第97話 斥候との会見
その夜のこと。
すっかり人通りの居なくなった遺跡都市タルテシュの西門にレドウはいた。
この西門から続く街道の先にウィンガルデがある。つまり明日にはここが戦場になるというわけだ。
タルテシュの市民には既に避難を命じてシーランへ向かって移動させているため、余計に人の気配はない。
遺跡都市タルテシュは、かつて城塞都市としての機能を果たしていた時代もあったようだが、現在ではリーデル平野のど真ん中に位置するただの平和な都市である。
とても防衛に向いた立地条件というわけでもないため、本気で攻められたらどんなに少数の軍勢であったとしてもあっという間に陥落するだろう。
そういった周知の事実もあるため、ヴィスタリア正規軍としても全軍を上げての挙兵などせず、第三師団のみに任せているという裏の背景もある。
だが、そこにこそ付けいる隙がある。
簡単には落とせない都市であることを初見でアピールする必要があるのだ。
とは言っても、さじ加減は難しい。堅固すぎては本気のヴィスタリア全軍が押し寄せてきてしまう。
簡単に攻め落とせそうなのに何故か上手くいかない。今回のような時間稼ぎにはそういう強さ演出が必要だとレドウは思う。
(タクトの精くん。俺がこれからやろうとしていることが理解出来るか?)
《はい、マスター。ただいまマスターの思考をスキャンしました。内容……把握しました》
(で、質問だ。この俺がやろうとしている仕掛けだが、今【王者のタクト】で保持している魔元素で総量は足りるか?)
《問題ありません。通常運転で確保出来る魔元素と比較しますと明らかにかけ離れた量になりますが、幸い先日の魔元素暴走の際に吸収した魔元素を大量に保持しており、試算ではこちらのエネルギー量で賄えると思われます》
(よし。なら問題ねぇ)
「じゃあさっさとやっちまいますか。規模がでかいからどんくらい時間が掛かるかもわかんねぇし」
そう言ってレドウは西門の外に向かってタクトを振り始めた。
キラキラと輝く魔元素エネルギーがレドウのコントロールによって次々と何かを形取っていく。
(……う、思ったより時間掛かるな。凝り過ぎか。もう少しどっかを手抜きしないと間に合わねぇか。でもなぁ……)
とはいえあまり中途半端では求める効果は得られない。
まずはざっくり創造した上で、ギリギリまで主要な細部にはこだわることにした。
出来るところまではやろうというわけである。
そして朝を迎えたタルテシュ。
西門の先には、黒い人影の集団がハッキリと確認出来るところに駐留している。
ヴィスタリア正規軍第三師団である。リズの事前報告ではその数五千。ぱっと見にはその情報に誤りはなさそうだ。
そして想定通り、一人の斥候がタルテシュに先行して到着する。
「カーライル家当主、ニキ閣下はおられるか!お目通り願いたい!」
訪れた斥候は、西門入り口で門を固めている冒険者に向かってそう叫ぶ。
事前に来る可能性について連絡を受けていたため、冒険者たちはすぐにリズに連絡を取ると斥候をギルド本部へ案内する。
そしてギルド本部前に控えていたリズが内部の応接用に用意した部屋へ迎え入れた。
「ニキ閣下でいらっしゃいますか。私は第三師団長ハイラムの命を受け、降伏の勧告をしに参りました。と言いましても、ニキ閣下並びに従軍されておりますギルド関係者、冒険者たちに罪はございません!当軍と致しましては、国賊であり犯罪者であるレドウ=イスト=アスタルテの引き渡しを要求するものでございます」
そう言って、斥候はニキの前で平伏する。
要するにレドウだけが倒すべき敵であり、その他の者は煽動されているだけ。とそういう解釈であることを言いたいようだ。
「おもてを上げよ。そなたの名は?」
「はっ!私は第三師団直属のワイマールと申します」
斥候は顔を上げ、ワイマールと名乗った。敵陣に堂々と乗り込んでくるだけあって、それなりに腕が立ちそうである。先ほどからずっとリズが警戒しているのがその証拠だ。
「ワイマール君。君に問いたいことがある。良いかな?」
「はっ。なんなりと」
ここでニキは姿勢を正した。
