるアルカス山脈で西と北を覆われているために大雪が降ることはめったにない。それでも山の上から冷たい風が常に吹き下ろす冬は、リーデル平原に厳しい季節である。
雪は降らずともあまりの冷え込みに大地は霜で真っ白になる。そしてたまに降る雪が溶けずにそのまま残るため、景色は一気に白くなっていく。そして南方から温かい風が吹き始める春先になるまで根雪となって溶けない……そんな季節の到来である。
あれから遺跡都市タルテシュは随分と様変わりしていた。
最初の小競り合いの際にレドウが一夜漬けで創った魔法による巨大な砦はもう取り払われており、その代わり西と北方面を重点的に着々と城壁が建築されつつあった。
と言うのも、現在西の宿場町フューズとタルテシュの間に国境があるかのように、ヴィスタリア連合王国が完全に分断されているためだ。
西側勢力に与するのが、王都ウィンガルデと宿場町フューズ、そして北の宿場町オピタルに加え、北のノオム村などだ。
一方で、対抗するレドウたち……つまり東側勢力に与するのが遺跡都市タルテシュを中心に南の宿場町ウィードルに、東のサレーン、そして港町シーランである。
単純な領地の広さでは東側勢力が多く、優勢に見えるが総人口は圧倒的に西側が多いため、全力で攻められたらいつでも西側が優位に立てそうである。
それを回避すべく、タルテシュの城塞都市化は着々と進められていた。
ちなみに最終防衛線としての港町シーランも、ユーキ=イスト=カーライルと町長レナード=カザルスの指揮の元で城塞化が進められているそうである。
その進捗や情報連携のために時々タルテシュを訪れているのが、母であるミラ=カザルスだ。
とっくに引退していたというのにここにきて技が冴えているようで、気づいたら背後に母が居るというのはなかなかに恐怖である。暗殺者は怖い。
ともあれそうしてもたらされた情報によると、シーランは既に城塞都市として呼んで良いレベルで防衛力と軍事力をそろえたようだ。
裏で海の向こうにあるという東国からの支援を受けていたりするらしいが、これは内政干渉など後々の事を考えるとあまり好ましい状況ではない。恐らくは急いで物資をそろえるためには仕方なかったのであろうが、その辺はユーキの采配と技量に任せるしかない。
ジラールもシーランからタルテシュに戻ってきていた。
レドウが思っていたよりはるかに妹とラブラブであるようで、最近は慣れたが最初は大分見せつけられた。
そして、ジラールに関しては最も大事なことがある。彼が復活させた風の神器【巧者の指輪】の存在だ。
レドウは早速見せてもらったが、吸い込まれそうな深緑の聖魔晶が静かに輝きを放っていたのが印象深い。手元にある【王者のタクト】や【叡智のサークレット】、【聖心のペンダント】などと比較し、明らかに同等の品であることが一目で分かるレベルのものであった。
そのうえ、彼はこの神器をレドウよりよっぽど使いこなしていた。
一度見せてもらったのだが、あの風の魔法使いヘルマンを凌駕する制御力で、ジラールは空を自由に舞うのだ。ヘルマンの風魔法制御はある種不自然さが拭えなかったが、ジラールのそれは風と一体化しているように見えた。大変な男が生まれたが、味方であるので頼もしい限りだ。
そしてレドウにとって最も変化したことと言えば……
「随分と目立つようになったな。この腹」
最近では、ゆっくりした移動しかしなくなったシルフィのお腹をさすりながら、レドウがつぶやく。
すると「腹とか言わないで。お腹って言ってよ」とシルフィからツッコミを受ける。
レドウは同じこと言ってんだからどっちだっていいだろと思っているのだが、そこで反論すると最近は周囲の女性陣から冷たい視線で反撃を食らうので、最近はあまり口論で逆らわないようにしている。ちなみに反論の際に掲げられる正義は毎回「今が大事な時なんだから……」というレドウにとって聞き飽きた理由だ。
それなら生まれたら元に戻るだろ……とレドウは軽く考えている。実際に戻るかどうかは不明だが。
