第9話 死闘
魔犬が周りの魔物をかなり吸収していたらしく、先ほどまで激闘が行われていたフロアは静まりかえっていた。
雷光蟲も一部吸収されていたようで、最初に比べると数が減っているように見える。
とはいえ、天井の方に避難していたと思われる雷光蟲が少しずつ下りてきているようで、三人が周囲を見渡すには十分な光量は確保できていた。
魔犬の魔石化を待つ間、三人は入口の方に散乱している魔石を一通り拾い集めた。
一つ一つに含有する魔元素量も申し分ないため捨てるようなごみ石もあまりなく、倒した数も多いためあっという間に荷物袋がいっぱいになる。
「魔石の山だ。これだけでも結構な稼ぎになるな。配分ってどうなってんだ?」
「特別な契約上の取り決めがない限り、魔石の配分は等分になると契約の時にギルドに説明を受けましたけど?」
「……まさか知らなかった?」
「ば、馬鹿。知ってるに決まってるだろ。そ、そう。確認だ。大事だろ?」
シルフィのじと目がレドウに刺さる。
「さっきの犬のせいで護身用の剣が使い物にならねぇ。刃なんてあってないようなただの鉄の棒きれになっちまったから、帰ったら代わりのもの買わなきゃならんのよ。資金が気になるのは当然だ」
「ところでシルフィ、さっき奥を見てもらいましたが、何かありました?」
「左の脇に奥に行けそうな細い通路があった」
「じゃあ魔石回収したらそこを下りてみましょうか」
三人は先ほど魔犬を討伐したあたりまで戻ると、そこにこぶし大の魔石が5個転がっているのを発見した。
「これはすげぇ。デカさも含有量も申し分ないだろ」
「これはこれで回収して更に奥に進みましょう。未踏遺跡の一番の魅力は、初回の者しか得られない奉納財宝ですし」
「分けられない物だったら相談よ」
得られるかどうかもわからない財宝の話をしつつ、三人はシルフィの見つけてきたフロアの奥に続く通路へと踏み入れた。
先ほどのフロアと比べると天井は低く、雷光蟲の数も少ないが視界を遮るものはなく、順調に歩みを進めると上へ続く階段があった。
「最初のフロアが下っていたから下へ続く遺跡かと思いましたが……意外ですね」
「崖をくり抜いて作られた遺跡のようだからな。上でも下でも不思議はねぇ。慎重に上るぞ」
レドウは魔犬との戦闘で刃こぼれし、切れ味の落ちたバスタードソードを盾にゆっくりと階段を上がる。
すると最初の踊り場からは最初のフロアを上から見下ろせるようなテラス状の場所に出た。ただ、この位置から見ても最初のフロアの天井は見えないようだ。
「まさか本当に劇場?それとも神殿?」
「天井が出来た仕組み?理由はわからないですが、くり抜いたというより、もともと屋外に存在していたような造りですね」
「てか、忘れてないよな?屋外もクソも俺らまだ外に出られねぇんだぞ。入口のドアに閉じ込められてるんだからな。あれだけで充分『不思議遺跡』だ」
一行はテラスを抜け、更に奥へ続く道に足を踏み入れると、ちょっとした下り階段の先の広間のようなところにたどり着いた。
「ここは?」
シルフィがレドウの脇を抜けて、広間の中に足を踏み出した。
周囲の雷光蟲が一斉に輝き、部屋の中を明るく照らし出す。
「行き止まり……か?これで終わりってわきゃねぇよな?」
レドウは辺りの様子を伺う。
「いまのところ魔物らしき気配もないですね。油断は出来ませんが」
「なにもない。奉納?されてる財宝も、脱出の手がかりも?」
広間の中心を越えた辺りまで歩いて行ったシルフィが落胆した表情で振り返った。
その瞬間レドウの経験から発せられる警告が脳内でけたたましく鳴り響く。
(何か……まずい!)