「君が『国賊』と呼ぶレドウ殿は、私の友人であり信頼できる仲間である。なにゆえ彼が『国賊』と呼ばれ『犯罪者』と不名誉なレッテルを貼られなくてはならないのか。それを君は説明できるかね?」
「ご説明致します!まずレドウは自身の主であるアレク=イスト=アスタルテ閣下をその手に掛けております。仮にそれが真実でなかったとしても、その申し開きをする裁判という場を用意しているにも関わらず、レドウは脱獄という手段を取り逃亡という不実な行動を起こしております。その理由を我々が調査した結果、神器という『帝国の遺産』を使い、国家転覆を企んでいるとの情報を得ました。いかに友人であったとはいえ、由緒正しきカーライル家の貴方様がこのような逆賊に肩入れしてはなりませぬ」
ワイマールは一気に話しきった。
想定問答の一つであったのだろう。長々と話した割に一切のつっかかりがなかった。
「なるほど。……ワイマール君。君の回答には私が掴んでいる情報と多くの点で異なる内容がある。その差異が埋まらない限り君の申し出には承服しかねる。どうだ?その全ての差異をこの場で埋めることが出来るまで、私の説得を続ける用意があるかね?それともこれ以上の説明も勧告も行わないというスタンスのどちらかな?」
ワイマールは複雑な表情を浮かべる。
疑問、疑念、好奇心、そして使命。多くの感情が彼の中を駆け巡っているようである。
「……そうですね。私個人の感情論で申し上げるのであれば、どれだけかかろうともニキ閣下を説得したいと考えております。ただ当方師団長より日の高く上る正午まで待って私が戻らない場合は攻撃を開始するとの言伝を預かっております」
そういってワイマールは頭を垂れる。表情が隠れるために考えは読みづらいが、偽りなき本心を語っているようにも思える。
「よろしい。では少し話そうではないか。」
そう言ってニキは部屋の入り口で跪いているワイマールを部屋のソファへと促し、自身もそこへ深く腰を下ろす。そうした行動からワイマールは、ニキになんの企みもなく、腹を割って話そうと意図を受け取ったようだ。
「それでは……失礼致します」
ワイマールもニキに促されたソファに腰を下ろす。流石に深く腰を下ろすほど気を緩めたわけではなく、浅く腰掛けていた。ソファに座ったワイマールを見て、ニキが満足そうにうなずく。
「よし。では私から疑問点を話そう。まずレドウ殿が義父であるアレク殿を殺害したという件について。この情報自体を私は間違っていると認識している。何故なら、下手人を見た目撃者が使用人を含め、アスタルテ家には多くいるからだ。そして殺害された際、レドウ殿はアレク殿のそばには居ない。正確には部屋を退出しようとドアを開けたタイミングで、賊は窓から侵入してきているのだ。窓にはその痕跡もあり、それは私もこの目で確認した。それにも関わらず、アスタルテ家に侵入していた間者と思われる使用人が、大声を上げてレドウ殿が殺害したと触れ回ったそうだ。その姿を目撃した者も多く存在する。これをどう説明する?」
少し考えた風だったが、ワイマールが口を開く。
「目撃者の全てはアスタルテ家の関係者なのでしょう?口裏を合わせて証言している可能性があり、信用できませぬ。ニキ閣下も窓の痕跡を確認されたとのことですが、その痕跡すらでっち上げの可能性もございます。唯一口裏合わせをされなかった使用人が、何とか家から逃亡して通報したと考えられます」
「……もしそれが本当なら大声を上げながら城を出るのはおかしいのではないかね?家の者に気づかれないよう城を出た上で通報するのでは?」
「冷静であれば、閣下の言うとおりでございますが、突然の出来事にパニックを起こしたのでしょう。そう考えると正常な行動であるととれます」
ワイマールは間違いない!という自信に満ちた表情である。
「なるほど。では次の疑問点についてだ。レドウ殿の脱獄についてだが、君の説明では裁判で申し開きをする場を用意したとのことであったが、レドウ殿はグリフィス殿から直接『明朝に処刑する』と聞いたそうだ。当家の調べでは、その日グリフィス殿の言葉通り処刑の用意がされていたことを確認出来ている。レドウ殿によると翌朝になれば待つ未来は処刑だけであり、脱獄する以外に手段がなかったと聞いている。これをどう説明する?」