「レドウ殿、ちょっと状況を整理したいので作戦会議室まで来てくれるか?」
ニキだ。
カーライル家の当主であった彼は、いまや東側勢力のまとめ役としてすっかり貫禄がついた。
名目上はレドウが東側勢力の代表なのだが、実態はニキが勢力を掌握し纏めてくれている。そのお陰で現在の形に落ち着いているのだから、レドウからしてみれば感謝しかない。
仮にレドウが王だとしたらニキは優秀な宰相と言ったところだ。……とは言ってもレドウは王の地位など全く興味がないので、頼まれても断るだろうことは目に見えている。
「わかった。ちょっとだけ待っててくれ」
そう返事をするとレドウはシルフィに行ってくることを伝え、部屋を出た。作戦会議室は以前のまま、旧冒険者ギルド内にある大会議室にある。
旧……とつくのは、現在冒険者ギルドが正常な活動をしていないからだ。
ギルドに登録していた冒険者のほぼ全てが、東側勢力の武力の一端を担っている。わかりやすく言うと冒険者がまるごと東側勢力に雇われているという表現が正しいだろう。
レドウがニキにつれられて作戦会議室を訪れると既に先客がいた。
アイリスとソーマだ。
レドウとニキの二人が席につくとすぐに話が始まった。
「まずは現状を確認した上で、これからのことについて認識を合わせておきたいと思います。今のところ東側の動きが静かであるために、いまいち状況が掴みにくいのですが、そこは現在進行形でリズに調査をお願いしてます。これについては何かわかり次第で随時連携する形になります」
ニキからの王都の様子について報告から会議は始まった。
「何も動きがないのは不気味よな。むしろこちらに悟らせないようにしている分、水面下で間違いなく動いておるだろう」
「ええ、間違いないと思います。もしかしたらリズの動きも完全に把握されているかもしれないですね。ただ、現状は何も掴めていないのは事実です」
ソーマの発言に複雑な表情を浮かべるニキ。
「動いてないように見えるのが非常に厄介です。もともと向こうから仕掛けてきているのに、こちらから動くことでわざわざ大義名分を与える必要はありません」
アイリスの言葉に一同頷く。
「とすると、あれだ。結局俺達は奴らの準備が整うまでご丁寧に待って、準備万端の攻撃を受けなきゃならんってことか?そいつは勘弁だぜ?」
「えぇ、ウィンガルデでの最後の攻防の時にも感じましたが、純粋な個の戦力はいずれも西側が勝っています。西側が何を待っているのかはわかりませんが、さらにこのまま西側の準備が整うまで待つような事があれば、最終的に待っているのは東の敗北です」
レドウの意見にアイリスも賛同した。
「お前たちはそう言うがな、実際のところどうするのだ。こちらから動くための大義名分もない。戦力的にも劣っている。そんなときに出来ることなど限られておる。防衛力の強化をしながら力を蓄えるくらいしか手はないぞ」
ソーマの厳しい視線がレドウを捉える。
少し考え込むようなうなり声を上げたまま、レドウも言葉を続けることが出来ない。
ソーマの言う通り具体的な手立てがないのも事実だからだ。
「レドウ殿、具体的に脅威に感じる西側の戦力はなんでしょうか?」
「ん……魔法だろな。少なくとも俺が使える魔元素エネルギー……魔導力の遥か上をいっていた。魔法戦になったら確実に押し負ける」
「純粋な疑問としてですが……レドウ殿は神器を使用してます。その時点で私から見ると、本来であれば大きなアドバンテージを持っているはずなのです。それなのに、何故劣っているようにみえるのでしょうか?」
ニキが痛い指摘をしてくる。
「まぁ、俺の魔法の練度が足りねぇってことはわかってる。一応、魔導力操作の鍛錬を続けているつもりだ。だが、それは扱える魔導力の中での話だ。ウィンガルデで感じたのは明らかに扱える魔導力の規模が違ってるんだわ。向こうは神器以上の魔導具を利用している。そう感じるくらいの違いがあった」
「神器以上の魔導具……か」
今度はソーマが腕組みをしたまま固まる。