視界の先、天井の雷光蟲の動きにレドウは違和感を感じていた。
レドウはシルフィに向かって突進し、シルフィを抱えるとそのまま前方の壁にとびのいた。
ズガァァーン!とすさまじい轟音とともに先ほどまでシルフィが立っていた場所に岩盤が落下した。
「シルフィッ!」
アイリスの悲鳴のような呼び声が広間に響き渡る。
そしてすぐに駆け寄ろうとしたが、アイリスの足を止めたものがいた。
岩盤と共に上から落ちてきた巨大な蜘蛛の魔物だった。
「わ……私は大丈夫!でもレドウがっ!」
どうやらシルフィは無事だが、落盤でレドウが負傷したようだ。すぐにでも合流したいところだが巨大な蜘蛛に阻まれて動くことが出来ない。
アイリスは覚悟を決めた。
「シルフィ!この蜘蛛の魔物は、私が引き付けます!戦線復帰の準備かこちらへの合流を試みてくださいっ!」
「わかった!」
愛用のレイピアを抜き、白銀に輝く盾を構えたアイリスは蜘蛛に向かって突進した。
……
(熱い……背中と足が焼けるようだ。痛み?そうだ。痛みも感じる。それに焼けるように熱いのに背中から首筋にかけて寒い。何でこうなってる。そうだ確かガキを助けた?助けようとして……。)
「痛てぇ」
「良かった。目が覚めた。治療が少しは効いた」
「なんだ……何がどうなってる」
「落ちてきた岩の破片がレドウに直撃したの。出血も酷かったから治療してた。でも今大変なの!岩と一緒に上から大きな蜘蛛の魔物が落ちてきて……。今アイリスが一人で抑えてるけど、このままじゃ……」
「なんだって?……ぐぉ!イテテ」
身体を起こそうとしたレドウだったが、激痛に阻止された。
「待って。ここまでだってやっと回復したんだから。出来るだけ早く復帰するために貴方の回復治療を続けなきゃ。お願い、じっとしてて!」
静止するシルフィを振り切ってレドウは戦闘中のアイリスの方へ視線を向ける。
「いや、まずい。よく剣撃音を聴け。そして良く見るんだ。寝ながらだが俺からも一応アイリスの戦闘が見える。が、魔物の攻撃を受けたあとの攻撃までの間隔……リズムだな。こいつが遅れてきてる。もうあまり長くは抑えていられねぇぞ。限界が近い」
「え、でもどうしたら?私が攻撃して魔物の攻撃がこっちきたら……」
慌てるシルフィをレドウは視線で制する。
「落ち着け。俺の腰から、タクトと火の魔晶石を一つ……いや念のため二つ出してくれ。痛くて手が届かねぇんだ」
「わかった!待ってて!」
シルフィはレドウの腰から例のモノタクトを引き抜き、袋から魔晶石を2個取り出した。適当に取り出したがちゃんと両方とも火の魔晶石だった。
「用意した」
「よし、じゃあすまねぇが肩を貸してくれ。痛みはなんとか我慢する。立ち上がれないかもだが、とにかく身体を起こしたい」
シルフィはレドウの脇に頭を挿し入れるとゆっくり持ち上げた。
「時間がねぇんだ。ひと思いにいってくれ」
「で、でも……」
「いいから!俺のこたぁ大丈夫だ!」
「わかったわ」
身体全体で押し上げるようにレドウの身体を持ち上げ、岩壁を支えにレドウを座らせるように上体を起こした。
「ぅくく……そうだ。それでいい。じゃあ俺のタクトと魔晶石をくれ。一撃で仕留めてやる」
レドウはシルフィからタクトを受け取ると、魔晶石をセットした。
「シルフィ。伏せてろ」
「え……えぇ。(今、初めて名前呼んだ??)」
(一撃で仕留めるためには火のエネルギーを圧縮して貫き、かつ焼き尽くす……貫け……ヘルファイアランス!)
……
ジリ貧だった。
レドウさんはシルフィを落盤から救ってくれた。でも落盤の衝撃で飛散した岩片で負傷したみたい。シルフィはレドウさんの治療に全力であたっている。となれば、この巨大蜘蛛は私がひきつけて時間を稼ぐしかない。でもどうやって倒す?決定打が見当たらない。
突進したアイリスに巨大蜘蛛の足が上から襲いかかる。
盾を斜めに構えて攻撃を左にいなし、その衝撃を利用して右の足に切りかかる。だが、ギィン!という鈍い金属音とともに蜘蛛の足に剣が弾かれる。堅い。
切りかかった足は、獲物を狙うようにアイリスの足元をなぎ払った。これをアイリスはタイミングを合わせて飛んでかわし、さらに右側にある足を切りつける。再び、ギィン!という金属音とともに剣が弾かれる。
巨大蜘蛛は、アイリスのいる方に向き直った。一歩飛び退ってアイリスが距離をおくと蜘蛛の口付近が白くなった。
その姿に危険を察知したアイリスは前転をするように身を屈ませて前方に向かって飛び込むと、その頭上を糸状の粘液がさきほどアイリスが立っていたところ目掛けて吐き出された。うつぶせのアイリスは地面を背にするよう転がり、その回転にあわせて剣を蜘蛛の腹を撫で切った。
『ギシャァァァ!』
巨大蜘蛛と対峙して初めての手ごたえ。巨大蜘蛛はその場を離れると全面を足でガードした。
その隙にアイリスは立ち上がり、剣と盾を構え再び巨大蜘蛛と対峙する。
巨大蜘蛛の構えが変わらないうちに再度懐に飛び込むと、体勢を低くして下から切り上げた。しかしこの攻撃は巨大蜘蛛の前足によって阻止され、ギィン!という金属音が広間に響き渡る。
(うん。弱点はお腹。もしくは胴体。でも近づいて切るには一手二手足りない。今のままでは足で迎撃されるだけ。糸吐きのタイミングを待って、さっきみたいに潜り込めたらよいけど、さっきかわせたのはきっと偶然。まともにくらったら戦闘不能だから、待つわけにもいかない。分析は出来たけど、決め手に欠けるのは変わらない)
胴体を狙うが、あと一歩のところで巨大蜘蛛の足で受けられ、逆に叩きつけられる前足の打撃をかわすか、盾で左右にいなし続ける。という攻防を繰り返していたが、少しずつ疲労のためにまともに盾で受けてしまうことが増え始めた。盾で受けているといっても、まともに直撃した衝撃を耐えるようなつくりにはなっていない。直撃してしまうとそのままアイリスの体力はごっそり奪われてしまう。
と、そのとき巨大蜘蛛の足の向こうで、レドウが座りながらタクトを構えているのが一瞬だけ見えた。既にタクトには赤く強い輝きが満ちていた。
(くる!絶対に!)
巨大蜘蛛の攻撃を盾で受ける衝撃を利用して、アイリスは後ろに飛んだ。