「グリフィス閣下としては裁判の結果、処刑になる可能性が濃厚であると考えて事前に用意したというだけの事でしょう。そもそも脱獄という手段をとること自体が王国に対しての反逆行為であると思いますが」
「……そうかな?無実の罪を着せられ、退路がないとわかれば、私とて脱獄を試みるよ?まあいい。ここの認識は埋まらないようだな?では次の質問をしよう」
ニキはそこに控えていたリズに紅茶を出すように伝える。
するとそう待つことなく、リズによって二つの紅茶と茶菓子が用意された。
ニキが茶菓子を一つ手に取り、口にした上で紅茶をすすった。
「最後に……ワイマール君。君はレドウ殿が『帝国の遺産』である神器を用いて国家転覆を企てていると言ったね?」
「はい」
「何の証拠があって、国家転覆を図っているなどと結論づけたのだね?彼は確かに神器と呼ばれる魔導具を持っていて、それは私も確認している。だがそれを物騒な目的に使う素振りなど見せていない。それどころか、命を狙われた彼がやむなくその力で自身の窮地を切り開いているだけに過ぎない。そもそも彼の命を狙ってきている勢力があること自体が私は問題だと思うのだが。それはどう説明する?」
ワイマールは笑っている。これは彼の想定内の質問であって、回答を用意していたということなのであろうか?
「ニキ閣下はご存知ないのかもしれませんが『帝国の遺産』……つまり神器ですか?これは存在するだけで国家を脅かす存在なのです。所持するだけでも、その意図……つまり国家転覆の意思を持っていると疑われても仕方ない魔導具なのです!そんなものを持っているレドウが国家転覆の意思ありと断定されるのは当たり前のことと思いますが?説明する必要性すら感じません」
自信満々で言い切るワイマール。恐らくこれも想定問答で用意していたのであろう。
だが、その様子を見たニキがため息を一つ。
「……ワイマール君。分かっていないのは君の方だ。君の大将はハズベルト家のハイラム殿だったな?」
「そうです」
「では、君は見たことがあるかな?ハイラム殿は赤き神剣を持っていただろう」
ワイマールは意図するところが読めないと言った表情を見せるが、自分のことのように喜んで話し始める。
「えぇ!あの雄々しくかつ美しき剣のことですよね!ハイラム様によると、ヴィスタ聖教神の神託を受けた由緒正しき【勇気の神剣】であり、国賊討伐の命がハイラム様に下されたのはその剣の存在ゆえであると……おっしゃいました」
ワイマールの話が進むにつれて表情が険しくなっていくニキ。その様子をワイマールも察したようで、意気揚々と話し始めたその言葉は最後、やや力なく終わる。
「……だから、分かっていないと言うのだ。ハイラム殿の持つその【勇気の神剣】は、レドウ君のもつ【王者のタクト】などと同じ神器だ。それを神託だなどといって喜んでいるハイラム殿にも『国家転覆の意思あり』という可能性があると、そなた自身が言っているのだぞ?意味が分かって言っているか?」
「え!……そんな?馬鹿な……そんなことは一言も。嘘だ!」
ワイマールが感情のままにソファを立ち上がる。
「嘘などは言っておらん。ハイラム殿が降臨の儀で【勇気の神剣】を手にしたことなど、八輝章家当主ならば誰でも知っている周知の事実!しかもその行為が神器を手にするための手段であることを、少なくともマーニス家、ロイスウェル家。もしかしたらハイラー家も知っているぞ。……担がれているのはそなたたちの方だ」
ニキもソファから立ち上がる。
「故に!義のなきこの申し出。受け入れるわけにはゆかぬ!そなたらの言う『大義名分』が真に義に叶っているか?それを今一度考えた上で行動するがいい。我らこそが正義と真実を守っている。レドウ殿は無実だ!下がれ!」
ニキはその迫力のままにワイマールを退出させた。
そして深くため息を吐く。
(……彼らもまた欺されているのだ。おのれ……マーニスめ)
改めてマーニス家に対しての怒りを覚えるニキであった。
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