「……仮にですが、ロイの持っていた魔導具が【王者のタクト】の性能の上をいくと仮定します。でも史実ではそのような品があったと残されておりません。となると、手段は不明ですが、そうした新しい魔導具を開発している……としたらどうでしょうか」
アイリスが自身の仮説を語る。
実は前から考えていたことではあったのだが、口に出すのが怖かったというのが本音だ。
「そんな馬鹿なことは……いや待て。こう考えると確かに辻褄が合う。ロイが持っていたのは開発試作品もしくは一作目。先日の戦いで優秀な能力を持つ確認が取れたので、本格的な生産に取りかかっている。それが完成するまでは静観を決め込む……」
「仮の話ではありますが、もしそれと似たような状況が現時点であるとすると、悠長なことを言っていられないということになりますね」
アイリスの仮説に対してのソーマの想定があまりにも納得感があったため、一同険しい表情となる。
「ニキさん、リズにそのへん探らせるわけにはいかねぇのか?」
「いや、すぐに探らせましょう。これまでは王都の様子の変化を中心に観察してもらっていたのです。もう一人当家の斥候を派遣して伝令をすると共に王都調査はそちらに引き継がせ、リズには秘密裏に魔導具開発をしている場所が無いか、調査をさせることにします」
ニキの回答に頷くレドウ。
この可能性に今気づいて良かったのか、既に遅かったか……それはまだわからない。
「では次に防衛体制の強化についてですが……」
ニキが次の議題に入ろうとしたところで、コンコンと会議室のドアがノックされる。
「どうしました?」
「申し上げます。西側街道からレドウ様とアイリス様にお客人です。年配の女性でアスタルテ家の者だと訴えておりますが、西側からの来客で怪しいため、現在拘束しておりますがいかが致しましょうか?」
報告に現れたのはリドルだ。
何か思い当たったようにアイリスの表情が変わる。
「すぐに会いましょう。案内をお願いします」
「じゃあ俺もいくか。ニキさんすまねぇ、一旦中断してもいいか?」
レドウがニキとソーマの顔を交互に見る。
「問題ありません。一番大事な議題は終わりました。防衛に関しては私とソーマ殿で話しておき、後ほどお伝えします」
「すまねぇ。よろしく頼んだ」
レドウとアイリスはリドルの案内で、来訪者のもとへと急ぐ。
「こちらです」
リドルに促されて入ったその部屋では……なんと、両手を拘束された使用人長のルシーダがそこにいた。
魔法で洗脳されている様子もなかったため、レドウはリドルへすぐに拘束を解くように伝える。
「酷い目に遭いましたよ。そこの騎士さん、怪しい怪しいってうるさいもんですからね」
ルシーダがリドルに向かってそう言った。
リドルが申し訳なさそうにうつむいている。だが、リドルは悪くないと思う。防衛を強化している今では当然の対応だ。
「一体どうしたのですか?いまのこのご時世、フューズの防衛線を突破するのは相当大変だと思いますが……」
アイリスがルシーダに尋ねるとルシーダは不思議そうな表情をした。
「そっちこそ何言ってんだい。このルシーダ、とっくにアスタルテ家の人間だよ。家族だよ。確かにわたしの故郷はフューズだけどね、あそこにわたしの家族はいないだろ?だってここに家族がいるんだからさ」
ルシーダはレドウとアイリスに向けてニッと笑った。年齢問わず人を魅了する素敵な笑顔である。
「ルシーダさん、助かる。実はルシーダさんにすぐにでもお願いしたい仕事があってさ」
「なんだい?」
レドウは移動しながら、シルフィが妊娠して身重となっていること。本当は自分が直接サポートしたいのだが、なかなか目の行き届かないところもあるので、そういったシルフィのサポートが必要なことをルシーダに告げる。
「このルシーダさんに任せておいで。ちゃあんと面倒みてあげるよ」
そう言って軽く腕を叩いて見せる。
このタイミングで実に頼もしいサポートが来てくれたものだ。これでシルフィのことは問題ない。
すぐにシルフィと引き合わせようとレドウとアイリスは、ルシーダを連れてシルフィのもとに向かった。




